(12/5)NAR"改革の"虚実
10月17日付の当コラムで触れた公営競技関係5法人の組織形態問題で、政府の特殊法人等改革推進本部参与会議は11月25日、締めくくりの会合を行った。JRAは従来通りの形態、地方競馬全国協会(NAR)は地方共同法人化の方向が示された。この問題は、本質が全く理解されず、一部で伝えられた「運営共同化」という誤解が1人歩きし始めている。今回の方針の矛盾と限界を検証したい。
〈NARの抱える問題状況〉本題に入る前に、NARについて簡単におさらいしておこう。創設は1962年。地方競馬の調教師・騎手免許の発給、馬と馬主の登録、各主催団体への裁決要員派遣、騎手の養成などの業務のほか、畜産関係への補助事業を行っている。経費は、各主催者が売り上げに応じて上納する交付金を充てており、交付金比率は約1.2%と、他種公営競技より低い。もともと交付金は、「1号」(畜産)に3、「2号」(競馬運営とランニングコスト)に1の比率で案分されていた。だが、各主催者が経営難に陥った結果、交付金収入が減少。競馬関連業務の経費を2号だけでは賄い切れなくなり、現在では1号の部分を流用。畜産関係の補助金は今年度、約10億円まで減少する見通しだ。仮に今後も売り上げの低下が続き、畜産助成事業が資金難で止まった場合、地方競馬を刑法の賭博罪の適用除外とする理由づけ(違法性阻却事由=公益への貢献)が失われるとの見方もあり、早急な対処が求められていた。
〈主催者にとってのNAR〉交付金を支払って、個別に抱えては非効率的な業務を委託する。これが各主催者とNARの関係の枠組みだが、各主催者の体力は著しく異なり、大井対NARと、高知対NARの関係は全く対照的である。大まかに言えば、大井はNARに、便益を大きく上回るコストを払い(持ち出し)、小規模主催者はわずかなコストで大きな便益を受けている。こうしたいびつな構造を温存したまま、NARの組織に手を入れることが、そもそも可能なのかが問題だった。加えて、NARが権限を持っているはずの免許制度でも、近年は矛盾が噴出していた。例えば、騎手の移籍に際し、一部主催者(と調騎会)が「1年は厩務員をしなければ騎乗させない」と言った不合理なローカルルールを置いている。主催者の勝手放題を許してきたNARが、今回の方針だけで、各主催者に指導力を発揮しうるか否かを念頭に、先を読み進んで頂きたい。
〈「主催者の意思が反映される組織」〉既に参与会議には、農水省側から数次に渡って資料が提示されているが、NAR改革については「地方主催者の意見も踏まえつつ、主催者の意思が反映される組織へ」の変更を唱えている。今回の方針の最大の矛盾はここにある。各主催者の協議体である全国公営競馬主催者協議会(全主協)は10月31日、「大多数の主催者が(自治体の)一般会計や銀行借り入れで存続している中で、収益配分を前提とした畜産振興補助事業は、廃止もしくは休止、または最小限度に縮小すべきである」との要請文書を参与会議に提出している。ところが、農水省競馬監督課の荒川隆課長は筆者の取材に対し、従来の交付金制度の大枠は維持するとした上で、「(補助事業が)ゼロになったら、それは競馬をやめる時」と明言した。競馬を続ける意思のある主催者にすれば、最悪、免許・登録や派遣業務の受け皿があれば足りる。農水省は、「主催者の意思」と真っ向から反する組織をつくろうとしていることになる。前記の文書で全主協は、48年から62年まで、NARも1号交付金も存在していなかったことを根拠に、「畜産振興補助事業が停止しても、違法性阻却事由は消失しない」と主張している。
〈運営共同化という幻想〉農水省の資料では、NAR固有の問題と並んで、地方競馬が抱える課題を列挙し、改革の方向も示している。課題として挙げられたのは、(1)各主催者が馬と厩舎を抱える高コスト体質(2)限定された商圏(3)主催者ごとにバラバラな日程でファンを奪い合う(4)限られた馬のレースで興行としての面白味に欠ける――の4点。解決策として、人馬資源の有効、効率的活用▽開催日数の見直しによる供給過剰の是正、主催者間競合の回避▽専門家による民間的手法の導入――が示された。いずれも、2001年の「地方競馬のあり方に係る研究会」以来、言い古されたことばかりだが、問題はNARの“改革”と、これらの命題がどう結びつくかだ。
