(7/3)曲がり角のクラブ法人 馬主制度の再構築
前2回でクラブ法人への国税庁の指導について検討してきた。今回の動きの真の狙いはどこにあったか? あくまでも推測の域を出ないが、“本丸”が社台グループであったことは想像に難くない。国税庁がどう動くにせよ、常に重視するのは徴税コストである。何しろ、源泉徴収という世界でもまれな低コストの徴税方法を続けている国である。競馬業界を調査するとなれば、1番目立っている部分に照準を合わせるのは当然だろう。一般出資者への課税も、19社しかないクラブ法人に源泉徴収させるという手っ取り早い方法である。損を重ねて来た出資者には、お気の毒様というほかはない。
〔最も不利なのは誰か〕1回目でも触れた通り、社台グループはクラブ法人の法的枠組みを、現在の匿名組合方式から任意組合方式に移行するよう主張し、「国税庁も否定的ではない」としている。あえて国税庁の姿勢を推測すれば、「税収に大差はなく、どちらでも構わない」と言ったところか。ただ、一般に任意組合の方が、会員の組合財産への支配権は強い。40人なら40分の1の「持ち分」となるが、匿名組合の場合、業務執行者側の主導権が強い(だからJRAも認めている面もある)。例えば、出資馬が種牡馬入りした際の会員への配分金は、当初は全額だったが、活躍馬が出るとともに60%に削られ、出資者には不利な形となった。また、クラブ(=業務執行者)と、種牡馬を供用する側が事実上、一体である場合が多いためか、価額が低めに設定される場合も多い。種牡馬入りする馬はほんの一握りだが、だからといって看過できる話ではない。
前2回で述べた通り、馬主団体は長年、クラブ法人を圧迫してきた。批判の中身は、目障りな競争相手の排除を狙ったタメにするものだが、一つだけ当たっているのは「馬主登録をメシの種にしている」というもの。クラブが出資者から得る手数料は、素直に取れば競走への参加やカネの配分のため、クラブ側が提供した役務の対価だが、クラブ側に馬主登録がなければ、そもそも商売が出来ない。逆に言えば、もっと簡単に馬主になれる状況下で、クラブ法人という業態は成立しただろうか? 以前の当コラムでも触れたが、諸外国のような緩やかな馬主制度なら、クラブが担う役割は、「共有コーディネーター」のような形で代行されるだろう。人脈と情報さえあれば誰でも参入できるから、競争も激しくなる。業者の数も19では済まない。種牡馬入りの際、業者側が4割も抜くなど論外だ。個人的なことを言えば、筆者は過去に、クラブ法人に1円も出資したことはない。出資者の立場が余りに不利に思えたからである。競馬界への貢献は認めるが、クラブ法人が、日本独特の馬主制度のすき間を突いた過渡的存在であることは、押さえておく必要がある。
〔共有制度の使い勝手〕“大衆競馬”の日本では、馬の所有形態にも「薄く広く」というスタイルが欠かせない。だが、JRAの共有制度は使い勝手が悪く、クラブ法人の成長をアシストした面がある。JRAでは個人で馬主登録のある人が、10人を上限(地方は20人)に共有できる。海外では大人数の共有が珍しくないが、背後関係の調査を避けて通れないため、JRAは共有者の人数を増やすことには消極的と映る。すき間を埋めるのは01年にスタートした組合馬主制度だが、今年当初の登録数は34件にとどまる。組合馬主は経済的要件のハードルを下げた上で、「3―10人」で登録を受け付けているが、大半の組合は3―5人で構成される。10人ともなると、「仲間内」の範囲を超えてしまうようだ。その意味では、社台グループなどが展開している10人の共有は大型ファンドと言えなくもない。組合馬主が十分に機能していない一因には、個人馬主が参加できないこともある。「1人1名義」がJRAの建前だが、こだわるほどの問題でもないだろう。また、個人馬主が「馬秘書」を置く例があるが、共有や組合についても、免許制や契約内容の開示を前提に、専門的な業務代行者を認めるのも一つの選択肢ではないか。
