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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (10/31)想定外と予定調和 三冠達成で見えたもの
 「絶対はない」と言われる競馬の世界で、勝敗の行方よりも勝ち方や着差が注目を集める事態は、関係者にとって、途方もない重圧なのだろう。21年ぶり2頭目の無敗の三冠がかかったディープインパクトの菊花賞。武豊や池江泰郎調教師、関係者がレース後に漂わせた空気は、大役を果たした安堵(あんど)感にほかならない。

 ゴール100メートル前で勝負の行方が決するシーンも、2馬身という着差も、見る側にとっては想定外だった。もっと言えば、レースの中身はスタートから最後の直線まで想定外の連続で、ゴールの場面だけが「予定調和」だったと思う。「最初の想定外はスタート」と言ったら、関係者には怒られるかも知れない。避暑先の札幌競馬場から栗東と、ゲート練習を入念に積んでいたからだ。同世代と戦う間はともかく、もっと強い古馬や外国馬との対戦を想定すれば、出遅れ癖を解消したいと考えるのは当然である。ともあれ、「デビュー以来最高」(武豊)のスタートから、先行グループにつけんばかりの勢いで走り出す。ところが、これが次の「想定外」につながる。

 最初の坂の下りから第4コーナー。他馬と接触しそうになる場面もあって、ディープインパクトは首を上げて明らかに折り合いを欠いた。もともと、ダービー当日のパドックでずっと跳びはねるような面を見せ、精神的には未完成と誰もが見ていた。スタートと並んで「しつけ」も、夏場のテーマではあった。だが、「ひとたびゲートが開けば制御しやすい馬」というのが、大方の従来の見立て。だが、初めて経験する3000メートルで、どの騎手も恐れる事態が大本命を襲ったことになる。アドマイヤフジの福永祐一はこの場面を見て「こりゃあ、飛ぶ(消える)ぞ、と思った」と冗談交じりに語った。

 今にして思えば、皐月賞以降のディープインパクトは、ペースメーカーに恵まれていた。前後半のラップは、皐月賞が59秒6―59秒6、ダービーが72秒2―71秒1。神戸新聞杯も59秒1―59秒3。極端に後半が速いラップは、新馬戦と弥生賞くらいのものだ。だが、さすがに今回は最初の1000メートルが61秒2、中盤は63秒4という例年の菊花賞ペースだった。なまじ好スタートを切り、スピードに乗ると最初の下り坂にさしかかる。「4コーナーに来て、馬がゴール間近と思った」(武豊)ことも重なり、大観衆の前で口を割ったのである。そこは名手のこと、向こう正面までに馬を落ち着かせたが、福永がもう一つ、面白いコメントを残している。「向こう正面でもう少しつついて、プレッシャーをかければ良かった」。これも冗談交じりの話だが、道中を通じて周囲に馬がいない状況が長く続いたのは少し不思議ではあった。正直、筆者はもっと後方を進む展開を想定していて、マーク戦法は使えないと思っていた。中位につけたことで、細工の余地が生じたが、それを生かす騎手はいなかった。

 向こう正面で落ち着いたとは言え、並の馬なら折り合いを欠いたロスは、勝負どころで響いてくる。かの馬も同じかどうかがポイントだったが、結果は見た通り。最後の600メートルはディープインパクトが33秒3。2番目が34秒2、アドマイヤジャパンに至っては35秒5である。厳しい形に見えたのは、アドマイヤジャパン・横山典の巧妙なペース配分が原因で、ディープインパクトは最後に瞬発力を見せて帳尻を合わせた形である。今回のペース配分で最後を3分4秒9にまとめたアドマイヤジャパンは、過去2年の勝ち馬と極めて近い内容である。6番人気の気楽な立場と器用さを生かしての積極策で、王者を慌てさせた。横山典はレース後に、「オレはうまく乗った。でも、勝てない」。生まれた年が悪かったと言うほかない。

