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「「総選挙後の政治展望」」栃木県日経懇話会9月例会
 今回の総選挙で一体何が起こったかということを、私なりになるべく自分の目で見たことを中心にお話ししたい。
 私は小泉自民党圧勝という選挙の結果を予測していた。解散の日のテレビで展望を聞かれて「自民党は圧勝だ」と申し上げた。35年間、政治ジャーナリストをしているが、選挙の予測をこれだけはっきり言ったのは私としても初めてのことである。

森前首相の大バクチ
 自民党という政党レベルで見ると、今回の選挙結果はどう考えても理解できない。やはり小泉純一郎という政治家がどういう人物であるかということをお話ししないと、なかなか理解できないと思う。そこで私が見た小泉さんについてまず申し上げたい。
 私が見るところ、小泉さんと非常に親しい政治家は、今広島市長をしている秋葉忠利さんともう一人は社民党の党首になった土井たか子さん。いずれも社民党の人だ。本当の意味で親しい人は自民党の中にはいなかった。YKKの加藤紘一、山崎拓、小泉という関係はある。だが、これは加藤政権を作るための「打算の産物」であるから、何でも話し合えるという友達の関係ではなかった。
 この人は「群れる」ことが嫌いだ。いつも小料理屋のカウンターで、一人で手酌で酒を飲んでいた。いじけた印象の人だった。
 政権に就いて4年半になる。その間、自民党の反小泉勢力、野党、週刊誌をはじめあらゆるマスコミが、徹底的に小泉さんのスキャンダルを洗ってきたが、何も出てこない。これがこの政権の最大の強さだ。
 横須賀に家はあるが、東京にはない。ゴルフは大好きだが、会員権は持っていない。株も持っていない。驚くほど財産というものに執着がない。これがこの人の秘密だろうと思う。人から物をもらうことも嫌いな人だ。
 こういう特異な政治家としての体質のようなものが、4年半の間ジワジワと国民の潜在意識の中に刷り込まれて、それが今度の選挙結果につながってきたと基本的に思っている。小泉さん一流の郵政に絞ったことが成功したとか、刺客騒動だとか、小泉劇場だとか、という要素もある。だが、そんなことで1億人近い有権者が自分の投票行動をすべて決めるということはあり得ないと思っている。
 解散の直前に有名になったあの森前総理の光景。総理公邸に小泉さんを訪ねた後、つぶした缶ビール、固くてかめないさきイカ、古びたチーズなどを手にテレビカメラの前でつぶやいた。「こんなものしか出てこなかったんだよ」。このシーンを見て私は「森喜朗が大バクチの演技をしているな」と思った。
 この二人がビールを飲みながら、郵政民営化で解散するのはおかしいとか、いやおれはやるとか、そんな会話をしているはずがない。森さんの口から「総理は殺されたっていいと言っている」との言葉が出た。これは明らかに民営化反対グループをけん制する発言だ。
 この言葉は選挙の行方を相当左右する重要な言葉になるだろう、とその時思った。若者は、命を掛けているような政治家が今時いるのかと単純に思うかもしれない。とりわけ家庭の主婦は、自分の亭主のぐうたらな生活を見ていて「何と最近の男はだらしない」と思っているところへこの言葉。頼もしいと思ったに違いない。

「ウソくささ」の差
 今度の選挙結果を大きく分けたのは、どちらがウソくさくないかということではなかったか、と思っている。民主党は全員一致で郵政民営化法案に反対すると言った。この「全員一致」「一枚岩」―こんなウソくさいことはない。表だけ繕っているが、中では民営化賛成論者がいっぱいいるはずだ、ということを国民は見抜いている。一枚岩を強調すればするほどウソくささを感じたのではないか。
 一方、自民党はウソも何にもない。命をかけてけんかをしている。それが全部表に出ているわけだから、ウソが入り込む余地がない。しかも一つの大きな政治ドラマの中での主役、脇役、刺客、裏切りも涙も全部そろう。こんな面白いことはない。これが選挙結果につながったと思う。
 小泉さんは織田信長が好きだ。中でも一番好きなのは、比叡山延暦寺の焼き討ち事件だという。信長が敵対グループに回った延暦寺を全山焼き討ちしろと、明智光秀に命じて三千人以上を殺したとされる事件。大変非情なリーダーである。
 郵政民営化法案の審議のヤマ場に差しかかった時に、顔が青白くなって大変に緊迫した表情の小泉さんを見て、「これは完全に信長が乗り移ったな」と私には見えた。ただ、信長が言った「皆殺しにしろ」「玉石ともに砕け」とまで小泉さんがやるとは思っていなかった。
 しかし、三十幾つかの反対グループの全選挙区に対立候補を立てるというあのやり方を見ていて、信長のやり方をしているなと思った。この非情さは、日本のほかの政治家からは感じ取れない、彼独特の特異な体質だと思う。
 民主党は大変なピンチに立たされている。菅直人さんがいかに優れていようと、民主党再生のきっかけをつかむような顔にはもうなり得ないと思っていた。だから、代表選挙で前原誠司さんが2票差で当選したことは、日本の政治にとって非常に良いことだと思う。
田勢 康弘氏
●プロフィール
たせ・やすひろ
1944年 山形県生まれ、早稲田大学第一政治経済学部卒業
1969年 日本経済新聞社入社、社会部。
1972年 政治部。以後、佐藤内閣から小泉内閣に至る18人の内閣総理大臣を取材。
1985〜89年 ワシントン特派員、同支局長。
1996年 米ハーバード大学国際問題研究所1996年 上席研究員
1997年 論説副主幹
2004年 コラムニスト
96年に日本記者クラブ賞を受賞。
「文芸春秋」など主要雑誌での執筆、TVコメンテーターとしての出演で多彩な活躍。
●著書(共著も含む)
「指導力」(日本経済新聞社)
「島倉千代子という人生」(新潮社)など多数。
  

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