(8/1)脅威か福音か ダーレー・ジャパンと日本競馬
「ヨーロッパでは独占的な地位を占めているけれど、アメリカでは苦戦しているよね。走っていないわけではないけれど、そうは甘くない。日本も同じことで、勝とうと思ったらトップクラスの馬を持ってこなくては勝てない。でも、彼らはトップクラスの馬を欧州で使いたい。2番せんじ(のような馬)で勝てるほど、日本の競馬は甘くない。南関東でもそうだし、中央競馬ならもっと強い」。
2004年度のJRA賞表彰式が行われた今年1月24日。社台ファーム社長の吉田照哉氏にインタビューをする機会があった。コメントは、ダーレー・ジャパン(以下DJ=高橋力代表)の日本競馬参入についての見解である。DJは言うまでもなく、アラブ首長国連邦・ドバイのシェイク・ムハンマド殿下の日本での代理法人であり、一昨年から南関東の船橋競馬に本格参入。今年は2期生のシーチャリオットが、羽田盃、東京ダービーという地元の二冠を制した。国内生産界は、「ドバイ」と聞いただけで縮み上がる人が多数派らしいが、そこは第一人者。殿下や傘下の法人「ゴドルフィン」の米国での苦戦を例に、土壌の違う競馬で勝ち抜く難しさを指摘した。
それだけに、以下の文書を見たときは意外な思いがした。6月23日付で出された高橋政行・JRA理事長あての日本競走馬協会(会長・河野太郎衆院議員)の要望書である。A4版4枚の文書は「高橋氏の登録申請の審査を、(中略)くれぐれも慎重にご判断いただきたい」「外国資本により支配された日本の株式会社の法人馬主登録に関しては、(中略)迂回(うかい)的手法を未然に防止するため、当該規程の改正等につきましても、早急に検討・実施されるよう強く要望する」という文言で結ばれている。補足すると、文書には事実誤認があり、JRAに馬主登録を申請したのは、高橋氏ではなくDJ傘下の「ダーレー・ジャパン・ファーム」(以下DJF)である。申請は3月。JRAの馬主登録制度は、一般法人の場合、個人からの移行のみを認めているが、軽種馬生産法人については個人登録を経由しない申請を受け入れており、DJFはこの規定を援用した。文書はJRAに、申請を認めないよう要請したものだ。
軽種馬生産法人の馬主登録の要件は、(1)資本金1000万円以上で、代表者が50%以上を出資(2)代表者の所得が2年連続で1100万円以上(3)自己所有の繁殖牝馬6頭以上(4)牧場規模15ヘクタール以上(うち50%以上は自己所有)――の4点。さらに過去2年の決算も審査対象となるが、DJFは設立から日が浅いため、設立趣意書が提出されたという。一連の資産要件は問題なく満たしていたと見られるが、要望書の存在が示す通り、この案件はJRAにとっても優れて政治的な性格を帯びている。1990年代後半から、日本競馬の国際化に絡んで焦点化した「非居住外国人馬主の登録解禁」問題と絡むためである。最終的に登録の可否を決めるのは、馬主や学識経験者で構成する審査委員会だが、委員会に提示する材料としてJRAが慎重に調査したのは、今回の登録が「身代わり」に該当するかどうかだった。
競馬施行規程は馬主登録の欠格者として、暴力団関係者、禁固以上の刑を受けた者、公営競技関係法違反で罰金刑を受けた者などと併せて、非居住外国人を挙げる一方、「名義貸し」規制によって、こうした欠格者のダミーの登録に網をかけている。欠格者と言っても、「競馬の公正を害する危険性の高い人」と「危険かどうか調べようのない人」が同列に扱われており、意地悪く言えば「エリザベス女王も国内の暴力団も横並び」である。国内の馬主や生産者は明らかに、よそ者を排除するための便法として現在のルールを位置づけている。だが、一般論で言えば、競馬主催者が必ずしも彼らと同じ立場に立つ必要はない。資金力のある馬主の参戦は、競走馬の質を高め、競馬を活性化する。加えて、日本の馬主や生産者は欧米で好きなように馬を走らせてきた。「同じことが日本ではなぜダメなのか」と問われれば、JRAも返答に窮する。一方で「内国産馬中心の競馬」を掲げる手前もあり、外資参入への姿勢を明示しないまま、「身元を調査できない」という理由にしがみついていた。
