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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (8/14)馬主登録申請はなぜ却下されたか ダーレー問題の波紋
 セレクトセールの結果に触れた前回のコラムで、ダーレー・ジャパン・ファーム(有限会社、高橋力代表=以下DJF)のJRAへの馬主登録申請が、7月5日に却下された事実だけを紹介した。今回はこの問題について、当事者のコメントも交え、事実関係と論点を整理する。DJFの馬主登録申請は、昨年7月の審査の際も提出されたが、ここでは日本競走馬協会がJRAの高橋政行理事長あてに「慎重な対応」を求める文書を送付。事実上、登録に反対する姿勢を示すなどの波紋を呼び、JRAもDJFに「書類の不備」を指摘したことから、審査を前に申請が取り下げられた経緯がある。

 JRAの馬主登録審査は4、7、11月の年3回。今回は7月4日に馬主登録審査委員会(15人)が、翌5日にJRA審査会が開催され、DJFの申請を却下した。JRAは「個人情報」に当たるとして、却下の理由を示していない。だが、4日の馬主登録審査委員会後、各スポーツ紙は一斉に「却下」を報じた。同委員会には6人の馬主団体代表が加わっており、ここが情報の発信元だったことは想像に難くない。関係者によると、JRAは各委員にかん口令を敷いていたが、尻抜けになったわけだ。つけ加えると、審査の完結は審査会終了後で、登録審査委員会で「可」とされた案件が、審査会で逆転したケースも過去にあった。却下の理由も、おそらくは同じ発信元を通じて「財務上の問題」が伝えられ、独り歩きを始めた。

 言うまでもなく、DJFはアラブ首長国連邦ドバイのシェーク・ムハンマド殿下の系列。却下されれば、国際的な波紋を呼ぶ。7月13日付の英専門紙「レーシングポスト」は、事実関係に加え、「財務状況が理由と考えられている」と報じた。殿下の代理人、ジョン・ファーガソン氏が「財務状況を疑問視したのであれば、我々は期限の60日以内に、決定への不服申し立てを行う」と述べたことも伝えている。また、8月7日付の専門誌「週刊競馬ブック」では、英国のフリー記者、リチャード・グリフィス氏が「今ある垣根を取り除かない限り、日本は主要(競馬)国の仲間には入れてもらえないだろう」と、今回の決定を批判した(訳は合田伊都子氏)。では、肝心の「財務状況」は何を指すか? これについて、高橋代表が取材に応じた。結論から言えば、DJFの現状にJRAから問題視される部分は確かにあるが、「競馬社会で、馬主は何をする存在か」という基本に戻った途端、現行制度の深刻な矛盾が露呈される。

 基本的な事実関係だが、DJFは競走馬生産を主な業務とする有限会社で、出資比率は高橋代表が90%、海外のノンバンクが10%。DJFの国内グループ企業としては、ダーレー・ジャパン(DJ=株式会社)と、ダーレー・ジャパン・レーシング(DJR=有限会社)の2社がある。DJは高橋代表と海外の2人の計3人で運営。DJRはDJの100%出資子会社である。JRAは「人的背景の調査が出来ない」との理由から非居住外国人の馬主登録を認めていない。また、一般法人馬主は個人からの移行に限定している。ただ、例外として競走馬生産法人だけはストレートに登録申請が出来る。一方、地方競馬では法人の直接登録が認められているため、グループはまず2003年にDJRを地方で馬主登録した。翌04年にはDJFを設立し、生産法人としてJRAの馬主登録を得る方向を目指している。生産者法人の場合、(1)資本金1000万円以上(2)牧場規模15ヘクタール以上(3)繁殖牝馬6頭以上保有――に加え、代表者についても(1)代表権を持つ役員(2)資本金または出資の50%を負担(3)直近2年の年間所得が1100万円以上――が条件とされる。また、法人自体が過去2年、黒字決算であることも条件で、今回のDJFはここに抵触した。

 高橋氏によると、04―05年は経常損失を出しており、共同出資したノンバンクからの債務免除を受けて当期利益を計上したという。だが、JRAはこの方法は認めなかった。登録審査の際、事務局のJRA馬主登録課は申請者の財務状況や人的背景について資料を作成し、各委員に配布する。関係者の話を総合すると、事務局資料の段階で、DJFには「否」のニュアンスが示されていた模様だ。

 問題は損失を出した理由で、実は現行制度の矛盾もここにある。DJFは2年足らずの間に、拠点の北海道・厚真町と周辺町村で精力的に用地を購入。現在は種馬場1カ所と生産牧場6カ所を擁し、敷地面積は約150ヘクタールに上る。近隣の地価は大まかに言って1ヘクタール200万円前後という。とすれば、用地費は全体でも3億円程度。セレクトセールでDJが競り負けた「トゥザヴィクトリーの2006」の半額である。だが、買収した牧場の多くは厳しい経営環境下、土地に十分な手当をしていなかった。斜面の下側に水がたまる場所も多く、排水施設の整備を迫られた。ほかに、整地や取り付け道路の整備、厩舎の新設、植栽など一連の造成費は、用地コストを軽く上回り、収益構造を圧迫した。現在、DJFの収入はDJ所有の繁殖牝馬の預託料、DJF所有の牝馬6頭の産駒の販売収入など。高橋代表は「あと5年はさらに用地取得を進め、現状の2倍の規模を目指す」と話しており、経常収支の黒字転換はかなり先になる見通しだ。

