経営者未来塾第4回セミナー 経営者未来塾トップページへ

新生日本の課題

日本経済・社会の針路や課題、処方箋(せん)について有識者とともに考える「経営者未来塾」の最終セミナーとして、東京大学大学院の伊藤元重教授が「新生日本の課題」について講演した。経済学から見た日本の危険な状況を3つ指摘し、放置すれば危機的状況に陥ると警告。それに対する3つの処方箋を示した。日本の供給力を増強する3つの対策を早急に実行すれば、将来は明るいが、いまその瀬戸際に日本は立っていると伊藤教授は語った。

アクセル全開の需要喚起策は限界 今後は供給力を増強する改革を

第1部 講演

日本経済は3つの
アクセルを全開中

photo  日本銀行が政策金利を0.25から0.5%に上げた。その善しあしは置くとして、実はいま日本では、日銀の金融政策、政府の財政政策、為替の3つのエンジンに頼りすぎている。
 第1に金融政策だが、0.5%に上げたとはいえ、世界中でこれほど政策金利が低い国はない。戦後日本の歴史の中でもこんな低金利の時代は存在しない。つまり、金融政策として日本はかつてないほど“アクセル”を踏み込んでいるということだ。
 第2に財政では年間30兆円近い赤字を出している。これは日本の経済規模を示すGDP(国内総生産)500兆円の6%に相当する資金を国が余計に支出しているということだ。つまり、財政でもGDP6%分のアクセルをふかし続けているわけだ。
 第3に為替でも驚くべきことに実質実効為替レート(物価水準を加味して世界の主要通貨との関係で算出する円の為替水準)は1985年1月時点の水準に近づくような円安になっている。ドルに対してというよりは、ユーロやアジア通貨などすべてに対して円安だ。
 これだけアクセルを踏んでも悲しいかな成長率2%に届くかどうか。しかも、このままエンジン全開というわけにはいかない。まず、為替が一番心配だ。円の急騰を予言しているわけではないが、常識的に考えれば調整する可能性は高い。それだけでも日本経済には大きな打撃になる。
 財政も当てにはならない。小泉内閣以来、プライマリーバランス(基礎的財政収支)を黒字にすると明言しているのだから、赤字は減っていくだろう。政策金利も日銀はたえず上げるタイミングを狙っている。
 もちろん、財政は健全化すべきだし、異常な低金利もいつかは正すべきだが、急ブレーキを踏んでは危険だ。アクセルをゆっくりと抑えていくことが重要である。
 その1つが消費税率アップ時期の問題だ。日本は景気回復で税収が5兆円ほど増えたが、これは消費税の2%に相当する。それならば税率を2%上げるより経済を活性化して税収を増やした方がいい。いわゆる“上げ潮財政”は正しい考え方だと思う。
 とはいえ、どこかの時点で消費税の税率を上げざるを得ない。なぜなら2つの理由で日本の財政はますます厳しくなるからだ。1つは750兆円といわれる国の借金。世界中でこれほどの借金を抱えている国はない。もう1つは団塊の世代のリタイアに伴う医療費や年金、介護などの社会保障費の増大。どちらの問題がより深刻かといえば、後者である。借金が本当に問題ならば日本の国債は暴落しているはずだが、そうなっていない。それは、まだ日本に余力があると市場は見ているからだ。
 というのも、フランスやイタリアの消費税率は約20%に近い。もし、日本が両国並みにあと15%上げると、37兆5千億円も税収が増える計算になる。そうなれば、年間30兆円の赤字は消えて、お釣りが来ることになる。
 1947年から1949年にかけていわゆる団塊の世代が生まれた。その最初の1947年生まれが今年60歳を迎える。今後、社会保障費が財政を圧迫することは目に見えているが、幸いなことに医療費や年金の負担がすぐに深刻になるというわけではない。まだ少しだけ時間の余裕がある。遅すぎず、早すぎずタイミングよく税率を上げなければならない。これは国民にとっても重要な問題だ。
 ハーバード大学のマーチン・フェルドシュタイン教授は毎年1%程度ずつ上げることを提案している。なかなか賢いアイデアだと思うが、政治的には難しいだろう。

