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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (12/27)不敗神話が終わって…
 ここ数年、JRAでは1レース当たりの平均出走頭数は、14頭前後で推移している。全馬に均等に勝つチャンスがあるとすれば、勝つ確率はわずか7%ということになる。にもかかわらず、JRAの競馬施行規程72条には、「競走に勝利を得る意志がないのに馬を出走させてはならない」と明記されている。もちろん、現実のレースには多くのアウトサイダーも参加していて、各関係者の「勝利を得る意思」には濃淡があるのが常。「ダメ元」で出てくる馬が少なからず存在することは、ファンも含めて暗黙の了解となっている。

 負け続ける馬は、そんな矛盾をはらんでいるが、無傷のまま勝ち星を重ねる馬もまた、不条理な存在と言うべきである。(1)傑出した能力(2)体調の安定(3)適切なレースの選択――という3つが重なって始めて、無敗の連勝記録は実現する。だが、記録が伸びるほど対戦相手は強くなり、(3)の条件を満たすことが難しくなる。戦後の無敗馬と言えば、トキノミノル、マルゼンスキーの名が挙がる。だが、トキノミノルは日本ダービー制覇の17日後に破傷風で世を去った。マルゼンスキーは有馬記念でのトウショウボーイ、テンポイントとの対決を前に、脚部不安で引退を余儀なくされた。現代の「無敗の名馬」は、「不本意な形で現役を去った馬」とイコールである。

 有馬記念の各種データを見ていて、目に留まったのは「無敗の優勝馬が存在しない」というものだった。近年では2002年のファインモーションが6戦無敗の後、有馬記念(5着)で初黒星を喫した。有馬記念を勝つような馬は、強敵にもまれた経験を持ち、1回や2回は負けているのだ。仮に84年の初代無敗三冠馬シンボリルドルフが、ジャパンC(3着)をパスして有馬記念に臨んでいれば、かなりの確率で「無敗の有馬記念馬」になれただろう。だが、同馬の関係者は、中1週という厳しい日程のジャパンCにあえて挑んだ。今日では、微妙な体調の狂いも敗因の1つとされている。それでも、日本馬が勝てなかった時代にジャパンCを選んだことは「勇気ある決断」と評価された。香港では今年5月、17戦無敗の英雄サイレントウィットネスが、チャンピオンズマイルで2着に敗れた。1000―1400メートルで17連勝した馬が、初の1600メートル戦、それも国際競走を選んで負けた。時代も場所も異なるが、2つの敗北は「チャレンジ」の結果であり、歴史的な名馬にふさわしい、名誉ある初黒星だった。

 こんな経緯を思う時、ディープインパクトの背負った十字架が、いかに無理無体なものだったかを痛感する。この馬は「名誉ある初黒星」さえ許されない雰囲気に取り巻かれていたからだ。三冠達成後、関係者は「天皇賞・秋の内容を見て」次戦を決める方針を打ち出し、10月31日に有馬記念参戦を表明した。94年の三冠馬ナリタブライアンが、同様の選択をした際は、ジャパンC回避があたかも、"敵前逃亡"であるとして、少なからず波紋を広げた。だが、今回はさほどの反応もなかった。背景には、ジャパンCで日本馬が勝ち続け、海外遠征も珍しくなくなった事情がある。馬主の金子真人HD、池江泰郎調教師、武豊騎手と言えば海外遠征の常連。「いずれは海外」との見方から、ジャパンC回避は重大視されなかった。

 だが、年間ベストレースと言えるようなジャパンCの死闘と、05年の3歳世代の対古馬での惨状を見て、筆者には「やはり回避すべきでなかった」という思いが強まってきた。「ジャパンCに出ていたら、本当に勝てただろうか」「名誉ある初黒星のチャンスを逸したのでは…」――。しかし、ディープインパクトを大スターたらしめているのは、「圧勝を続けている」という事実のみだった。かつてのハイセイコーやオグリキャップは、負けることでストーリー性が増幅され、逆に人気を増した。今回は違う。不世出の大種牡馬サンデーサイレンスと欧州のG1勝ち馬を父母とし、当代の日本競馬界の成功者が周囲を固める馬は、過去のアイドルホースのように、大衆が自己を投影する対象ではない。多くの人はただ、圧倒的な勝利のみを期待している。その事実は関係者を強く拘束していた。

 「菊花賞→有馬記念」というクラシックな路線は、明らかに安全策だった。9週間の間隔があり、一方で今回はジャパンCからの転戦組が10頭を数えた。89年のホーリックスの伝説のレコードを破った厳しい一戦から、4週間の間隔で走る方が不利に決まっている。その意味でも、ディープインパクトにとっての有馬記念は、「チャレンジ」どころか「受けて立つ」意味の方が濃かった。だが、結果はご承知の通りである。1200メートル通過が前年より1秒7遅い74秒2。確かに先行馬有利の流れだが、逆に前との差が小さいとも言える。レースの上がり600メートルが35秒5、ハーツクライが35秒0に対し、ディープインパクトは34秒6。机上の計算だが、34秒4なら勝てた。過去7戦の上がりを、33秒3―34秒1でまとめてきたディープインパクト。有馬記念は「走らなかった(走れなかった?)」のだ。

