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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (9/4)セリ市場の回復傾向と生産界の今後
 数年前まで、日本経済を巡って「失われた10年」という表現がよく使われた。具体的には、バブル経済崩壊から景気が回復軌道に乗る前までを指す。競馬界に関して言えば、JRAの売り上げがピークの4兆円に達した1997年以降、売り上げは落ち続けており、今年も9月3日を終えた時点で前年比1%減。今年で落ち始めてから9年。「失われた10年」は終わっていないことになるが、JRAより一足早く厳しい時期を迎えた生産界はどうか? もう「10年」はたったはずだが、生産者の戸数、生産頭数などはジリジリと減少が続いている。ただ、今年に入ってから、1つ前向きな傾向が現れている。一連のセリ市場の売却成績が軒並み、前年を上回っている。

 別表に示した通り、今年の主な市場で売却率、平均価格ともに前年を下回ったものはなかった。売却率が前年割れとなったのは千葉TS、日本競走馬協会セレクトセールの当歳部門、平均価格が前年を下回ったのはひだかTS、日高軽種馬農協(HBA)の7月市場1歳部門と8月市場である。ただ、表の通り、千葉TSは上場頭数が大きく増えており、セレクトセールも8年ぶりの1歳部門再開という特殊事情があった。平均価格が前年を割ったセリでは、売却率が大幅に改善している。売却率の上昇には、手放しで評価できない要素があることは後で述べるが、ともあれ、さえない成績の続いていたHBAの市場が、久々に回復したのは重要な変化と言える。

 国内の主要セリ市場のカレンダーは、現在では4月下旬のJRAブリーズアップセール(BS)から始まると言って良い。BSは購買者がJRAの馬主限定で、建前上「市場」ではないが、実態はセリ市場である。その後、千葉、HBA、「ひだか」と2歳調教セールが続き、7月にはセレクトセール、翌週にHBAの7月市場(セレクションセール)と続く。8月には規模の最も大きいHBAサマーセールがあり、10月のHBAオータムセールで幕を閉じる。HBAの市場は従来、JRAが育成馬(1世代80頭)を仕入れる主要な場となっており、今年もサマーセールで57頭を購入した。10月市場は上場馬の資質が概して低いとされ、JRAの購入もない。従来は地方競馬の馬主層が主なプレーヤーだったが、近年の地方競馬の不振の直撃を受け、昨年は売却率26.8%(04年は28.3%)、平均売却額は約283万円。前年を下回り、300万円の大台を割っている。

 今年のセリ市場の動向を振り返ると、4月のBSが驚異的な売却率を記録し、平均売却額も大幅に上昇した。だが、あおりを受けるかと思われた一連の2歳セールも堅調に推移。特にHBAは交通至便な札幌競馬場に会場を移した効果もあって、売却頭数が90頭と02―04年のほぼ2倍に増えた。日本軽種馬協会(JBBA)が、シンガポールへの寄贈用に9頭を購入する“特殊事情”もあったが、一般購買者の物色も活発だった。セレクトセールでは、3日間の購買総額が117億5450万円。日本の軽種馬産業の年間の水揚げの約3割に相当する大商いで、翌週のHBA7月市場への影響が懸念されたが、こちらも堅調だった。1歳部門は日高の上場馬がセレクトセールに回った影響もあってか、平均価格が100万円近く落ちたが、売却率は6.3ポイント上昇。当歳部門はセレクトセールの過熱を避けたと見られる買い手の流入もあり、売却率、平均価格ともに上昇した。

 最大規模のサマーセールは8月21―25日に開催された。昨年からこの時期の5日間開催となったが、今回は岩手、石川両県の馬主会が団体購買(昨年は25頭)を見送ったが、その分を消化してなお、売却率が上昇した。目立ったのは再上場馬の多さで、売り主が希望売却価格を下げて取引の成立した馬が54頭。04年の18頭、昨年の44頭を大きく上回った。以前の8月市場は、売り手側も「まだ10月市場がある」と、安値での売却には消極的だった。だが、昨年の10月市場の不振に、「待てない」と態度を変えた人が多かったと見られる。HBAの市場では、売れなかった馬がセリ場を出ると、仲介業者が取り囲み、売り主と値引き交渉をする場面が見られる。セリ場には(この場所での)「家畜商行為を禁ずる」という掲示もあるのだが、「こちらが本当のセリ」と皮肉る関係者もいるほどだ。ここで交渉が成立しても、再上場される馬は従来は少なかったと思われる。再上場のメリットは、馬がJRA入りした場合、市場取引馬奨励賞が支給されることである。逆に言えば、従来なら地方に入厩していた層の馬が、今ではJRAに入っていることが考えられる。

