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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (5/1)生産地も形無しの盛況・JRAブリーズアップセール
 中山競馬場の南門といえば、大屋根が特徴的な場所である。門に向かって右手を走る一般道路は、競馬開催の有無に関係なく交通量が多い。開催のない月曜の午後、その大屋根の下で行われた競走馬のセリは、何とも不思議な光景だった。500席置かれたイスはほぼ満席。にわか造りのステージに登場した馬が次々に競り上がる。4月25日に行われた「JRAブリーズアップセール」。かつて「抽選馬」と呼ばれたJRA育成馬を売りさばく初の試みは、予想を超える大盛況となり、図らずも既存のセリ市場の弱点を露呈させた。

 JRAは、専門職員の馬を扱う技術の向上や研究を目的に、市場で購買した1歳馬を調教し、2歳段階で馬主に配布する事業を続けてきた。「技術向上と研究」と書いたが、これは建前論に過ぎるかも知れない。当初は安い馬の提供を通じて新規馬主を開拓する狙いがあり、後になると集客力の乏しい市場を下支えする生産対策の色合いが濃くなってきた。1歳馬を買い、調教を施して競走馬に仕上げるという作業は元来、競馬主催者の領分ではない。米国なら"ピンフッカー"と呼ばれる人々が、営利を目的に行っている。1993年までの韓国馬事会(KRA)のように、馬主制度自体がない競馬ならともかく、そうでなければ民間に任せておけば良い話である。

 JRAの事業は営利目的どころか、逆ザヤさえ生じていた。市場で買った馬に育成・調教という付加価値を乗せていながら、馬主への配布価格は非常に低かった。ところが、97年をピークに馬券の売上が下降局面に入り、JRAが業務全般の経費構造見直しを迫られると、育成事業にも転機が訪れた。JRAが2000年11月に公表した「中央競馬の目指すべき方向と改善への取り組み」は、「今後、制度のあり方について検討を進めていく」と明記している。一方、総務省も2000年4月から2002年1月にかけて行ったJRAへの行政評価・監視報告書で、「競走馬資源の確保という当初の意義は乏しくなっている」と指摘。農水省に対し、「費用縮減を測る観点から、規模の縮小を含めた見直しを行うよう」指導することを求めた。

 総務省の報告書には2000年度の抽選馬事業の損益が添付されている。それによれば全体の収支は12億円の赤字。1頭当たりの費用が804万円、業務管理費907万円に対して、売却代は660万円で、1頭当たりの赤字が1091万円。2000年といえば、深刻な売り上げ低下で、JRAの剰余金(企業の純利益に相当)が約306億円に急減した年。経費圧縮は至上命題であり、JRAと総務省の「あうんの呼吸」も感じられた。安くで抽選馬を手にしたい馬主。生産界。当のJRAの育成部門。業務見直しの潜在的抵抗勢力は、JRAの内外にいた。摩擦を回避する上で、総務省の動きは渡りに船だった。

 とは言え、生産対策の意味があるとされる1歳馬購入を、急激に減らすことは難しい。妥協の産物として、106頭前後だった購入頭数を徐々に削減、2004年には80頭まで絞った。もう一つの経費圧縮策が、セリ方式による売却の導入だった。従来の抽選馬、育成馬の配布方法は、94年までは2段階の完全な抽選。95年以降は「ドラフト制」で行われた。94年までの2段階抽選は、まず配布希望者を抽選で配布頭数と同数まで絞り、その上で「誰にどの馬が当たるか」を抽選で決めていた。95年以降は、希望者の中から事前にクジで指名順位を決め、調教供覧を行った後に順位の高い人から希望する馬を選択する方法だった。JRAが1500万円を超えるような高馬を買っていたこともあり、98年から2001年まで、2段階の価格で売却されていたが、2002年以降は再び、一律価格での配布に戻された。

 こうした経緯を経て、セリ方式導入に至ったのだが、参加できる人はJRAの登録馬主に限定されており、正確には「セリ市場」ではない。当日は80頭中、仕上がりの遅れた11頭を除く69頭が上場。具体的には「調教供覧→個体展示→オークション」という手順で行われた。調教は中山のダートコースを単走。騎乗者は塚田祥雄、佐藤聖也、大野拓弥という3人の新人騎手と、競馬学校騎手課程在校生9人、JRA職員。ブリーズアップセールは欧州で広く行われていて、強く追って速いタイムを出す米国の調教セールとは異なるスタイル。今回は、ダートの向こう正面から発進して、最後の400メートルを200メートル13秒前後のスピードで走らせることが目安とされた。