 武豊騎手は「敗因はわからない」と語った。だが、数字を見れば心身の何らかの変調を疑わざるを得ない。直前の調教内容を巡っては、日程が二転三転したことや、内容の軽さが憶測を呼んだ。栗東で取材していた人々の間では、「何かがあった」との見方が支配的だ。「勝つという拘束」と書いたが、勝つためには「出走させる」ことも前提となる。骨折や屈けん炎のような目に見える問題ならともかく、「何かが違う」程度の漠然とした違和感では、撤退を選択できない雰囲気が、既に醸成されていた。JRAとマスメディアが指揮者不在で奏でた協奏(狂騒?)曲が、逆な意味で関係者を拘束した。いわば、ダブルバインド(二重拘束)の下にあったのだ。

 ハーツクライを見ていると、競走馬にとって1年という時間がいかに重いかを再認識させられる。昨年の有馬記念ではアウトサイダーだったが、今年は2度のG1惜敗の後に、グランプリを制した。アルカセットとの死闘から4週後だったことは、より意義深い。4歳秋を迎えて、激戦から短期間で回復するだけの体力がついていたのである。一方のディープインパクトは、菊花賞から9週間では、状態が戻り切らなかったことになる。出走させる以上、「状態が悪かった」ことは言い訳にならない。使い減りしない体力も能力のうち。今回、関係者がジャパンC出走を望んでも無理だったに違いない。だからこそ、3歳馬が古馬に勝つことには価値があるのだ。

 ここに「三冠」というギミック(仕掛け)が抱える問題点が露呈される。10月下旬まで、強い3歳馬を同世代に塩漬けにする現在の競走体系は、ここ10年で相当にチャレンジを受け、空洞化しつつあった。筆者が菊花賞に違和感を感じるのは、単に「3000メートル」だからではない。「10月下旬の3歳限定戦」であることの方が問題と思えるくらいだ。だが、ディープインパクトという逸材を前にして、関係者はもちろんJRAにも、「三冠狙いが当然」という雰囲気が漂っていた。言葉はきついが「勝負づけの済んだ相手との再戦」の方が、無敗の金看板を長く掲げていられる。また、ほこりをかぶってはいても、「三冠」と言うギミックは、競馬に縁の薄い人々にもある程度、知られている。同馬に人気回復を託するJRAにも、その方が好ましかった。仮に関係者が「05年秋は凱旋門賞に行く」などと言い出したら、JRAもさぞ慌てたことだろう。だが、海外通のそろう同馬のチームも、今回は何か空気を読んだように思える。

 改めて明らかになったのは、「三冠馬とは傑出した世代王者であり、それ以上でもそれ以下でもない」という事実。場所がどこであれ、この馬は1日も早く、古馬と戦うべきだと筆者は考えていた。勝てば素晴らしいし、負けても挑んだ勇気は称賛される。「無敗神話(幻想?)」をどれだけ長続きさせようと思っても、強い相手に当たれば負ける日は来る。幻想が消えたところから、新しいストーリーは生まれる。本調子を欠いたと思われる今回の敗戦は、決して不名誉ではない。だが、敗戦が不可避だったとしても、ディープインパクトには、より名誉ある負け方があったと思えてならない。

 レースの売り上げが500億円を切ったことは、少なからぬ驚きだった。3連単の効果か、今年に入ってからは堅い中心馬のいるG1競走の方が、売り上げが伸びる傾向にあった。単勝1.3倍の大本命がいながら減少したことに、JRAも当惑を隠せない。各事業所の売り上げで目を引いたのは、寒波に襲われた北日本の不振と、中山本場の大幅減である。特に中山は、16万人を超える大観衆を飲み込みながら、売り上げは前年を15%下回った。あくまでも推測だが、混雑を嫌ったリピーターは場外や電話投票に流れ、少額しか買わないにわか(?)ファンが、スタンドを埋めていたことになる。

 JRAとメディアが進めたキャンペーンは、ニューカマーを競馬場に呼び込んだが、売り上げには直結しなかった。ここまではJRAもある程度、織り込み済みだった。問題は、「無敗神話」の終焉(しゅうえん)を受けて、こうした人々がどう動くか。今回、中山に足を運んだ人はおそらく、従来と比較しても年齢層は低かったものと思われる。移り気とされる彼らが、06年以降も競馬に関心を持ち続けるかどうかは、極めて疑わしい。1頭の競走馬が「勝ち続ける」ことを掛け金としたキャンペーンは、そもそも無理があるし、負けた場合の反動もきつい。JRAに対して、「勝負にまで作為の影響は及ぼすまい」というレベルの信頼があればこそ、キャンペーンへの反発は限定的だった。その意味で、「競馬の公正を害する」と言ったヤボな批判を浴びせる気はないが、「スターづくり」という命題が、三冠という閉じた枠組みに回収されてしまったことの方が、今回の有馬記念の後味を苦いものにしたと思えてならない。



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