〔揺らぐ現行制度の前提〕JRAの馬主制度を論じる上で、「公正確保」の4文字を避けては通れない。少なくともJRAは、現在の制度こそ公正の基盤であると思っている。だが、実はこの部分、突っ込みどころが満載なのだ。例えば、登録の際の交遊関係のチェックだが、ひとたび通ってしまえば、フォローはない。極端な話、登録の翌日にその筋の人と兄弟の盃を交わしても、何の手出しもできない。近年は個人情報保護という難題も持ち上がっているため、この種のセンシティヴ情報の収集自体が難しくなった。また、現行制度が確立されたのは1966年で、それ以前には問題のある人も相当数、入り込んでいたとされる。ともかく、強制捜査権のないJRAの審査には限界があり、自己満足に終わっている面も否めない。
経済的要件にしても同じ問題がある。早い話、昨秋に登録された人の資産目録に「ライブドア株」が入っていたら…。持ち株数次第で、瞬時に要件を満たさなくなる。当コラムでも再三触れたが、経済的要件の真の意味は、預託料の焦げ付きを防ぎ、厩舎経営を安定させることで、不正への誘因を減らすことである。買い手の信用力の見極めは、物やサービスを売る側の責任であり、いかに現在の制度が厩舎側に過保護なものかがわかる。だが、まだ美浦だけとは言え、複数の厩舎が自主廃業する時代である。どういう馬主を選ぶかは、厩舎にとって死活問題で、「大丈夫」と踏んだ相手には、馬を持たせても良さそうなものだ。あるクラブ関係者は「(馬主が増加傾向にあった)バブル期には、経済的要件は段階的に厳しくなっていた」と明かす。どうも、競争相手の増加を嫌った馬主団体の意向も働いていたようだ。不況期には「馬主登録数が減っている」と窮状を訴えていたはずだが…。結局、公正確保策の一環であるはずの経済的要件は、馬主の既得権を守る防波堤になっていたのだ。
〔議論の場の構築〕クラブの問題とは直接、関係しないが、馬主制度全体が、曲がり角に来ている。「公正」を看板にしつつ、安定(=既得権の保護)に傾いていた現在の制度は、馬主数の減少や国際化で揺さぶられている。今後は「プレーヤーの確保」と「競争」がテーマとなる。転換期に即した新しい枠組みを構築するには、まず議論の土俵を整えることが欠かせない。現在の馬主登録基準は、JRA審査会が馬主登録審査委員会の意見を聴いた上で設定する。だが、登録審査委員会には弁護士や税理士、JRA役職員経験者などの学識経験者(9人)とともに、馬主団体代表(6人)が加わっている。登録審査のみに限っても、基準は外形的なものであり、あえて馬主代表を加える必要性は説明不可能だ。むしろ、潜在的な競争相手の参入の可否を審議する場に、利害関係者が入っていては、「不公正」との批判を招くだろう。各団体が気にくわない人を排除するのは自治権であるが、登録審査自体に介在すべきではない。
7月4日の登録審査委員会では、ダーレージャパン(DJ)の申請が俎上(そじょう)に上る。日本競走馬協会(会長・河野太郎衆院議員)が昨年6月、JRAに文書で「慎重な対応」を求めたいわくつきの案件である。結果は当日を待つほかないが、こうした政治問題化した案件を現在の審査委員会で扱うのも問題がある。JRAが方向性を示さない限り、学識経験者選出の9委員がこの重要課題のキャスティングボートを握ることになる。昨年の申請の際は、JRA側が「書類の不備」を指摘したという。判断を先送りする策とも取れるが、いつまでも小手先の対応を続けることは出来ない。
現在の馬主制度の大枠が整備されて、今年で40年になる。この体制の問題点は、競馬施行者が行いうる公正確保策の限界を直視していないことだ。国際化の進展や、多様なプレーヤーの参入を促す観点から、枠組みの改革に向けた議論を進めるべきである。極力、利害関係者から距離を置いた土俵を、早期に立ち上げる必要がある。(この項終わり)
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