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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (5/9)基盤を失った長距離G1
 北海道の生産界を中心に読まれている「馬事通信」は昨秋から、JRA番組企画部の板東和弘次長執筆の「世界の競馬事情 最新報告書」という連載記事を掲載している。5月1日号の記事で板東氏は、長年、競走番組編成に携わってきた経験を生かし、各国の番組編成方法について紹介している。少々わかりにくいのが難点だが、簡単にエッセンスを示すとこういうことだ。「世界の競馬国の多くは、せいぜい1―4カ所の競馬場で構成する狭い圏域で競馬を施行している。この程度の規模では競走馬の数が足りず、一般競走でも距離体系を整え、レースを使う側(馬主、調教師)に選択権を与えるのは難しい。従って、一流馬以外はレースを選ぶ余地がないどころか、逆に主催者側が各馬の走るレースを指定している」――。

 こうした割り当て方式は、日本の地方競馬でも行われており、地方のやり方が世界標準(?)に近いことになる。中央では、ひとたび競走馬登録をしたら、出走資格を満たす限り、馬主・調教師はどのレースを選んでもよい。特別や重賞は事前登録が必要だが、登録料も賞金水準に比べて著しく低い。世界では少数派と言える手法を採っているのは、登録レベルで常時約7500頭という巨大な競走馬集団を抱えているからである。それでも、関係者の裁量に任せていると、どこかで少頭数レースが組まれてしまう。少頭数は馬券の売り上げにも響くため、近年の売り上げ低下局面では、JRAも頭数に対して非常に神経質になっている。特に、重賞や特別の頭数が少ないと、部内の会議などで番組担当者は針のムシロに座らされる。

 関係者に広い裁量の余地を与えた場合、最も難しくなるのが長距離戦である。3000メートル級どころか、下級条件では2000メートルの声を聞くだけで頭数が少なくなる。だが、日本の根幹レースの大半は、2000―2400メートルに設定されており、下級条件の中長距離戦は根幹レースの準備段階という位置付けになる。馬が集まらないからと言って、組まないわけには行かない。ところが、近年の日本に入ってくる種牡馬も繁殖牝馬も、主に米国のスプリンター、マイラーであり、生産の軸足もここにある。馬主や調教師の意向に合わせていれば、芝、ダートを問わず、9割方の競走は1600メートル以内になるだろう。楽に頭数を集められる代わりに、競走体系自体の見直しが必要になる。

 5月1日の第131回天皇賞・春(G1・芝3200メートル)を、読者各位はどう見ただろうか? 3年連続のフルゲート18頭立て。馬券的にも3年連続の波乱となった。同じ頭数が走っていても、レースは年々、お寒い内容になっていると思えてならない。当コラムでは折に触れて、日本で3000メートル級のG1を組むことに無理があると主張してきたが、今回のレースを何の抵抗感もなく「G1」と認められる人が、何%いるだろう。勝ったスズカマンボ、2着ビッグゴールドはそれぞれG3を1勝しただけ。3着アイポッパー、4着トウショウナイトは重賞未勝利馬である。過去2年は波乱と言っても、勝ち馬が最悪、G2までは勝っていた。レース名を見せずに4着馬までを並べたら、ダイヤモンドSや万葉Sと勘違いする人も出そうだ。

 JRAのハンディキャッパーが、どんなレーティングを与えるかに、筆者は注目していた。予想ではスズカマンボは「113が限界だが、色をつけて114か」と思った。出た数字は113。「妥当な数字と思いますが、色をつけなかったのは何故」と、担当したハンディキャッパーに尋ねた。答えは「昨年のイングランディーレも当初は116だったが、国際会議で115に値切られました」。後々、値切られるような数字は出したくない思いで、最初から抑え目にしたという。JRAがレース前に公表しているプレレートによれば、スズカマンボは109(昨年のダービー4着時)、ビッグゴールドは100。3、4着馬は前回のG22着で106となっていた。今回は2―4着が111で並び、上位4頭の平均(レースレート)が111.5。「年末の段階で、この4頭の年間最高数値を平均して115以上」が、国際G1の目安である。昨年はイングランディーレが後続を離し、2着以下の数値が低くなったため、レース後は109.25だったが、後のゼンノロブロイの活躍で、年末には115.25。辛くも面目を保った。

