(6/13)アジア競馬と日本
サッカーに例えるなら、ホームで「日本2―1香港」の辛勝と言うべきか。香港の有力3頭が参戦して行われた安田記念(5日東京・G1)。長い直線で粘り腰を見せる香港の英雄・サイレントウィットネスを、アサクサデンエン、スイープトウショウが小差で抑えた。4着にも香港のブリッシュラック。5月14日に香港・シャティンで行われたチャンピオンズマイルで1、2着を占めた両馬が、東京でも掲示板を確保したのである。チャンピオンズマイルは日本にとってのアウェイ戦だったが、ただ1頭参戦したコスモバルクは、全くレースにならず10着。専門外のコスモバルクの敗戦だけで判断するのはフェアでないとして、昨年暮れの香港マイルでは、エース格のデュランダルを送っても通じなかった(5着)。香港でのここ1、2年の日本馬の成績を考えると、アウェイでは「香港3―0日本」。2戦合計では「日本2―4香港」と見るのが妥当だろう。
香港から2頭を送り出したアンソニー・クルーズ調教師は「サイレントウィットネスは、恥ずかしいレースはしないと思うが、距離が心配。東京の1600メートルは実質1800メートル」と話していた。フタを開ければコメント通りの結果と言えるが、シーズン末期の疲労と初の長距離輸送で、体重はチャンピオンズマイルより20キロ近く減っていた。万全とは言えない体調でこの健闘。「香港の英雄」の称号はダテではなかった。同馬に限らず、短距離・マイル路線での香港勢の充実ぶりは目立つ。今年から創設された「グローバル・スプリントチャレンジ」は、JRAと英国アスコット競馬場、豪州の「レーシングヴィクトリア」の三者が指定した短距離戦2戦ずつ(計6戦)の合計ポイントを競うシリーズだが、トップを走るのは香港のケープオブグッドホープ。昨年のスプリンターズS3着馬である。今年は2月に豪州に遠征し、ライトニングS3着の後、オーストラリアSを優勝。地元ではサイレントウィットネスに歯が立たないが、ポイント争いで独走している。香港ジョッキークラブ(HKJC)はシリーズ不参加だが、現時点で初代王者の最短距離に位置している。
戦績はともかく、対外的な展開という点では近年、アジア競馬界の中で日本が存在感を増している。ここで日本という場合、JRAとほぼイコールであり、JRAは上記の2つのシリーズ創設にも積極的に関与している。国境をまたいだシリーズで年間チャンピオンを決める枠組みといえば、ジャパンCも含まれる「ワールドシリーズ・レーシングチャンピオンシップ」があるが、こちらはスポンサー集めで苦戦している。アジアでは短距離・マイル路線のシリーズ化が以前から叫ばれていたが、昨年以来、急速に進展した。特に、アジアンマイルチャレンジは5月と6月のレースの組み合わせでありながら、創設が発表されたのが3月19日。しかも、チャンピオンズマイルは国際G2の京王杯SCの1日前で、完全にバッティングした。日本側が「勝ち馬に安田記念の出走資格を与える」といった番組修正をする時間もなかった。来年に関しては、チャンピオンズマイルの日程を1週繰り上げる一方、豪州のコーフィールドSやドバイデューティフリーも新たに参加し、4カ月で4戦のシリーズとする方向が、関係国から示されているが、悪く言えば“生煮え”の案件にJRAが乗ったことは、変化の現れとも取れなくもない。ともあれ、安田記念の映像は日本のほか、香港、米国、英国(時差中継)に流れ、馬券も発売された。香港の売り上げは約2億円だった(観戦ツアーで日本に渡航した人に、携帯電話で馬券を頼んだ人が多く、伸び悩んだという)。映像使用料は馬券の売り上げに応じ、定率のコミッションの形でJRAに支払われる。こうした発売協力の進展は大きな成果であり、今後さらに広がることが望まれる。
JRAの対外的な積極姿勢は、競走面にとどまらない。今世紀に入ってからは、国境を越えた賭事産業の展開に関する秩序形成を、主導する動きも見せている。2002年暮れの香港国際競走を前に、JRAとHKJCは「善隣政策」に調印した。互いの領域での賭事産業への管轄圏を尊重する趣旨の「紳士協定」だが、それにとどまらず、民間の業者の動きに対する規制を自国の政府に働きかけるという「カルテル」の性格も帯びている。善隣政策はアジア各地の統括団体だけでなく、昨年10月のパリ会議(国際競馬統括機関連盟=IFHA)で、加盟する全64の国と地域が批准するに至っている。
