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企業の世界戦略を考える

 企業が世界戦略を進める上でM&Aは有力手段。グローバルビジネスを本格展開する日本たばこ産業(JT)が一段の飛躍を目指し、このほど英ギャラハー社を買収するのも、その大きな一手だ。日本企業による史上最高額の買収を題材に、伊藤邦雄一橋大学教授と木村宏JT社長がM&Aを成功に導くカギ、ブランド力の向上などについて話し合った。

友好的なM&Aは飛躍への土台 人心・ブランド束ね競争力を強化

グローバルな成長企業めざし 多角的な価値創造ビジネス展開

次の飛躍へ相次ぐ買収
世界市場を相互に補完

伊藤:  JTは1999年に米国RJRナビスコの海外たばこ事業を約9,400億円で買収したのに続き、今年、英国ギャラハー社も約2兆2,500億円で買収する。日本企業による買収案件として史上最高額となる大型のM&A(企業の合併・買収)を矢継ぎ早に成し遂げることになるわけだ。

木村:  1999年の時点で買収がそれで終わりとは考えていなかった。RJRナビスコの海外たばこ事業を買収したことで、海外たばこの販売数量が200億本から2,000億本へと一気に10倍に膨らむ中で、付加価値を維持していくためには強固な基盤が必要だからだ。当時の最優先課題はRJRとの統合効果を出すことに違いなかったが、その時から次の飛躍のための最適な組み合わせを能動的に模索していた。

伊藤:  日本企業は大きなM&Aを成就させると、すぐには次の案件に意識が向かないことが多い。JTがこれをできたのは、企業価値を高めるためのシナリオの中に、M&Aが単発的でなく時間軸の中できちんと位置づけられているからだ。これはできるようでなかなかできない。

木村:  ギャラハー社の買収では世界市場での相互補完性が狙いの1つだ。同社は英国、アイルランド、オーストリア、スウェーデン、カザフスタンで市場シェア1、2位を占め、ロシアやウクライナなどの独立国家共同体(CIS)諸国でも魅力的な地位を占めている。一方、当社は日本、台湾、CIS、スペイン、フランス、イタリア、イランなどで強固な市場基盤を築いている。同社を買収することで高い成長機会を持つ市場の地理的なバランスが高まることが見込まれた。
 重要なのは友好的な買収であることだ。買収を機に企業価値を高め、シナジーを発揮していくためには、迅速な意思決定ができる「シングルカンパニー・シングルマネジメント」と呼べる体制を一刻も早く確立しなければならない。そのためには資本の論理を振りかざした買収ではなく、企業内でのスピーディーな合意形成が重要な要素になる。同社とは以前から経営層をはじめとした交流があり、今回も短期間で合意を得られた。
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グローバルなM&Aは
世界最適化戦略

伊藤:  JTが手掛けるようなグローバルなM&Aはいわば世界最適化戦略である。世界最適化とは世界市場をすべて手中に収めることではない。自社の経営資源と他社のそれとで補完し合い、その市場でも少なくともシェア3位以内、できれば2位以内に入ることが重要だ。

木村:  ポイントを突いた指摘だと思う。たばこは税制や規制のあり方が国によって一様ではなく、我々も国ごとに着目している。事業をめぐる環境変化やそれに対応するための戦略のイニシアチブを考えると、シェア1位か2位になることに意味がある産業だ。また、ブランド力で売っていく商品でもあり、適切なチャネルマネジメントやマーケティング活動ができないとブランドも育たない。当社は現在、3市場でシェア2位以内だが、今度の買収によってこれが10市場に拡大する。これは大変大きな意味がある。

伊藤:  M&Aの成否が決まるのはむろん買収が成立した時点ではなく、そのあと企業価値向上に結びついたかどうかによる。いわゆるアフターM&Aと呼ばれるものだ。そこでは先ほど話されていたようなミドルマネジメントを含めたマネジメント層の交流、人と人との付き合いがすごく大切な要素になる。

木村:  世界のたばこ産業は90年代の大きな再編を経て、メーンプレーヤー7社に集約されている。そのすべてと交流があることも当社の強みだ。

現場との交流から
価値創造への期待

伊藤:  グローバル企業は海外事業法人やM&Aで統合した海外企業に対して、国内部門と同様、自社の価値観や理念を伝え、浸透させることが大切だ。これを怠っていると、統合後の期待感がいつしか不安感ややる気の低下に転換しかねない。

木村: photo  RJRナビスコがいい例だ。同社の前身のRJレイノルズはかつて世界最大のたばこメーカーだったが、プライベート・エクイティ・ファンドにレバレッジド・バイ・アウトされ、短期的なキャッシュフローの最大化を至上命題とする近視眼的な経営に陥り傾いていった。その米国以外のたばこ部門の新しいオーナーとなった我々はまず、たばこ事業が本業であること、中長期的な視点で経営することを強調した。例えば、最初の5年間は設備投資の過半を品質向上のために振り向けた。これが現場のやる気を再び引き出し、徐々に市場での商品の声価を再構築することにもつながった。将来的に収益が伸びそうな市場に対して集中的な販売促進投資も行った。こうした取り組みによって、我々が本気で事業を立て直す意志のあることが伝わり、JTトップも機会をとらえて積極的にメッセージを伝えた。