 調教は上場馬を牡、牝ごとにグループ分けし、1グループで8―11頭が登場。筆者は調教から見ていたが、当初は目安に近い調教タイムで走る馬が多かった。ところが、牝馬のグループに移ると、牡馬より仕上がりが早いためか、最後の200メートルを12秒以内でカバーする馬が目立ち始めた。第6グループの「サンルージュの03」(父フォーティナイナー)は、11秒6―11秒2という最速タイムを記録。全体的にも、最後の200メートルが12秒以内だった馬は、牡が39頭中8頭だったのに対し、牝は30頭中10頭。400メートルで25秒を切った馬も牡6頭に対し牝12頭。この結果に、購買者はストレートに反応した。

 セリ開始当初は売却と主取りが半々のペース。「フローレンスユメコの03」(父ダンスインザダーク、1歳時1630万円)が2600万円で売却されたが、全体に静かなスタートだった。だが、牝馬が登場すると雰囲気は一変。軒並み、1歳時価格を大幅に上回る水準で競り合いとなり、最初のグループの全15頭が売却。4頭は1000万円の大台を突破し、「マルケイパンドラの03」(父スキャン、1歳時350万円)が、約3.2倍の1130万円に競り上がった。盛り上がりは牡馬のセリにも波及し、1000万円を超える馬が続出。ハイライトは先に触れたサンルージュの03で、1歳時810万円の馬が一気に競り上がり、約3.6倍の2900万円で「ダイワ」の大城敬三氏が落札した。結局、売却は69頭中60頭で、売却率87%。牝馬30頭中、売れなかったのは1頭で、売却総額は6億3592万円(平均約1060万円)。上場された69頭の1歳時価格4億3740万円を約2億円も上回った。

 昨年の育成馬は1頭692万円で76頭が配布されたが、購入された90頭の合計価格は5億2760万円で、売却代金の方が168万円少なかった。残る14頭はその後に調教セールなどで売却されたが、馬代金をやっと回収した程度である。今年の場合、上場されなかった11頭を含めた80頭の1歳時価格が4億9310万円だから、現時点でも1億4282万円のプラス。欠場・主取りの計20頭はこの後、千葉・船橋や北海道・浦河で5月に行われる調教セールに上場される予定だ。

 ここまで盛り上がり、かつ牝馬が売れたセリは前代未聞だ。参加した馬主は152人だったが、日本競走馬協会の「セレクトセール」に近い雰囲気。成功の要因は、既存のセリの問題点の裏返し。すなわち「信頼感」の問題だ。市場取引馬への優遇措置の故に、既存の市場では「買い手の決まった馬が上場されている」という疑念が絶えない。だが、今回の場合、上場馬は優遇措置を受けられることが決定済み。主催者のJRAは無色透明で、生産者への義理もなく、「変なことはされまい」という安心感がある。希望者には脚部のレントゲンや、ノドの疾患の様子を撮影したVTRも開示された。

 今回の好結果を見て、「民業圧迫だ」と不満を感じる業界関係者もいるかも知れないが、それはお門違いである。日本の生産界に、民業圧迫論を口にする資格のある人はほとんどいない。育成ひとつをとっても、BTC(軽種馬育成調教センター)、コース整備への助成金等々、すべてはJRAの生産界に対する施しである。今回の上場馬のうち46頭はBTCで調教された。JRAにすれば、BTC建設の巨額投資をほんの少し回収したというところではないか。他方では、「これでまたJRAに馬を買ってもらえる」と胸をなで下ろす向きもあるかも知れない。だが、種牡馬に始まり、施設整備、馬の購入と、業界はどこまでJRAに依存したら気が済むのか? いつまでも自立できないようでは、業界の存在意義が問われる。

 今回のセリで馬主が感じた"満腹感"の反動が、5月の調教セールに現れる可能性もある。2001年の20億円台から、昨年は9億7790万円と、市場規模は細っている。JRAセールの好況の反動が本当に現れるようであれば、総務省も罪なことをしたことになる。



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