(11/22)「民間委託」という幻想
来年から施行される改正競馬法の関係政令が、11月19日の閣議で決まった。官報告示は週明けとなるが、注目された私人(民間)への業務委託の範囲は、大筋で一昨年に改正された自転車競技法(競輪)、小型自動車競技法(オート)を踏襲するものとなった。プロ野球への参入を楽天と競ったライブドア(堀江貴文社長)が10月以降、存廃の岐路に立たされている複数の地方競馬場への“参入”を表明。廃止に反対する関係者の間では、同社を「救世主」と見るようなムードが急速に醸成されている。しかし、「委託で何ができる(できない)か」や同社の実力、地方競馬の抱える構造問題などを踏まえた議論は聞こえてこない。今こそ冷静に現実を直視すべきだろう。
今回の法改正で新たに可能になった受委託のパターンは「地方主催者とJRA」「地方主催者と私人(以下、民間とする)」の2つ。後者については政令で、「馬券発売と警備」が委託可能な業務の範囲として画定された。これがライブドアの参入構想の根拠となっている。だが、重要なのは、近く制定される関係省令で明記される「何が(委託)できないか」のアイテムである。民間事業者に発売は認めても、結果を集計して払戻金を算定する部分は「施行者(主催者)固有事務」。委託はできないのだ。競輪、オートの関係省令はそれを明記しており、競馬法でも踏襲されるのは確実だ。
集計や払戻金の算定が引き続き施行者の領域とされたことで、各主催者は今後も、独自のトータリゼータシステムを維持せざるを得ない。以前から問題になっていたが、実は地方の各主催者は異なる業者のシステムを使用している。多数派はJRAと同じ富士通で、ライブドアが参入を表明した群馬・高崎も富士通だが、岐阜・笠松は「ベンダーネット」、高知は「日本トータ」。仮にライブドアがこれらの主催者から発売業務を受託した場合、主催者のホストと接続するシステムを3系統準備する必要がある。今回の改正法では、農水大臣の認定した「競馬連携計画」で行う事業にJRAの出した資金を投じることが可能になったが、システムの統一も大きな目的だった。現在のようにシステムが各場バラバラでは、地方間の相互発売でも不都合が多い。しかも、不統一なのはシステムだけではない。発売している賭式も、例えば3連単があるのは高知だけ。9月25日の「パルス藍住」開場に併せて、本場や既存場外でも販売が始まったが、岩手をはじめ他の多くの競馬場は導入していない。これでは、受託者が3連単を売りたくても、高知以外では売れない。
受託側にすれば、発売から集計、払戻金決定に至る一連の流れを全部、それも極力多くの主催者から受託するほど、メリットが大きくなる。集計が主催者側の領域とされたままでは、受託側は「ただ売るだけ」。町中の宝くじ売り場や、サッカーくじ(toto)を発売しているコンビニなどと同じ位置づけである。ライブドアはネット販売を掲げているが、必要なシステム開発は各場まちまちなハード、賭式に対応しつつ、不正侵入の防止や個人情報の保護といった条件を満たす必要があり、間違いなく高くつく。totoの受託業者は、売り上げ不振で初期投資の回収にも苦しんでいる。地方の馬券発売の委託手数料だけで、初期投資を回収できるだろうか? 問題は「地方競馬」というコンテンツの評価にかかってくる。
前回の当コラムでは、ダートグレード競走の現状を検証したが、JRAからオープン馬と騎手を借り、ある程度全国的な発売体制を整えながら平均3億円程度。JRAの朝の1レースとほぼ同じで、最上位に位置する部分でさえ、コンテンツとしては「負けている」のだ。totoの場合、Jリーグ自体がコンテンツとして「負けている」と見る人は少ないはずだ。本質は賭けなのに、「くじ」と位置づけたことから生じる発売・払い戻しの際の制約、払い戻し率の低さや的中確率の低さなどの原因で、賭事として失敗したと見るべきだろう。地方競馬はどうか。売り方もブランドイメージもダメだが、最大の問題はコンテンツの劣化。「ネット販売で売上が飛躍的に伸びる」など、現状を知らない人の空理空論にほかならない。
そもそも、地方競馬はオフトラック化と相性が悪い。都市競馬の色彩が濃い南関東では、電話投票システム「SPAT4」が、シェアを売上全体の10%台まで伸ばしているが、他の主催者はオフトラック化でJRAに顧客を食われる一方。積極的な場外展開に出た岩手は、投資が回収できずに断末魔の状態だ。ネット販売も、高齢化した地方競馬の顧客とはミスマッチである。地方の共同電話投票システム「D-net」は昨年度、57億円しか売れず、ネット投票はそのうち3割弱だった。現状でも、ネット上の地方競馬の情報はかなり充実している。NARのサイトは、全国の競走馬の出走履歴やレース当日の出馬表を完全掲載している。調教タイムやきゅう舎のコメントはないが、この辺は専門紙でも虫食いの場合がある。しかも、一部の主催者はレースの動画配信も始めた。器はそれなりにそろっているのに売れない――。この事実を直視しない人が実に多い。
