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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (11/4)重ならなかった軌跡
 今春の3歳競馬を引っ張ったのが、「実力のキングカメハメハ、話題性のコスモバルク」だったことは、衆目の一致するところだろう。両馬がいかなる軌跡を描き、軌跡がどこで交差するか? 今秋の競馬の最大の焦点はそこにあった。しかし、結論はあっさりと出た。口には出さなくても多くの人が憂慮した事態――キングカメハメハの故障――が、菊花賞の直前に現実になったのである。出走予定だった天皇賞・秋の4日前、同馬は寂しく栗東を後にした。一方のコスモバルクは、早くから予告していた通り、菊花賞に参戦したが4着に敗退。地方所属馬初のクラシック制覇は成らなかった。筆者の個人的希望は、両馬の天皇賞・秋に参戦だった。「走れなかった」キングカメハメハと、「走らなかった」コスモバルク。針路を決めるのは馬主や調教師だが、それぞれに問題があったと思う。

 まずは「走れなかった」方から。正直なところ、ダービー制覇の時点で、誰もがこの事態を恐れたのではないか。ほかでもない。松田国英きゅう舎にはクロフネ、タニノギムレットという前例があったからだ。クロフネの場合、3歳競馬はコンプリートし、通算で10戦を消化したから、同列に扱うべきではないかも知れない。タニノギムレットとキングカメハメハは、ともにダービーを制覇したが、8戦でキャリアに幕を下ろした。過去3頭のダービー馬のうち、同じきゅう舎にいた2頭が、秋のG1に姿を見せなかった事実は重い。問われるのは「調教師は何を目指すべきか」という問題である。

 松田国英調教師(54、栗東)は、「種牡馬となるべき馬を選定するのが自分の仕事」と、公言してはばからない。調教師の立場での「選定」とは、G1タイトルを取らせることだが、この人の場合、3歳春までのG1に重きを置いているようだ。実はこの発想には、一定の合理性がある。キングカメハメハの種牡馬シンジケートは、国内最高額の21億円(60口×3500万円)となった。日本の3歳競馬だけを走って、同じ父を持つエルコンドルパサー(18億円)を上回ったのは極めて高い評価である。サンデーサイレンス亡き後、生産界が次代のエース格を探していた時期で、恵まれた面もある。加えて、仮に今秋、無事に天皇賞・秋とジャパンCを勝っても、価格がつり上がったかと言えば疑問だ。現在の国内生産界にとって、21億円のシンジケートは「天井」に近い。壁を破ろうとすれば、クールモアやゴドルフィンへの売却も視野に、海外に実力を示すようなキャンペーンを張る必要があるが、国内だけを見るなら、「タイトルはNHKマイルCとダービーで十分」という考えは成り立ち得る。

 松田国英調教師は「壊れても仕方ない」と思っていたわけではない。G1を勝てば「いずれ海外に」と繰り返していた。3歳でのリタイアは不本意だろう。だが、約3年間に似たようなことが三たび繰り返された以上、手法を問題にせざるを得ない。仮に、「うちは3歳の春までが勝負。G1を勝った後に壊れてもOK」と公言する調教師がいたら、ファンはもとより、競馬界の外からも非難を浴びるだろう。意図的でなくても、有力馬が3歳戦さえ“完走”しない形が続けば、競馬産業全体にダメージが及ぶ。日本の馬産業は馬券経済に従属しているからである。「馬主経済」という言葉が物語るように、趣味で馬を持つ人にも職業的なオーナーブリーダーにも、JRAの賞金は生命線で、原資は馬券の売り上げだ。不振が続けば馬産経済は冷え込み、高額のシンジケートも成り立たなくなる。

 欧州には、アガ・カーン四世のように、大半の有力馬を3歳限りで引退させる大馬主もいる。だが、この手法が成立する条件は、馬産業が馬券経済から相対的に自立していることだ。しかも、欧州だけでなく米国でも、3歳の有力馬は凱旋門賞やブリーダーズCクラシックで古馬と対戦する。キングカメハメハのような馬なら、天皇賞・秋までは使い切る格好だ。馬券の売り上げに依存する日本の競馬で、古馬との対戦さえ実現せず、「幻想を振りまいては壊す」形がが繰り返されれば、徐々にファンはしらけていくに違いない。