 だが、今年の上位馬にゼンノロブロイのような変身は望み薄だ。真の根幹距離の2000メートルでは、スズカマンボは5キロ重いヴィータローザと接戦したり(朝日CC)、2キロ軽いサクラセンチュリーに敗れる(鳴尾記念)など、G3クラス。ビッグゴールドは今春のオープン特別2連勝まで、2年4カ月も勝てなかった。連勝は人気薄を利しての先行策が当たったもので、他馬の鞍上が思い切りかわいがってくれた。800メートルごとのラップは50.3―49.7―49.5―47.0。残り800メートルまでは過去2年に近いが、今回は高速馬場の影響で最後が1秒以上速かった。おかげでビッグゴールドが粘り込んだのだが、経験豊富な高齢馬が、軒並み折り合いを欠いたのは見苦しかった。

 シルクフェイマスはスタンド前で先頭に立ち、出遅れたヒシミラクルも抑えきれずに前へ。中団ではアドマイヤグルーヴも首を上げていた。距離適性がないと思われるアドマイヤグルーヴは仕方ないとして、3000メートル級で結果を出している6歳馬2頭はいただけない。シルクフェイマスの四位騎手は雨を敗因に挙げたが、むしろ距離だったと思える。ヒシミラクルはレース後に古傷の右前けいじん帯炎が再発。潜在的に抱えていたあん上の手腕の問題も表面化した。長期休養後に先行するパターンが目立ったのも、今回の失速の予兆だったのかも知れない。一予想者としては恥ずかしい限りである。

 ともあれ、天皇賞・春は3年連続のフルゲート。だが、馬券の売り上げは前年比6.4%減。ディープインパクトに人気が集中した皐月賞が、前年をやや上回ったのと対照的だった。これは昨秋以来、3連単のシェアが上がっている(4月17日時点で35%)ことと関連している。この顔ぶれでは、3連単など当たる気がしなかった人が多数派だろう。今回の3連単のシェアは29.1%。G2、G3までなら売り上げを押し上げる多頭数の混戦が、逆に売り上げの足を引っ張ったという仮説が成り立つ。大体、今回の多頭数は、各馬の関係者がG1という敷居の高さを全く感じていなかった証明である。クラシックのフルゲートとは異質な現象で、喜ぶべき話ではない。

 連対馬の血統を見ると、優勝馬が父サンデーサイレンス、母の父キングマンボ。2着は父ブライアンズタイム、母の父ミスタープロスペクター。スズカマンボは母系のリボーが持久力を補強しているとは言え、国内の二大種牡馬にミスタープロスペクター自身と、その直子の配合。4着トウショウナイトはティンバーカントリー産駒で、ミスタープロスペクターの存在感がこうも高かった天皇賞・春は記憶にない。だが、仮に米国の競走体系の中で、芝16ハロンの重要レースを組んだとしても、幅を利かせるのはミスタープロスペクターやストームキャット、ボールドルーラー系だろう。日本ではサンデーやブライアンズタイムだが、彼らとてステイヤーではない。過去10年の天皇賞・春の勝ち馬は、辛うじて3200メートルという意味を感じさせたが、それもかなり希薄になったのが今年の印象である。

 今回、出走できなかったコスモバルクは、5月14日のチャンピオンマイル(香港・シャティン、芝1600メートル)に急きょ、参戦する。無敗の17連勝中の地元の英雄・サイレントウィットネスや、昨年の英愛1000ギニー馬アトラクションが相手である。3200メートルよりは1600メートルの方が多少ともマシとは言え、最も適性がありそうな2000メートルのクイーンエリザベス2世Sをスルーして、この相手と当たるのは相当に厳しい。使う側の問題もあるが、菊花賞や天皇賞・春への色気が、馬をスポイルした一例と思える。ロスのない安藤勝己のレース運びを見ると、やはり勝負を決めるのは騎手だが、今のJRAで、このレベルの騎手が18人集まることはない。馬の側から見ても、騎手の腕の差で3200メートルを克服した事実は、さほどの付加価値だろうか?

 ジャパンC創設前は、一流の古馬がいや応なく参戦していた。これも一種の割り当て制だったが、そんな時代はとうの昔に終わっている。毎年の繰り返しになるが、実体の裏付けを失った「伝統」よりも、今日の国内の競走馬の現実の方を直視する時ではないか。



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