 正直な感想を言えば、筆者はこのレースに感動を覚えはしなかった。勝って当然の力関係の相手に、過去7戦の中では1、2を争う苦しい内容で勝った。原因は、能力が減殺されるような条件のレースをあえて選んだことである。ゴールの後は、「負けなくて良かった」と心底思った。万1、この相手に「距離」や「折り合い」と言った自滅的なニュアンスで負けていたとしたら、前向きな要素は何一つ残らない。同じ「距離」で負けるなら、東京の芝1600メートル(3000メートル同様、未経験である)で、サイレントウィットネスに負けた方がまだ意味がある。「あわや自滅」の場面でロスを最低限にとどめた武豊の手腕と、最後で帳尻を合わせた馬の能力。その2つには最大限の評価を与えたいが、レースの後味はそれとは別な話である。

 11年ぶり6頭目の三冠馬が出現したわけだが、現時点での歴史的意味は、(1)サンデーサイレンス時代の締めくくり(2)さび付いた三冠路線の化粧直し――の2点であろう。フジキセキ、ジェニュイン、タヤスツヨシと言った第一世代がクラシックに姿を見せたのが1995年。その後の10年で、産駒は皐月賞6勝、ダービー5勝、菊花賞3勝をあげた(二冠はエアシャカール、ネオユニヴァース)。11世代目にして三冠馬が出たが、既に最後となる現2歳世代の種牡馬ランキングでは、アグネスタキオンがトップを走っている。巻き返しの余地はあるとは言え、この世代は5月で種付けを中止したため、産駒数が少ない。このタイミングでの三冠馬出現は何やら暗示的に思える。三冠レースで長い距離ほど勝ち星が少ないのを見てもわかる通り、サンデーサイレンスは本来、2000メートル向きの馬だ。配合の妙で多様な産駒を出したが、本質が今日の競馬の重心となる距離(=2000メートル)に極めて適合的だった。こうした馬が席巻する競馬で、3000メートル級のレースが空洞化していくのはある意味、当然である。

 「さびついた三冠」と表現したが、現在のJRAの番組編成は、「ダービーからダービーへ」を掲げ、ダービーで同世代間の競走に区切りをつける方向を推し進めている。500万条件の馬でさえ、6月3週目からは古馬と戦う。一流馬だけが10月になっても同世代と戦うのは、全くの矛盾である。この矛盾をあぶり出したのが、藤沢和雄厩舎に代表される3歳馬の天皇賞・秋挑戦であり、日本の競走馬集団の「中距離化」の流れとも相まって、ここ10年で菊花賞を一気に空洞化させて行った。今回の三冠達成は、ディープインパクトという10年(20年?)に1頭の逸材の手で、さび付いた三冠という金看板にメッキをし直した意味を持つ。だが、メッキはメッキに過ぎない。むしろ、現在の三冠にはさびて当然という面があり、もしかすると、今回が菊花賞の最後の輝きとなる可能性もある。

 今回の三冠に向けたJRAのキャンペーンは異例づくしだった。ダービー当日に続いて場内に馬像が登場したり、レーシングプログラムにポスターが挟み込まれたり…。レース後は三冠達成を祝う飛行船も飛ばされた。馬券が絡むだけに神経質に反応する向きもあったが、当事者が競馬をスポーツと捕らえていれば問題にならない話である。競技者には“空気”に逆らう権利がある。行使されなければ、あらぬ誤解や陰謀史観(?)が生じる余地が生まれる。実はJRAの責任は、業界のイメージダウンを招くようなインサイダー情報を売りにした予想業者の広告を放置していることではないか。

 本稿は天皇賞当日に書いているが、ここにはフルメンバーと言って良い18頭が集まった。ディープインパクトがこの相手を負かしたら、「国内でやるべきことは済んだ」と評価されたに違いない。三冠を選んだことで、ジャパンCか有馬記念の一方で、古馬に勝つという宿題を消化することになる。いずれにしても、競走馬のライフサイクルは短い。日本で走っている間に連勝が途絶えるならともかく、そうでない限りは毎回、「より強い相手」を求めていくことを望みたい。来年、この馬が目指すべきは海外であろう。幸い、オーナーも厩舎も海外は常連である。目標設定は難しいが、常識的には「キングジョージ」か凱旋門賞あたりか。今後の限られた現役期間の中で、目標に向けた意味のある選択がされることを望みたい。



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