 このほかの特徴としては、(1)200万円以下の馬が昨年の5頭から42頭に急増(2)「マイネル・コスモ」一門(42頭)や、ピンフッカー(5頭→19頭)の活発な購入(3)購買登録者(297人→330人)、購買者(120人→144人)の増加――が挙げられる。(1)、(2)とも、背景には今年の2歳調教セールの好調がある。ピンフッカーは90年代後半から今世紀初頭にかけて台頭し、浦河の軽種馬育成調教センター(BTC)整備を追い風に、付近で急成長する業者も現れた。だが、ここ数年は2歳調教セールが低調で、BTCから遠い地域の有力業者が姿を消すなど、勢いを失っていた。今年の2歳調教セールの反転に、商機を感じたのであろう。仕入れ値を抑えるピンフッカーの買い手口は、平均価格を圧縮した。「マイネル・コスモ」一門の岡田繁幸氏は、市場で馬を売らないが、安い馬に育成で付加価値を乗せる点で、ピンフッカーと同じ方向性を目指している人だ。

 (3)をどう見るか。セレクトセールなどの高馬市場では毎年、新たな参加者がセリをにぎわすが、新規プレーヤーのサマーセール参戦は新たな傾向と言える。今春のクラシックを日高産馬が全勝し、大物を探す物色の網が広がった効果もあるだろう。ただ、この流れを単に景気回復の反映と見るべきかは留保がつく。庭先(相対)取引の低調さで、従来なら既に売れているはずの馬が、セリ場に“いぶり出された”との推測も成り立つからだ。少なくとも、国内の競走馬需要が全体的に減って行く傾向は、変わっていないのである。

 岩手の団体購買見送りは象徴的だが、他の地方主催者も賞金・手当圧縮を進めている。その結果、減退した需要が「市場→JRA」という流れに寄せられている。“市場化”は、競馬界が10年越しで進めてきた作業である。96年にJRAが設置した軽種馬生産振興対策協議会は翌年、業界活性化に向けて市場振興を打ち出した。これを受けてセリ市場の多様化が進み、2歳調教セールやセレクトセールが相次いでスタート。セレクトセール新設の影響は強く、売り手にも買い手にも「馬はセリで買うもの」という意識が広がった。

 もう一つの傾向が「JRA集中」である。近年、需要減退にもかかわらず、生産頭数が下げ渋る中で、JRAの登録馬が大きく増えている。今年当初の登録数は8035頭で、各厩舎の預託頭数の「3倍枠」設置前の00年当初から約19%増。7月には9124頭で、00年から約23%も増えた。7月は2歳と3歳の未勝利馬が同居し、登録が最も多い時期だが、貸付馬房(4332)の2.1倍である。メリット制導入で尻に火のついた各厩舎、特に美浦の下位組が必死で馬を集める流れと、「JRAに入れるしかない」という馬主サイドの事情が一致した結果である。ここに来て、安い馬をJRA入りさせる“気恥ずかしさ”は薄れ、「セリで買えば奨励賞がつく」という現実的判断が優先されつつある。奨励賞は近年、大幅な削減が続いており、2000年は10億円近かったが、昨年から支給対象が新馬、未勝利と500万条件に限定され、額は2億720万円。JRA内部では「奨励賞は歴史的役割を終えた」との意見が支配的になりつつあるが…。

 市場の好転には、肯定的要因と否定的要因が絡み合っている。肯定的な材料としては、セリに向けた馬の仕上げを担うコンサイナーの定着が挙げられる。JRA・BSで注目を集めた個体情報の開示は、HBAなどにもかなり普及した。10年がかりで分業化や購買者の利便性、信頼性向上策が進歩したことは確かだろう。ただ、利便性に関して言えば、まだ工夫の余地はある。サマーセールの5日間集中開催は、顧客本位と言えるだろうか。2週に分け、1日ごとに希望の価格帯をあらかじめ設定しておけば、買い手も参入しやすくなる。組合特有の平等精神をいかに脱却するかが問われている。

 ◇主なセリ市場の成績    

 上場売却売却総額
JRA・BS696898.6973550
  696087.0635920
千葉TS533973.6362150
 352880.0178800
HBA・TS1719052.6503200
 1266450.8307290
ひだかTS1116861.3※486160
  1105550.0449730
セレクト1歳16510966.13414000
セレクト当歳30422172.78340500
  30224280.17972000
HBA7月1歳1686941.1※874600
   1786234.8707050
HBA7月当歳18811562.21170800
  19110655.51220860
HBA8月1歳112235631.7※1732700
  115630926.71607450

(BSはブリーズアップセール、TSはトレーニングセール。下段は前年成績、金額は単位1000円で税抜き。※印は平均売却価格が前年割れ)



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