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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (5/15)"名馬の墓場"の終焉(しゅうえん)?
 5月の声を聞き、主要競馬国はクラシックシーズンの佳境を迎えた。競走体系こそ違え、各国のクラシックが将来の種牡馬選定の有力な指針であることは同じである。ただ、こと日本に関する限り、従来の有力種牡馬のほとんどは輸入された馬だった。近年のリーディングサイヤーも、ノーザンテースト、トニービン、サンデーサイレンスと輸入馬が並ぶ。だが、こうした“入超”状態に一石を投じる動きが明らかになった。2日に発表されたユートピア(牡6歳、栗東・橋口弘次郎厩舎)のゴドルフィンへの移籍である。3月25日のドバイ国際競走デーに行われたゴドルフィンマイル(G2・ダート1600メートル)を逃げ切りで圧勝。日本産、日本調教馬として初めて、海外でダートの重賞競走を優勝。ドバイ首長国首長に就任したムハンマド殿下の“御前レース”での快勝が評価され、400万ドル(約4億4000万円)の値がついた。現役馬の海外移籍も前代未聞だ。

 ユートピアは当歳時の2000年7月、日本競走馬協会「セレクトセール」で5100万円で金子真人氏に購買された(後に金子真人ホールディングスに名義変更)。生産者はノーザンファーム(北海道安平町)だが、父はJRAが購入し、日本軽種馬協会(JBBA)に寄贈されたフォーティナイナー。盛岡で施行された統一G1を3勝しており、フォーティナイナーの国内で最良の産駒である。フォーティナイナーはエンドスウィープを始め、米国で多くの有力馬を輩出していたが、日本ではユートピア以外に目立った後継候補は出ていないため、貴重な血脈となりつつある。とは言え、競走体系が芝中心の日本には、ダート路線のトップでもない同馬を、種牡馬として高く評価する土壌はない。今回のトレードは種牡馬価値も含んでおり、“適材適所”という観点からも非常に意義深いものである。

 “入超”と書いたが、実のところ、日本から繁殖用に海外へ出て行く馬は皆無に等しかった。近年は成績の上がらない輸入種牡馬が“返品”される例は目立つが、日本産馬が種牡馬として海外に腰を据えたことはほとんどない。ユートピアの場合、引退後は国内(ダーレー・ジャパン)で供用される可能性もあるが、ドバイでの1勝の意味は大きく、今後の活躍次第では米国の目も出てくる。タイトルの「名馬の墓場」は、英国の著名な競馬評論家が日本を評した言葉で、ひとたび日本に出してしまえば、産駒は戻って来ないし、情報すら伝わらないことを指していた。近年では情報は伝わるし、ゴドルフィンの繁殖牝馬が、サンデーサイレンス(SS)との交配のために日本に来ることもある。その意味で、今では「墓場」という表現は当たらない。ただ、ともすれば馬を抱え込みがちな日本の競馬界のメンタリティーは、根強く残っていないか。“入超”の背景にはそれがあり、日本をブラックホールにしている嫌いがある。

 折しも、9日にディープインパクトの凱旋(がいせん)門賞参戦が発表された。6月の宝塚記念に出走した後に渡仏。現地で前哨戦を使う可能性も残されている。日本馬の参戦は2年ぶり7頭目。海外との交流が深まった1990年代以降に限れば4頭目である。ただ、4頭中2頭は米国産(エルコンドルパサー、タップダンスシチー)であり、SS産駒となると、マンハッタンカフェに続き2頭目である。日本で供用された12シーズンの間に、幾多の有力馬を出しながら、欧米の一線級との対戦は意外なほど少なく、20世紀の間は95年のダンスパートナー、2000年のエアシャカールが目立つ程度。今世紀に入って流れは変わったが、01年のドバイ国際競走で活躍した池江泰郎厩舎のステイゴールド、トゥザヴィクトリーは、その時点で国内G1未勝利。マンハッタンカフェが天皇賞・春を勝ち、凱旋門賞行きを決めたのは、SSが種付けを中止した時期と重なる。単なる偶然かも知れないが、SSが健在の間は「産駒は国内のG1さえ取っていれば10分」という感覚があったことは否めない。結果として、SS産駒の本格的な海外進出は後半の世代が中心となった。