JRAの動きが受け入れられた背景には、個人間の賭け(ベットエクスチェンジ)に対する各国の危機感がある。折しも、5月21日から26日まで、韓国・ソウルでアジア競馬連盟(ARF)の第30回総会が開かれた。ARFの前身はARC(アジア競馬会議)で、2年に1度の総会は何かを決定する場ではなく、学会のような趣があるが、今回は最も大きな枠の会合のテーマに「賭事と競馬の将来」「21世紀の競馬振興策」が取り上げられ、前者では個人間の賭けを巡る問題が議論された。ネット上で個人間の賭けを低額の手数料で仲介するビジネスモデルは、英国で急成長を遂げたが、馬券マネーの競馬産業への還流を妨げるものとして、各国で危機感が強まっている。今回のARFでは、英国の参加者は専門紙「レーシングポスト」の記者など少数だったが、半ば欠席裁判のような批判の大合唱だったという。特に、同じ英語圏の豪州には、有力業者「ベットフェア」が参入の動きを見せているため、対応は極めて神経質だ。
善隣政策は、競馬統括機関同士の関係調整に主眼があり、ベットフェアのような秩序をかく乱する存在を力ずくで抑える性格ではない。日本の公認賭博は公営競技のみ(パチンコという“鬼っ子”が肥大化しているが)。言葉の壁もあり、しかも3連単のような難解極まりない馬券のシェアが35%前後という事情もある。高額配当が頻発する3連単のような馬券は、売り上げの少ないノミ屋には非常に扱いにくい。日本は個人間の賭けどころか、馬券発売という業態での競争が全くない温室である。逆に英国では、「王からの営業免許」という特権を背負ったブックメーカー(賭け屋)への反発や、単勝が馬券の王座を占めることも、個人間の賭けの成長を後押しした。統合が進む欧州では、英国で進む事態を対岸の火事と片付けられない。日本の動きが支持された背景にはそんな事情があった。
JRAにすれば、「世界最大の売り上げを誇り、世界に通用する競走馬も徐々に出始めた日本が、世界の競馬界で応分の地位を占めるのは当然」という意識がある。意識が行動に現れるようになった結果が、現在の流れと言える。国際的な席で「サイレントデレゲート」(沈黙の代表団)と言われた従来のJRAを思えば様変わりだが、「ちょっと待て」と思う部分もある。従来、日本が国際的な席で抑制的な姿勢だったのは、「賭け事がご法度(のはず)の国の公営賭博」という、日本競馬のねじれた立場ゆえだった。JRAも地方競馬も、世間的には日陰の身で、国や自治体にひたすら収益を運び続けてきた。だが、海外競馬は基本的に「やりたい人がやる」ものだ。財政に従属する立場に過ぎない日本の競馬が、世界に通用する理念や哲学を語れるはずがない――。かつてのJRAも、そういう立場をわきまえればこそ、海外では沈黙していたのではないか。前出のレーシングポストの記者は、JRAの対外開放に言及した記事を書いているが、そこではフランスギャロ会長でパリ会議の大立者、ルイ・ロマネ氏の日本のパート1入りについての見方も紹介されている。ロマネ氏は「(非居住)外国人馬主解禁問題もある」と述べ、「レースの開放だけでは不十分」とクギを刺した格好だ。
今後の日本の国際的な地位はどうなるか? 将来、さらに存在感を増す可能性は確かに大きい。だが、注目されることは、特殊性をあぶり出され、問題視されるリスクと背中合わせである。検疫制度も含めた対外開放度、使い勝手の悪い厩舎制度、業界関係者への利権配分が過剰に重視される体質……。どれをとっても簡単に解決できる代物ではない。「香港馬と戦っても分が悪いのに…」などと言うつもりはないが、こうした問題を本気で解決する覚悟なしに、国際的な地位向上を目指すことに対しては、一抹の不安を感じる。
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