伊藤:  現場とのそうしたコミュニケーションのノウハウがある種の無形資産としてJT内部に蓄積されたことがとても貴重だ。それなしに企業価値創造への期待はわいてこないからだ。

木村:  その通りだと思う。JTインターナショナルには90に及ぶ国籍の社員がおり、ジュネーブ本社だけでも40カ国以上になる。こうしたマルチカルチャーを生かすためには日本流のやり方を押しつけるのではなく、それぞれの多様性を尊重し、市場に精通する人材を活用することが重要だ。このように多様性を重視するがゆえに求心力の要となるJTの理念をきちんと伝えることが大切だと考えている。

成否決めるアフターM&A 人材交流、理念共有がカギ

ブランドと人の活性化
立ち止まれないテーマ

伊藤:  M&Aによって有力ブランドを手に入れたことでブランドポートフォリオが一段と充実した。一方でブランドアイデンティティーの一貫性を保つ難しさも増した。

木村:  たしかにその恐れはあるが、戦略的な重要度に従ってフェアに扱うことが最も大切だ。RJRナビスコには世界トップ10に入る「キャメル」「ウィンストン」「セーラム」という魅力的なブランド資産があった。これに「マイルドセブン」を加えた4つをグローバル・フラッグシップ・ブランド(GFB)と位置づけ、経営資源を集中投下してきた。当初は海外たばこ事業の5割くらいだったGFBの売り上げが、現在では3分の2を占めるまでに成長しており、GFB戦略が正しかったと考えている。今度、ギャラハー社を買収したことで「ベンソン&ヘッジス」「シルクカット」「メンフィス」といった強力なブランドがさらに加わった。GFBとの融合により、市場や価格帯でバランスの取れた、より競争力の高いブランドポートフォリオを構築できる。

伊藤:  ブランドを磨いて高める活動と社員の活力を引き出す活動とを連動させて社内を活性化することが重要だが、これについてはどうか。

木村:  いろいろな側面を考える必要があるが、基本的にはビジネスを成長させ、ステークホルダーへの責任を果たしていくことが、結局は社員に還元されるのだと思う。たばこ、食品、医薬品という健康や生命に直接影響する商品を扱う以上、世界一の水準で企業倫理を守る。品質にこだわり、付加価値の高いものづくりに徹してブランドを磨いていくことが、社員の働きがいに結びついていく。したがって、これは未来永劫(えいごう)追求していくべき課題であり、立ち止まれないテーマだ。当社はあらゆる企業活動を通し、ステークホルダーの方々の期待を超える驚きや喜び、JTならではの付加価値である「ディライト」を提供し、かけがえのない存在になることを「ブランディング宣言」として表明している。これが現在進行形になっているのもそういう認識からだ。

伊藤:  ing形でのとらえ方には全く同感だ。ブランドは静態としてとらえているとすぐに落ちてしまう。現状に満足せず、絶えず高め続けることが必要だ。「ブランディング宣言」という言葉にそれが明示されていることは素晴らしいことだと思う。

木村:  JTはこれからも長期にわたり「価値創造ビジネスを多角的に展開するグローバル成長企業」であることを目指していくが、たばこ、食品、医薬品の3事業を通してそれを実現していきたい。

今回のポイント

木村 宏氏
ポイント1 たばこ事業では市場シェア1、2位を占めることに大きな意味がある。そのためのM&Aである。
ポイント2 世界のどの市場であっても品質へのこだわり、付加価値の高いものづくりに変わりはない。

伊藤 邦雄氏
ポイント1 M&Aを成功に導くには現場を含めて価値観や経営理念の伝達、共有が欠かせない。
ポイント2 ブランドを高め続ける活動と社員の活力を引き出す活動を連動させるべきだ。

今回のポイント

昨年から連載してまいりました「経営者未来塾――次代に伝えたいこと」は今回が最終回です。長い間、ご愛読ありがとうございました。


提言者紹介
木村 宏氏1976年京都大学法学部卒業、日本専売公社(現JT)入社。1999年経営企画部長、取締役。2006年社長
JT社長
木村 宏氏
トップの横顔
Q.
久しぶりに釣りに行かれたそうですね。
A.
昨年秋から今年初めにかけて3回海釣りに行きました。結果は1勝2敗。イナダが結構釣れて、ご近所にお配りして喜ばれました。潮風に当たっていい気持ちでした。
Q.
次回のご予定は。
A.
全くなし。本当にプライベートな時間が取れなくなりました・・・。
Q.
そんな日常の息抜きは。
A.
できるだけ歩きたいと思って飼い始めた犬の散歩と読書くらいかな。長編に挑戦しにくいのが残念ですが、最近は白州正子さんの一連の著作にハマり、そこから青山二郎さんに飛んだりしました。

有識者紹介
伊藤 邦雄氏1980年一橋大学大学院博士課程修了。商学博士。スタンフォード大学研究員を経て1992年より一橋大学教授。2002年から2004年まで大学院商学研究科長(商学部長を兼務)。04年12月から06年まで副学長
一橋大学教授
伊藤 邦雄氏

スキルチェック
カラット
【carat】
金、宝石で使われる単位。
金の場合は24カラットを純金として合金中の金の割合をいう。例えば14カラットは24分中14の金を含んだものを指し、14金ともいう。宝石の場合は質量を表し、1カラットは( A )グラムに相当する。Aにあてはまる数字は何か?

経済新語辞典 「経済新語辞典」
日本経済新聞社編から出題


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