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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (7/4)ネットバンキングと電話投票新時代
農水省は2001年8月から、生産局長の私的懇談会「地方競馬のあり方に係る研究会」を設置し、4カ月間に6度の会合を開いた。研究会でひとしきり議論となったのが、JRAの電話投票の地方競馬への“開放”だった。複数の委員が、「地方側の各競馬場で行われるダートグレード競走を、JRAの電話投票でも発売するべき」と発言。これを受けた10月13日の第3回会合では、JRAの代表者が特別に出席。電話投票システムの概要を説明したうえで、「開放は困難」との立場を示した。JRAは「計算機や通信機器、データ転送に120億円、関連ソフト開発に40億円の計160億円が必要」と説明。この後、以下のような極めて珍妙なやり取りが展開された。

 (委員)地方へのカンフル剤として中央の援助は非常に有効。

 (JRA)地方のためにJRAの電話投票システムをどうするかは別個の問題。中央には中央のファンがおり、優先順位がある。

 (委員)(160億円というが)全国的なPRを展開すれば、ダートグレードでもこの位の売り上げは伸ばすことができる。

 (JRA)誤解を招いているので説明します。(160億円は)地方側が投資するので、JRAが負担するとは申しておりません。

 実は筆者もこの研究会の末席を汚していて、議論を現場で聞いていた。上の発言をした委員(2人)は、いずれも地方競馬全国協会(NAR)の評議員だった。地方側が施行するダートグレード競走の売り上げ向上のため、JRAがわざわざ自前の電話投票システムの変更を自腹でしてくれると考えていたわけで、今にして思えば、何とも能天気な議論をしていたものだ。だが、約3年8カ月を経過した今、「電話投票の開放」は違った形で実現されつつある。南関東地方競馬、JRA、そして今秋にはD-net(日本レーシングサービス)が相次いで、ネットバンキングを利用した電話投票システムを導入。利用者は1つの口座で、全部に加入できるようになる。

 ネットバンキングと公営競技を結びつけたのは、ジャパンネット銀行(JNB)である。既に競艇や競輪は、JNBと提携した新たな電話投票を導入済みだったが、競馬界でも今年5月、南関東が最初に導入。JRAも6月2週の夏季競馬スタートと同時に、「即PAT」の運用を開始した。この方式の利点は以下の3つであろう。(1)JNB口座を開設すれば、すぐに会員登録を行える(2)口座の入出金を行える時間帯が大きく広がる(3)1口座で複数のシステムに加入できる――。JRAの電話投票は近年、募集枠を大幅に拡大し、6月第2週の時点で会員数は約235万人を数えるが、それでも会員登録の申請から運用開始までは2―3カ月を要していた。それ以上に大きいのは、口座の入出金時間の自由度の高さである。JRAの従来のシステムは、競馬開催が銀行休業日であることから、金曜の時点で口座を凍結(ロック)している。レースが始まり、利用者が残高を減らしていく(そういう人が多数派だろう)と、補てんできないために購入額を絞らざるを得ない。だが、新システム加入者は、主要なコンビニエンスストア(CVS)や郵便局のATMを使用して、土日でも口座の入出金が可能となった。この心理的効果がいかに大きいかは、即PATの当初2週の売り上げ額が示している。

 即PATの会員数は宝塚記念当日の6月26日の時点で47963人。うち、実際に利用したのは25768人で、1人当たりの平均購買額は約25000円だった。18日からの4開催日通算でも、1人当たり購買額は約24000円。従来型の電話投票の平均購買額(約16000円)と比べて、ざっと5割増である。実際に土日の間に資金補てんをした人がどの程度いたかは不明だが、心理的な効果の大きさは読み取れる数字だろう。入出金には手数料が伴うが、これについては電話投票の運営者ごとに対応に違いがある。JRAの場合、同日に2度の入金までは無料で、3度目からは15円。南関東と競艇は、将来の有料化に含みを残しつつ「当面は無料」。競輪は当初から75円だ。

 「1口座で複数のシステムに可能」という利点も、既に現われている。JRAに先行した南関東は6月末の時点で会員数12838人。従来型システム「SPAT4」の会員数(109671人)の1割を超える。6月中旬の時点で新規会員が約8000人。運営する関東地方競馬協議会では「JRAの6月導入を見込んで口座を開設し、双方に加入した人も相当数いたようだ」と話している。南関東、JRAともに登録は開催日限定だったが、JRAと大井がそろって開催していた6月5日は、南関東側の登録者数も通常より多かったという。

 冒頭に触れたダートグレード競走だが、現在の南関東では他地区のレースも完全発売している。以前は1日2競走(南部杯と白山大賞典=10月10日)施行のケースがあり、本場も含めて一方しか発売しなかった。だが、一部主催者の事業撤退に伴うレース数自体の減少などもあって、JBC当日以外は重複開催がなくなった。また、ここ数年は南関東の非開催日に行われるレース(ダービーGP=盛岡)も発売しているため、電話投票でも購入できる。従って、「JRA+ダートグレードで十分」という利用者は、1つの口座を開設した上で、中央と南関東の双方の電話投票に加入すれば足りる。こうなると、位置付けが怪しくなるのがD-netである。こちらはダートグレード全競走とばんえい、南関東と兵庫以外の平地地方競馬をカバーしているが、4月末現在の会員数は39349人。昨年度の売り上げは51億4105万3500円で地方競馬全体の1.3%。ちなみに、SPAT4は244億3419万1600円で南関東全体の11.7%、地方競馬全体の6.2%。NAR主導で運営されているD-netが、南関東単独のシステムに遠く及ばない辺りに、地方の複雑な状況が現れている。もともとD-netはダートグレードの完全カバーが売りだったが、既に特性が消えた上、JNB対応のシステム導入も遅れた。南関東以外の個別場の集客力を考えると、ますます埋没しかねない状況だ。

 冒頭で紹介した一部委員の意見は、「JRAが地方競馬に顧客リストを丸投げしてくれる」という、およそ現実離れした想定に立っていた。万一、リストを丸投げしたところで、地方競馬がどれほどのファンを吸引できたか? 一昨年11月3日のJBCデー(大井)では、JRAが福島の開催日を重ねて全国12カ所の事業所で福島とJBC2競走を併売した。だが、福島の当日売り上げが96億円を超えたのに対し、併売12施設でのJBC2競走は5億6000万円程度。G1と銘打ち、JRAから有力馬や有力騎手が参戦しても、JRAの条件クラスに勝てないという現実が浮き彫りになった。その意味で、JNB対応の電話投票導入は、「買いたい人だけが重複加入できる」という点で、開放問題に合理的な解決策を示したと言える。中央、地方の競馬だけでなく、競輪や競艇のファンもいるだろう。中には“ギャンブル総合口座”にする人も現れるに違いない。

 JRAの電話投票会員数全体の中では、新方式の利用者はまだ2%に過ぎない。普及は日本社会に今後、ネットバンキングがどの程度の広がりを持つかに左右されるだろう。同種の事業参入でメガバンクの足並みがそろって来ると、事態が大きく動く可能性もある。各主催者、運営者の立場に立てば、同じファンの懐をボーダーレスで奪い合う時代の幕が開いたということである。ダートグレードを例に取れば、JBCが新設された2001年以降、1レース平均売り上げは年々、落ち続けている。競走体系、出走馬の選定方法、広報・宣伝など問題は山積している。地方競馬というソフトの吸引力が今のままでは、新たな競争の時代に、存在感は薄れる一方である。



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