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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (1/11)“競馬存続”のダシにされる馬たち
 一年の暦で、他愛のないウソが許される日は4月1日。だが、昨年末で81年の歴史に幕を閉じたはずの群馬・高崎競馬周辺で、この年末年始にかけて、奇妙な「構想」が持ち上がった。高崎所属馬が調教されていた境町トレーニングセンターで、「新高崎競馬」を開催しようと言うのだ。年明けから施行された改正競馬法で、公益法人が競馬の本体業務について、委託を受けることが可能になったことを受けて、新たに主催団体を立ち上げるとしている。境町トレセンのある旧境町(佐波郡)は、年明けに赤堀町、東村とともに伊勢崎市と合併した。競馬を開催する場合、まず境町トレセンを農水大臣が競馬場として指定することが前提。「競馬場所在市町村」となれば、伊勢崎市は総務大臣に競馬開催を申請することができる。

 こう書くと簡単そうだが、実現の見通しは皆無に等しい。とにかく、境町は交通の便が悪すぎる。場外発売所もあるのだが、高崎と宇都宮を細々と売るだけ。一時行っていた南関東の発売も「経費倒れ」との理由で中止された。廃止された高崎は、新幹線が停車する交通の要衝から徒歩圏内にあった。立地条件に恵まれた競馬場で、2004年度末には65億円に上ると見られる累積赤字を出したのだ。競馬場の指定に当たって、農水大臣は群馬県や伊勢崎市の意見を聞く必要がある。競馬で大やけどを負った同県は無論、農水省も、赤字確実な競馬の「続行」を簡単に認めるはずがない。しかも、伊勢崎市は既にオートレースという「お荷物」を抱えている。伊勢崎オートは2000年度に赤字転落し、昨年3月末時点での累積赤字が約16億円。新潟県堀之内町に設置した専用場外「アレッグ越後」は、わずか3年で撤退に追い込まれ、事後処理に市は7億円を投入した。

 委託が可能になっても、主催者が自治体であることに変わりはない。これほど厳しい環境下で、伊勢崎市を動かすのである。年間いくら売って、経費や賞金・手当をどの水準に設定するか。よほど綿密な計画がなければ、住民合意もおぼつかない。だが、構想を進める「新高崎競馬応援団」は、計画そっちのけで愚かしいパフォーマンスから出発した。「競馬場がなくなると馬が処分される」という虚構を前面に、宣伝に高知競馬の113連敗馬ハルウララの動員を図った。「応援団」は昨年末、落ち着き先の決まらない馬の移籍や引き取りを呼びかける「競走馬をもらって会」を1月4日に実施すると発表。ハルウララを高知から栃木県黒磯市に“強制移送”した馬主の安西美穂子氏に接触し、同馬の参加を依頼した。この経緯が公表されると、「応援団」は非難の集中砲火を浴び、ハルウララの参加は中止されたが、この動きは思わぬ副産物を呼んだ。予想を裏切って、安西氏と同馬の宗石大調教師の「和解」が成立したのだ。

 安西氏にとって、「応援団」は救いの神だった。移送の直後、安西氏は当コラムを含めた一連の批判的報道に対し、逆上気味のコメントを自らのHP(ホームページ)で発表していた。だが、時間の経過とともに同馬に関する報道は減り、ハルウララの商品価値も目に見えて落ちた。焦りからか、非難の矛先はメディアから高知県競馬組合や宗石調教師に移り、対立は深まった。ケンカ別れとなれば、ハルウララは単なるお荷物となるはずだった。「応援団」は馬ではなく宗石調教師をイベントに招致。組合や自身を一方的に批判したことへの謝罪もうやむやのまま、宗石調教師は和解に応じてしまった。「何をか言わんや」の展開だが、問題はすぐれて高知側にある。筆者は昨年9月21日付の当コラムで、早急な預託契約解除を主張した。競馬に携わる者としての最低限の矜持(きょうじ)があれば、和解などあり得ないと思った。だが、一時は契約解除に傾いた宗石調教師を組合が止めた経緯もあった。結局、引退興行への未練を捨て切れず、再び部外者の介入を許し、メンツはつぶされたまま。最低の結末である。

 9月のコラムで指摘した通り、ハルウララは「所有関係の不透明さ」という、地方競馬にとっての「パンドラの匣(はこ)」を象徴する存在である。勝てない馬の預託料を、黙々と払い続ける酔狂な馬主などいない。それでも走り続けるのは、新しい馬を確保できないきゅう舎が手当を稼ぐためだ。愛馬心がないとは言わないが、本質はもっと危ない話である。ところが、競馬を皮相的にしか見ない多くのメディアのフレームアップの結果、浪花節的な物語がねつ造された。ある高知の関係者は「浪花節になったのは誤算だった」と後に話した。確かに、米国の100連敗馬ジッピーチッピーの話題に感じられた乾いたユーモアは、ハルウララとは全く無縁だった。

 安西氏と宗石調教師、そして「応援団」の三者が境町に集まったのは、浪花節の再生産である。「競馬場が廃止されると、馬が大量処分される」という俗耳に入りやすい虚構は、三者の台所事情を覆い隠す。安西氏が昨夏、関連グッズ収益の配分について主催者にクレームをつけた際も、「収益が馬に還元されず、廃馬が出ている」と主張していたものだ。ここで断言しておこう。競馬場の廃止と馬の処分は、全く関係がない。それどころか、今世紀の競馬場廃止ドミノは、「食肉にされる気の毒な馬」を大きく減少させている。