 グループは現在、繁殖牝馬約50頭を抱える。牝馬1頭につき、産駒が当歳、1歳の2頭いると仮定すれば150頭。現在の規模を150ヘクタールとしたのは「1頭1ヘクタール」を確保するためという。さらに、社会保険加入など従業員の福利厚生にも力を入れており、他の牧場より高コストだ。ヒット&アウェーではなく、腰を据えて日本で生産・競馬に取り組む姿勢を強く感じる。とは言え、馬主登録がなければ先に進まない領域もある。DJFでは今後、農地以外の施設(農地法で土地はDJF以外が保有できない)を別会社に移し、収支を改善する方向も探っているが、認めるかどうかはJRAの腹一つだ。

 不思議なことに、買収された側には今も、馬主登録を持つ牧場が複数ある。おそらくは経営難で身売りした牧場が今も馬主で、買った側が「カネを使い過ぎた」ために馬主登録を受けられないのである。結局、早期に馬主登録を得るには、最初の2年は隠忍自重で経常黒字を出せば良かったことになる。登録さえすれば、あとは高馬を買おうが、牧場に巨大投資をしようが自己責任である。破綻の兆候が見えたとしてもJRAは何もせず、自主的な退出を待つだけである。もともと、本気で競馬をすればカネは溶けていくものだ。だから「経済的要件」があるのだが、この条件が生産者法人に"健全経営"を要求し、投資をしにくくしているのは大きな矛盾である。個人馬主も同じことだが、馬主登録の入り口だけを調査して「公正競馬」を言い募るのは、JRAの単なる自己満足でしかない。

 DJFは今年11月分の登録申請はしていないため、次の審査は早くても来年4月。この間に、今回の措置への不服申立や審査経過の公表を求める情報公開請求といった動きを起こす可能性もある。客観的に見て、ここまでDJグループは必死で日本との摩擦を回避してきた。昨年の申請取り下げも一例だが、DJRの馬を数多く管理する川島正行調教師(船橋)は、他の馬主の馬も含めて、JRAの交流競走への参戦を最小限に控えてきた。馬主登録問題について、複数の馬主団体役員から高橋代表にアプローチがあったため、「利害関係者を刺激しないため」おとなしくしていたという。だが、今度ばかりは殿下も堪忍袋の緒が切れて、高橋代表に「徹底抗戦」を指示したという。JRAの公式説明がないまま、「財務上の問題」という説明が独り歩きしたことが、殿下の怒りに油を注いだ。

 気になるのは、この問題がJRAとDJ側の"空中戦"になりつつあることだ。DJ側は、「財務上の問題」をクリアしても、「今度はJRAが『DJFはゴドルフィンに名義貸し』という論理を持ち出すのではないか」と疑心暗鬼になっている。しかも、前述の通り、馬主団体幹部の水面下での動きもある。元来、JRAの馬主制度について、馬主団体があれこれ口を出す筋合いはない。だが、何らかの権限があると装う人がいる様子で、これ自体、制度の信頼性を揺るがせる行為だ。最大の問題は、JRAが「外資と関連のある生産者法人」の馬主登録を認めるかどうか。ここも抜け道があり、一度、登録を受けた後で出資を受ければ良い。だが、そこは天下のムハンマド殿下。「正面玄関は開いていますか」と問うている。

 あくまでも筆者の感触だが、JRAは必ずしも玄関払いという姿勢ではないように映る。昨年からパターン競走(ダートグレードを含む重賞、オープン特別)の過半数に当たる111競走を外国調教馬に開放し、国際セリ名簿基準委員会(ICSC)のパート1入りへカジを切った。だが、昨年のアジア競馬連盟(ARF)では、国際競馬統括機関連盟(IFHA)のルイ・ロマネ専務理事が「非居住外国人馬主問題の解決が前提」とクギを刺された経緯がある。非居住外国人はともかく、国内問題のはずのDJFの件が、パート1入りの障壁になるとすれば、何のために開放したかが怪しくなる。

 明らかなのは、現時点で双方が十分にコミュニケーションを取っていないことだ。JRAの一部には、高橋代表が元のJRA獣医師であったことで、どこか意識過剰になっている面も感じられる。ともかく、今後も重箱の隅をつついて登録を拒み続ければ、各方面に誤ったメッセージを与えるだろう。国内の馬主や生産者は「我々が抵抗すればJRAは動けない」と見るし、海外勢は「JRAは世界の競馬共同体の一員でありたいとは思っていない」と考えるのではないか。重要なのは「一般論」であると思う。DJFのような件について、名義貸しに抵触するか否かも含めた判断を公にすべきではないか。白黒どちらでも説明責任が生じるし、関係者の反応を考えれば難儀ではある。だが、この種の問題について、理念や基本姿勢を語らずに、外とのコミュニケーションなど不可能である。筆者は登録を認めるべきと考えているが、一方で、もしJRAが「否」とする場合の理由づけにも興味がある。「そういう恥ずかしい説明はしたくない」という感覚を持ち合わせていると期待したいが…。



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