供給分野の構造改革
非製造業を中心に

 それでは、日本経済は今後どうなるかといえば、正しい政策をやれば何とかなる。経済学的には需要がダメなら供給でいくしかない。前述の3つのアクセルは需要喚起策であって、それが当てにならなければ、今後は供給というアクセルを逆に踏むしかない。要するに生産力を増やす、イノベーションを拡大する、人材の教育・養成を強化するということだ。供給分野における構造改革は、個別の産業ごとに緻密(ちみつ)な政策的な対応が必要である。非製造業を中心に構造改革によって活性化が実現できる分野が多くある。その詳細に踏み込むことはできないが、ここではその背後にある基本的な考え方のみ述べたい。それは、日本の供給力を増やす方法は以下の3つしかないということだ。
 第1に今、日本にある資源をフルに活用すること。例えば、農業なら東京都の総面積の1.7倍もの耕作放棄地があることを意味する。郵政事業において、35万人近い職員と、350兆近い資金と、全国の一等地の郵便局の不動産がお役所仕事として運営されてきたことも、日本の貴重な資源が有効に活用されていなかったことを意味する。丸の内のような一等地にある東京中央郵便局が不動産の有効活用からいかにかけ離れているのかということはいまさら言うまでもないだろう。不動産や人材、資金、知的財産権など日本にはまだフル活用すべき資源が多い。
 第2に経済資源をもっと増やすこと。といっても、領土を増やすわけにはいかない。働き手も減ってくる。仮にいまから出産数が増えても、20年間は働き手が増えない。それならば国民一人ひとりの能力を高めるしかない。人々の能力への投資のような「インタンジブルアセット(無形資産)」への投資がその国の生産性を高める上で非常に有効であるということが、多くの経済学者によって確認されている。
 第3に外国をうまく利用することだ。そのためにも、日本をオープンにしていかなければならない。日本の製造業が外に出て行くことを心配する人がいるが、これは国際分業であり、お互いにメリットがある。日本は中国よりもっと付加価値の高い仕事をするべきだ。
 とはいえ、製造業は日本のGDPの20%しかない。残りの非製造業、すなわち公共サービス、医療、教育、金融、流通、観光なども付加価値を高めなければならない。公的セクターの改革を筆頭に日本がやるべきことは山ほどある。その中で個人的に注目したいのは医療分野だ。医療産業が多くの問題を抱えていることは、多くの専門家によって指摘されているところだ。今の状態を続けていけば財政を圧迫することは明らかだ。それを増税ですべてカバーすることは不可能だ。なんとしても医療組織や保険制度の改革で民間活力を極力活用できるような仕組みにしていく必要がある。
 非製造業の改革はすべて地域の活性化につながる。日本の将来が明るいものになるか、厳しいものになるか、私たちはいま瀬戸際に立っている。

第2部 質疑応答

労働人口減少の中で
もっと女性の活用を

――安倍政権が最も優先すべき経済政策は何か。
 伊藤 早く着手すべきことは自由化政策である。例えば、羽田空港の第4滑走路は2009年か遅くとも2010年初頭に完成するが、アジアのハブとしてどれだけアジア路線を誘致できるかが重要だ。羽田は国内線という発想は時代遅れだ。

――人材の能力開発はどうするべきか。
 伊藤 我々が子どものころは「読み書きそろばん」ですんだが、いまや多くのリテラシー教育が必要だ。例えば、IT(情報技術)や経済・金融、健康などへのリテラシーが求められる。社会はそれだけ複雑化している。学校教育だけに限定するわけではないが、こうしたリテラシーを国民の多くが持てるような仕組みの構築が必要だ。

――少子高齢化への有効な対策はあるか。
 伊藤 少子と高齢化は分けて考える必要がある。仮にいまから出産数が増えても、これから20年間は労働人口は減っていくという現実の中で、いろいろとやるべきことがある。たとえば、企業社会はもっと女性を活用すべきだ。仕事をしたい女性が安心して子どもを産み、仕事を続ける仕組みを早急に考えるべきだ。女性を家に縛りつけておけば子どもが増えるというのは幻想だろう。
 もう1つは、外国人労働者の受け入れを真剣に検討する時期に来た。今後、日本人だけでサービス産業や医療、介護を支えることができるのか。すでに日本人の新規の結婚のうち約6%は配偶者が外国人だそうだ。鎖国できる時代ではないのだ。

――日銀の政策金利引き上げをどう思うか。
 伊藤 あれだけ騒がれた中で金利を上げなかったら日銀への信頼はかえって弱まったかもしれない。ただ、金融政策上は疑問がある。金利を少しだけ上げることの経済への直接的な影響はそれほど大きくない。金融政策のより重要な点は、物価などを長期的にどのような方向に持っていく意思があるのか市場にきちっと示す役割がある。具体的には物価上昇率が中期的にある範囲に収まるような意思表示が必要だ。つまり、「インフレーションターゲティング」(中央銀行が目標インフレ率を公表し、達成状況について説明責任を負う仕組み)の導入について検討する必要がある。多くの国ではターゲットとして物価上昇率の中心を2%前後に置いているようだ。日銀は物価の目安を0―2%と発表している。これは例えば物価の下振れリスクを考えたら低すぎる。現実の動きを容認した敗北主義ではないだろうか。
 今後、為替が円高に振れたり、増税や歳出削減などの財政健全化が続けられていくと、環境的に金利は上げにくくなるだろう。

――日本の未来を救うのは新しい産業の創出だと考えるが、どうか。
 伊藤 日本の経済成長が年率1%の場合、30年後でも1.35倍にしかならない。これでは厳しい。だが、3%で成長すると2.45倍になる。これなら高齢化の中でも明るい展望が開ける。だから、3%程度で持続的な成長ができるような環境を作るために、供給力の改革をしなければならない。

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講師紹介
1974年東京大学経済学部卒。1978年米国ロチェスター大学大学院経済研究科博士課程修了。1982年東京大学経済学部助教授、1996年から現職。経済学博士。2006年2月総合研究開発機構(NIRA)理事長に就任。
東京大学大学院教授
伊藤 元重氏


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