資料では、新NARの新たな業務として、(1)地方競馬の将来見通しの作成、開催日程、番組編成の調整等を行うための企画・調整(2)競走の実施の受託事務――を掲げた。冒頭に「一部のメディアが誤解を広げた」と書いたが、誤解の元はここにある。荒川課長は、新NARの人的構成について「基本的には現在の人員が移行する」と述べた。従来、競馬の現業的な部分しか担って来なかったNARの人材を動かさずに、上に挙げた業務を担い得るかは極めて疑問だ。日程調整に関して言えば、例えば以前の南関東は毎年、売れる日程を巡って、灰皿が飛び交うような争奪戦を展開して来た。番組編成にしても、調騎会、馬主会と言った利害関係者との厳しい交渉抜きには進まない。今回の方針に、現場の番組実務者の間では、「やれるものならやって見ろ」という冷ややかな反応が支配的という。
今回の方針はあくまでもNARの組織形態を射程にしたものだ。だが、地方競馬の改革はすなわち「主催者改革」である。運営共同化が成立するとすれば、ほとんどの主催者が新組織の“指導”を受け入れるだけでなく、資料にも盛り込まれた業務委託にまで踏み込んだ場合に限られる。だが、看板を掛け替えただけの新NARに、運営の根幹部分を委ねることは余りにリスキーだ。運営共同化の前に、同省は地方競馬改革の方向性として「ブロック化」を打ち出していた。これは、小さな単位での運営共同化を目指したものだが、改正競馬法で、JRAの助成つきの連携事業というエサまでつけたにもかかわらず、個別主催者間の連携は既に決まっていた南関東のネットバンク投票導入だけ。単位が大きく、ノウハウも経験もないNARが絡む運営共同化など、絵に描いたモチに終わるだろう。
〈“筆頭株主”の出方は…〉前記の通り、大井は持ち出しでNARを財政的に支えている。今回の方針でも、交付金制度の大枠が維持される以上、大井頼みの状況は変わらない。だが、もし大井が新NARへの合流を拒否したら…。方法はある。違法性阻却が問題となるなら、1号交付金部分を供託し、調教師・騎手免許や馬と馬主の登録業務を「自主的に行う」と宣言するのだ。当面、騎手は足りているし、不足した場合は他場からの移籍条件を緩和すれば良い。大井とて経営状況は芳しくなく、従来のように持ち出しで他場の開催を支えるような余裕はない。筆者が大井の運営に責任を負う立場なら、新NARからの離脱を考慮するし、加わる場合も相応の見返りを要求するだろう。新NARでの意思決定に際し、交付金に比例した議決権の配分を求めるのだ。実現すれば、いずれ各競馬場は大井の発売所と化するのだが…。この場合、他の主催者の猛反発は必至。結局、従来の事業の継承が関の山だ。実は、D-netのソフトバンクへの売却問題を巡り、NARと南関東の関係はこじれている。「主催者が望むNAR」の看板と現実の溝は、ここにも見える。
〈新NARは砂上の楼閣〉全主協文書はいささか身勝手な面もあるが、収益配分を前提としたシステムが破綻したことは確かだ。今こそ、「違法性阻却」の論理を根本的に見直し、交付金制度、ひいてはNAR廃止を真剣に論じるべきだった。日本自転車振興会の補助金不正問題を見ても、この種の補助金の存在意義には重大な疑義がある。加えて、JRAも剰余金を利用した畜産助成(4項事業)を行っており、2団体の助成事業が併存する根拠はあいまいだ。こうした根本問題を素通りした時点で、参与会議の議論の迷走は約束されていたのである。真の解決策は非常にシンプルだ。NARを廃止した上で、他場の負担にただ乗りしていた小規模主催者に、最低限のコストを払ってでも競馬を続けるかどうかの決断を迫る。各主催者に求められていることは、ブロック化や運営共同化という幻想を捨てて、単独での収支均衡に向けて、血みどろの努力をすることだ。看板を掛け替えても、新NARの財政破綻は目に見えている。砂上の楼閣に何かを期待しても、時間の浪費にしかならない。
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