 次は「走らなかった」方の話である。菊花賞4着という結果に、コスモバルクの関係者はある程度、納得しているようだ。他馬に接触されて行く気を見せ、先頭に立ったのは多少の誤算でも、その後は無理のない流れで走っていた。むしろ、2000―2200メートルのラップ13秒5は落とし過ぎかも知れない。ただ、上位3頭はコスモバルクより格下(2000メートルなら勝負にならない)だが、血統や競走成績から、「距離加点」がつきそうな馬だった。ダービー時のような暴走もせず、「競馬をした」末に、このクラスに先着を許したのは、菊花賞参戦に際して、多くの人が懸念したことが現実になったと見るべきだろう。同じ負けるなら、得意の2000メートルで小細工なしに古馬の一線級にぶつかって負けた方が、より後味が良かったのではないか。

 もともと今回の菊花賞は、キングカメハメハだけでなく、皐月賞馬ダイワメジャーも不在だった。両馬の関係者が意図的に避けたのである。勝って高い評価を得るとしたら、1998年のセイウンスカイのような圧倒的な勝ち方をする以外になかった。そうでなければ、「よく3000メートルを我慢した」だけで終わり。「相手関係に恵まれた」という留保が後々までついて回っただろう。実際のレース内容は、メンバーなりに低調だった。1000メートルごとのラップが60秒4―63秒7―61秒6。2000メートルまでは、94年と昨年が似たようなラップだった。だが、94年は60秒9―63秒4―60秒1(ナリタブライアン)。昨年は60秒6―63秒7―60秒5(ザッツザプレンティ)。3冠馬が出た94年はともかく、低レベルの評価が固まった感のある今年の4歳世代でも、最後の1000メートルを60秒台半ばでまとめている。2000―2200メートルで流れが緩んだ分、末脚を伸ばした馬がいなかったことになる。

 デルタブルースの勝因が、兵庫・岩田康誠騎手(30)の好騎乗にあったことも皮肉としか言いようがない。岩田は5月の天皇賞・春(ヴィータローザ12着)で「恥ずかしい騎乗をしてしまった」とコメントした。もっと反省すべき騎手はほかにもいたと思うが、一度の失敗(そう考えない人も多そうだが)を糧に、いきなり結果を出すのは、やはり第一人者。称賛に値すると同時に、「長距離は騎手で買え」という古い格言を思い出す。昨年は安藤勝己、今年は岩田と、2年続けて地方騎手が積極策で勝機を引き寄せた事実は、JRAで3000メートル級のレースを行う意味を改めて考えさせる。根強いファンが多い長距離戦も、盛り上げる役者が中央には足りないのだ。

 コスモバルク陣営、いや岡田繁幸氏は菊花賞参戦に何を意図していたのか? 「キングカメハメハを避けた」ことは十分に考えられる。強い相手を避けるのは勝負の要諦(ようてい)だが、負けた時の印象が悪い。しかも、結果論だが、強敵は戦わずして消えてしまった。天皇賞・秋のステップに置かれていたオールカマーで、トーセンダンディの優勝タイムは2分13秒4。セントライト記念より3秒3も遅かった。今にして思えば、何とももったいない話だった。

 こう書いている間に、天皇賞・秋の結果が出た。「弱い」とされた4歳世代のゼンノロブロイがペリエの好騎乗でG1初制覇。2000年産世代が年齢制限のない牡牝混合G1を制したのも初めてだ。それ以上のサプライズは、今年の桜花賞馬ダンスインザムードの2着である。「走れなかった」キングカメハメハと、「走らなかった」コスモバルクの一方、あるいは両方が出ていたら、結果はどうなっていたか…。グレード制以前は、菊花賞と天皇賞・秋で世代ごとのすみ分けがされ、有馬記念で全カテゴリーの有力馬が集まった。今や菊花賞は、当時の唯一の名残である。ジャパンCが定着し、天皇賞・秋で3歳馬が活躍するのも当たり前になった今、菊花賞を現状のまま残すのは、どう考えても無理があると言わざるを得ない。



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