今回の問題は本来、非居住外国人問題とは一線を画して扱うべきだろう。既にDJFは北海道・日高に100ヘクタール以上の牧場を買収し、種牡馬5頭、繁殖牝馬36頭を擁している。背景がどうあれ、今後つくられる馬は日本産馬で、日本の競馬を主舞台として走るのは間違いない。縮小の一途をたどる日本の競馬産業に、潤沢な資金を投入しようという奇特な人を、生産界や馬主は排除しようとしている。吉田照哉氏は日本競走馬協会の会長代行でもあり、今回の要望書についても、セレクトセールの際に真意を尋ねたが、「慎重にやれと言うこと。ダーレーを特定してうんぬんということではない。海外勢は有利な税制の下でやっている。これでフェアな競争と言えるか…。微妙な話だ」と答えた。冒頭の発言と突き合わせても、排除に躍起には見えない。最も敏感に反応したのは「マイネル・コスモ」一門の岡田繁幸氏。クラブ法人「ラフィアン」の会報で、「圧倒的な資金力を誇るマクトゥームファミリーに対抗できる力など、今の生産界にはない」「外国人馬主が認められれば(中略)、海外のトップホースが押し寄せるはず。(中略)国内の生産者や馬主は簡単に淘汰されてしまいます」(2005年6月号)と危機感を示した。
同協会はもともと、アラブ主体の中小生産者の団体として出発。後に休眠状態となっていたのだが、社台グループ創始者の吉田善哉氏などが、オーナーブリーダーを糾合する組織とするために、集団加盟した経緯がある。当時、善哉氏は競馬場の席の配分などを巡って既存の馬主団体とは犬猿の仲で、同協会は対抗の拠点となっていた。だが、近年は社台グループと馬主団体の雪解けも進み、個人馬主に忌み嫌われた系列クラブ法人も、東京、中山の馬主協会に加盟した。また、生産界内部の力学を見ても、対抗関係のはずの社台グループと日高の間には、なれ合いのような雰囲気が漂う。競走馬協会最大のイベントのセレクトセールは、日高勢が参加しないとプライベートなセリと位置づけられ、JRAも市場取引特典などを付与しにくくなる。最大勢力とは言え、社台グループもある程度は日高への配慮が求められ、結果的によそ者を排除する動きにおつきあいしたのが真相だろう。昨年の国際競走大幅増加問題では、反対の急先鋒(せんぽう)は日高の上位クラスで、胆振や北海道外とは明確な温度差があった。基本的な図式は同じだが、今回は外資排除派の臆面もない主張が、半ば業界のコンセンサスとなってしまった。
結論から言えば、登録申請は審査委員会に付されることなく、DJ側の判断で自主的に取り下げられた。日本の競馬サークルとの無用な摩擦を避けた形だが、本音はどうだったか。「殿下はこの件をどう考えているでしょう」と筆者が水を向けると、高橋氏は「天下のシェイクがコメントするような問題でしょうか?」と答えた。ここまで言われて恥ずかしいと思う感覚を、競馬サークルの何人が持ち合わせているか…。セレクトセールでDJは昨年まで、外観の最も良い馬を表彰する「ベストターンドアウトホース賞」を出していたが、今回の問題のあおりで表彰は中止された。だが、今回のDJの上場馬はすべて売却された。馬主になれなくても、生産馬が活躍する余地は残っている。仮に馬主になれないまま、生産者ランクの上位を占めるようになったら、国内生産界は恥の上塗りである。
今回の問題は、日本の競馬サークルがいかに競馬の本質から離れた思考方法をしているかを露呈した。優れたサラブレッドをつくる原動力は、潤沢な資金である。カネのない人は、草の根を分けてでも出してくれる人を探すべきなのだ。全てを自前でやろうとして、負債でがんじがらめになったことが、多くの生産者の敗因である。有力な馬主、生産者でさえも、カネのあるよそ者を排除しながら、自力で業界の縮小傾向に歯止めをかけることは出来ず、口を開けばJRAに救いを求めるありさまである。DJは現在、本来は主催者の領分である船橋の活性化にも、積極的に関与する姿勢を見せている。そこで提案したいのは、船橋以外でも、将来性のある再建計画を示した地方主催者に、物心両面の協力をすることである。岐阜・笠松が現在、日高の一部生産者の支援で再生を目指しているが、同じことをする。実現すれば、DJ排除に動いた人々は、「馬産地のために地方競馬再生を」などとは、口が裂けても言えなくなる。
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