 今回の経緯を苦々しい思いで見ているのは、競馬ブームの時代から馬の引退後の問題に取り組んでいた人々である。その1人、青木玲氏は、「競走馬の文化史」(筑摩書房、1995年)で、「当時の軽種馬の年間生産頭数の約2/3が最終的に食肉とされる」との試算を示した。引退後の競走馬の処遇に関しては情報が極端に少なく、誤差もあり得るが、実態とさほどかけ離れたものとは思えない。その後の状況だが、農水省の統計によれば、馬の処分頭数は1995年の2万1750頭をピークに減少。近年は1万8000頭前後に落ち着いている。一方、93年に9797頭だった乗馬の飼養頭数は、2002年に1万3457頭に増加。また、食用の輸入馬(数カ月で処分される)も、94年から2002年でほぼ倍増している。どれも状況証拠に過ぎないが、少なくとも引退した競走馬の食肉転用は、相当に減ったと見るのが妥当だろう。

 この傾向は、軽種馬生産頭数の減少とも符合する。91―94年には年間1万2000頭を超えていたが、99年に1万頭を割り、一昨年は8755頭に落ちた。一方、繁殖馬への転用はJRAに関する限り、ここ10年間ほぼ横ばい。「地方→繁殖」はかなり減ったと見られるが、前述の通り乗馬は増えた。ラフな推定だが、「不幸な馬」の数は、バブル期との比較で6割ほどに減ったのではないか。では、生産頭数が減った最大の要因は何か? ほかならぬ地方競馬の衰退である。

 逆に言えば、馬の不幸が最大化したのは競馬も生産もバブルに酔っていた時期である。今、「馬の処分に心を痛めている」と称する人は、好況期に何をしていたか? 安西氏はヒシアマゾンをはじめ、有名馬を追い回していた。8000頭の叫びは聞こえなかったらしい。バブル期には、毎年、新車を乗り換える人が多かったと聞くが、馬主も、「買っては使い捨て」を短いサイクルで繰り返した。きゅう舎関係者も、馬主が次々に馬を入れていた当時を懐かしむ向きが大半だろう。言葉を吐かない「不幸な馬たち」の声はかき消されていた。当時、何の問題提起もせず、今になって「馬が気の毒」と言い出した人々は、その実「自分がかわいそう」と言っているのだ。

 かつての和歌山・紀三井寺や大分・中津。現在の高知…。流通の末端に位置するような小規模競馬場は、競走馬の側から見れば「食肉処理場の待合室」である。仮に廃止されても、馬にとっては待合室を出るタイミングが少々早まるだけのこと。多少とも気の利いた馬は、他の待合室に移されるだろう。だが、中津の廃止時には、ある週刊誌が処分された馬のショッキングな写真を掲載した。実はこの写真掲載には、11月のコラムでも言及した大月隆寛氏が関与していて、自著「うまやもん」(現代書館)で経緯を明かしている。処分された馬は船橋と中津で23戦1勝。競馬場の存廃に関係なく、同じ運命をたどっていたと思われる馬だった。確かに、地方競馬、それも小規模場の方が、JRAや南関東よりも長期間、馬を走らせているが、これは経済の問題であって、情の問題では決してない。

 馬の運命に心を痛めるなら、真っ先に問題にすべきは生産界である。不況の昨今も、種付け料確保の見通しもなしに生産され、結局は売れずに、血統登録もされないまま処分される馬が多い。血統登録には種馬場の出した種付け証明書が必要で、証明書は種付け料支払いと引き換えに発行される。だが、最近は農協の融資姿勢が厳しく、“手ぶら”で種馬場に来る人が少なくない。種馬場にすれば、種付け頭数が多いのは宣伝になるし、少々焦げ付いても、種牡馬の資産価値に影響しないから、元手のない顧客に寛容だ。日本軽種馬協会も、毎年発行する「生産馬名簿」に、未登録の馬を掲載している。こうした過剰生産の構造を改め、「売れない馬はつくらない」方向を徹底すれば、不幸な馬は減り、生産者の経営改善にも役立つ。

 馬の処分という問題は、競馬がある限りついて回る。世界中の競馬国が直面する難題である。競馬に携わる人は、不断に馬を食肉処理場に送り出している。「廃止で馬が処分される」と主張している人も同じこと。馬の処分の否定は、競馬の否定と等価である。従って筆者も「馬を処分すべきでない」と主張する気はない。良心の呵責(かしゃく)を感じ、口を閉ざす人の立場も理解できる。だが、好況期に何の発言もせず、競馬の廃止が持ち上がると、馬をダシに世間の同情を引こうとするのは最悪だ。「馬も産業動物。牛や豚と同じに考えて何が悪い」と開き直る方が、はるかにマシである。

 競馬廃止に派生するマイナスは、雇用機会の喪失と有能な人材の流失である。前者に関し、関係者が廃止反対の論拠に掲げるのは、ある意味当然だろう。問題は、税金投入による雇用維持を、地元住民が支持するかどうか。これは地方自治の領域である。競馬界が取り組むべき課題は、有能な人材の流失を防ぐことの一点に尽きる。調教師も騎手も「競馬廃止=失職」という図式を改めるため、硬直した免許制度を改革することを、地道に訴えていくしかない。

 「気の毒な私たちを助けてください」と訴える人がいれば、聞く側はその人の事績を振り返り、ある程度は論理的に主張の当否を判断するだろう。人の感情に訴えようとして、ご都合主義的に馬をダシに使う。競馬という仕事に一片のプライドでも持っているなら、せめてそういう見苦しい行為だけは、一刻も早くやめて欲しい。



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