 フジキセキで始まる後継種牡馬群の「正体」は、既に相当程度、明らかになった。産駒がデビュー前の残る大物と言えば、マンハッタンカフェ、ネオユニヴァース、ゼンノロブロイ、デュランダル、ハーツクライ、ディープインパクトなどが並ぶ。孫世代では、タヤスツヨシ産駒が豪州のG1を勝った例もあるが、目立つのはシーザリオのアメリカンオークス程度。JRAだけでG161勝という国内の席巻ぶりと、海外での存在感の薄さは対照的だ。この辺で思い切って、真のエース格を海外で種牡馬入りさせる時期ではないか。

 「存在感の薄さ」と書いたが、海外に出れば結果を出せた馬はいたと思う。ハーツクライのドバイ・シーマクラシック(G1)制覇も、有力な根拠である。ルメール騎手による脚質転換以前は、G1で2着3回。ステイゴールドによく似た立ち位置にいた。その馬がディープインパクトに初黒星をつけ、海外でG1を勝つに及んで、ディープインパクト自身の遠征の意味も、変質せざるを得ない。英国伝統の「キングジョージ」に参戦するハーツクライと、海外で再戦が実現するかどうかは微妙だが、少なくとも同格以上の結果を出さない限り、「史上最強」の面目を保つのは難しい。ディープインパクトの遠征は、見えない敵との戦いという要素を含んでいる。

 ともあれ、前年の有馬記念1、2着馬がそろって、欧州伝統のビッグレースを狙うという風景を、10年前に思い描いた人はほとんどいないだろう。近年の実力向上を考えれば「遅かった」のかも知れないが、ここには世界一のインフレルールで行われて来た日本競馬の現実が横たわる。海外で走る金銭的メリットは薄かったのだ。だが、それを支えてきたJRAの売り上げは、ピーク時の3/4以下。馬主経済にも影響を与えており、競走馬も種牡馬も猛烈に買いあさったバブル期のジャパンマネーの威力は今はない。今後はむしろ、手持ちの資産をいかに活用して、次の展開に向けた原資を確保するかが問われている。この観点からすれば、両馬の遠征は「資産価値の向上」という意味も含んでいる。また、10年以上に及んだ「SS時代」に、日本競馬が世界の頂点にどこまで迫ったかも測られる。

 資産活用という点で言えば、両馬が引退後、どこで供用されるかは、日本の競馬の将来を左右する問題かも知れない。遠征の結果が芳しくなければ、型通り日本で種牡馬入りとなろう。だが、結果が良ければ、ゴドルフィンやライバルのクールモアも放ってはおかないだろう。そう考えると、金子氏とゴドルフィンの間で取引が成立した意味は小さくない。ディープインパクトは、生産者のノーザンファームが所有関係に絡んでいない。一昨年のダービー馬キングカメハメハも同じで、種牡馬入りの際の価格は21億円。凱旋門賞2着のエルコンドルパサーが18億円だったことを思えば、明らかに高額で、生産者との共有ではなかったことと無関係ではない。ディープインパクトが好成績を残せば、欧州では希少なSSの最良の後継馬に、どれほどの高額がつくのか? 現時点では想像もつかない。

 日本のトップクラスの馬が、海外で種牡馬入りすることへの反応もまた、今は想像しがたい。ただ、入超のイメージは一気に変わるだろう。馬券の売り上げも、馬主数も、生産規模も細る一方の日本競馬に、数十億円単位のマネーが注入される意味は大きい。「名馬の墓場」ではないにしても、日本はひたすら世界のブラッドストックマーケットに金を注入し、馬を買うことを繰り返してきた。一方通行が解消され、良質馬とマネーが日常的に行き交う世界に加わるか。ディープインパクト、ハーツクライの遠征と、その後の展開次第では、2006年は、日本競馬の里程標の年になるかも知れない。



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