ライブドアの高崎参入構想は、高崎の調教師数人が同社に出した「助命嘆願」のメールが発端だが、一連の過程には民俗学者の大月隆寛氏が深く関与している。堀江社長の所有馬ホリエモン(牡2、2戦して(10)(14))を管理する小桧山悟調教師(美浦)は、大月氏の中学の先輩に当たり、この件で堀江社長と連絡を取ったことも明かしている。こうした人脈を軸に動き出した構想を、いち早く報じたのは産経新聞。大月氏は以前にも同紙に地方競馬に関する記事を寄稿したことがある。関与を知って、同紙の報道に筆者は納得した(堀江社長が11月10日、群馬県の小寺弘之知事と会談するまでは、雑誌「Number」最新号所収の大月氏の記事に詳しい)。
会談で同社が群馬県に示した「提案書」(サマリー)が手に入った。A4判5枚の資料について、多くを語る気はしないが、特徴は「数字が出てこない」ことだ(大月氏の雑誌記事も同じ)。昨年度の高崎の売上(46億6395万円)、単年度赤字(6億7852万円)、累積赤字(50億9452万円=今年度末には58億円の見通し)などは、議論の大前提である。損益分岐点も示さず「参入したいから廃止撤回を」と言われても、県にすれば「何をかいわんや」だろう。高知競馬は昨年、県が累積赤字を処理する荒療治で廃止を免れた。他の競馬場も、累積赤字の処理は存続の最低条件だが、ここで住民合意が得られるかは疑わしい。存続して赤字を出せば、知事の責任問題に発展するし、地元住民の競馬への感情はもっと悪化するだろう。
数字を出さない心理を勝手に忖度(そんたく)してみる。大月氏のタイプの論調は「赤字はすべて主催者の責任」との立場に立つ。「好況期も収益は自治体が全部吸い上げた」と言いたげだが、同じく存廃の岐路に立つ岩手や笠松でも、財政への拠出率は平均3%台(出していた時期の話である。念のため)。JRAの1991年の国庫納付比率(13%)とは比較にならない。民営競馬の場合、この程度の税負担で済むのだろうか? もちろん、筆者も自治体を免罪する気はない。問題は、「何が罪だったか」。高崎の昨年度の収支を見ると、賞典費(賞金・手当)が売上の実に19.1%を占める。JRAにも言えることだが、内きゅう制度に伴うきゅう舎の人的コストの肥大化こそ、昔も今も日本の競馬事業の最大のネックである。自治体の最大の失策は、きゅう舎周辺のリストラを怠ったことだ。当コラムで繰り返して言及していることだが、主催者ときゅう舎人の「一方に全責任があり、一方はイノセント」などということはあり得ない。この種のきゅう舎発の存続論は、常に感情論の域を出ることがない。数字を踏まえた議論に立ち入ると、ヤブヘビになるからである。
ライブドアの方はどうか? (1)現状をあまり理解していない(2)本気で参入する気がない――の2通りが考えられる。まず(1)について検討する。同社の「提案書」には、面白い個所がある。2枚目で競馬開催を「創造」「運営」「事業化」の3つの局面に分け、「事業化」(馬券販売や情報提供)の局面で、同社が立案を担い、経営資源を投入するとしている。残る2つは主催者の領分なのだが、「創造」(競走馬、騎手などの生産、獲得、育成)のコストを、大幅に(?)削る方向が図示されている(運営コストは小幅削減か)。問題の所在は理解していても、数字的なつじつま合わせが容易でないことを、この資料は示している。現時点で可能性は薄いが、万一、本格的に経営に関与すれば、今はきゅう舎人(大月氏の表現を借りれば「うまやもん」)にとって救世主に映る堀江社長は、自治体よりはるかに恐ろしい敵となろう。「うまやもん」と「ホリエモン」(堀江社長の愛称)の蜜月が、そう長続きするとも思えない。
だが、「本気でない」方の可能性もかなり高い。プロ野球への新規参入問題で、何も買わずに自社の知名度を高めた手際良さは見事と言うほかない。近鉄を皮切りに、サッカーJ2の鳥栖の買収話も出たが、すべて不発。価格が折り合わなかったのだろう。野球やサッカーはダメでも、苦境の地方主催者は十指に余るから、今後もメディアに露出する機会には事欠かない。一方で、合意に達したのは、巨額のカネが動きそうにない高知とのアドバイザリー契約だけ。具体的な話に進めば、尻すぼみの可能性は十分だ。趣味の領域とはいえ、ホリエモンの価格は調教済み2歳市場で560万円(税引き)。1億とは言わないが、3000万円出せば、もう少し気の利いた馬は手に入る。こんなところで、競馬に対する「本気度」を疑いたくなるのだ。
民間委託は、「官主導の競馬」の失敗に対する回答としては全く不十分だ。瀕(ひん)死の地方競馬を救う魔法の杖(つえ)などでは決してない。発売面で可能性のある民間委託のパターンを強いて挙げれば、パチンコ店が店舗内の空きスペースに「窓口付きカフェ」を設けるといった“小商い”であろう。あれこれ否定的材料を並べたのは、本当に収益の期待できる領域なら、もう少し現実的なプランが出てくると思うからだ。どうしても参入するのであれば、赤字に備えて応分のリスクを負担するのは当然。そしてもう1つ。システム障害の防止に、万全を期していただきたいものである。
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