(10/18)先の見えない騎手育成問題
2005年度のJRA新規騎手試験の志願者数が14日、発表された。内訳は通常の競馬学校卒業予定者6人に対し、地方競馬の現役騎手が実に15人。国内の競馬主催者に属さない人が1人である。日本の競馬社会の中で、騎手という職種が今後、どうなる(どうする?)か。中央、地方の競馬主催者はもちろん、現役騎手、騎手を目指す人々…。「先が見えない」という全当事者が感覚を共有しているだろう。「6人対15人」という数字は、相当に深刻な意味を持つ。
競馬学校の在籍期間は通常3年。以前なら、今回の競馬学校組の受験者は2002年入学者が大半だった。同年は応募329人、1次試験受験者250人で、10人が合格。だが、今回の受験者は2001年以前の入学者2人を含め6人。3年で免許試験にたどり着いたのは4人に過ぎない。「水準に達しない者は進級させない」という、近年の競馬学校の厳しい姿勢の反映で、前任の井上敏夫校長の時代に改革が進められた。数年前まで、入学とプロデビューはほぼ等価だった。外国人、地方所属騎手の著しい台頭で、「免許はあっても機会がない」という騎手が増え、“蛇口”を絞らざるを得なくなった。
騎手育成策として、JRAは今年から減量特典を見直す一方、若手騎手限定競走を新設した。減量特典は3キロ減(▲)の上限を勝利度数20から30に、2キロ減(△)は30→50、1キロ減(☆)が40→100と改められた。また、若手の騎乗機会の多いローカル(第三場)開催がない時期に、若手騎手(免許取得後6年未満、勝利度数100以下)限定競走が新設され、今年は年間24競走が組まれている。効果のほどは別として、現役騎手に関しては手が打たれた。しかし、それ以上にインパクトがあるのは、競馬学校が有料化に踏み切ったことである。すでに2001年から、食費や個人装具などが実費負担とされているが、2005年からは3年で397万8400円が個人負担となる。経費の大半を占めるのは、訓練用の馬のランニングコストで、飼料や敷きわら、装蹄費の半額という設定で算出された。有料化に併せて、騎手免許取得後の3年で後払いする“出世払い”も可能とされた。だが、現在の教育現場や家庭を取り巻く環境を考えると、この先、騎手のなり手があるかどうかは、かなり不透明に思える。
競馬学校の門をたたくのは、中学卒業段階で自らの進路を決めるどころか、退路を断つに等しい。しかも、親が経費を支払わない限り、金利はないが400万円近い負債を背負う。3年で免許を得られる保証もないし、近年は中途退学も多い。プロ入りしても、外国人や地方騎手、一握りのトップ騎手の壁は厚く、騎乗機会の確保もおぼつかない。成人年齢に達しても就職も就学もしない人(NEET)の増大が社会問題化する昨今。なりたい子供を止める親が出ても不思議ではない。もちろん、意思だけでは騎手になれない。「ある程度の身体能力があって、体重が増えない」という難しい条件がつく。筆者が希望者から相談を受けたら、こうした事情を説明したうえで、「生半可な気持ちならやめるべきだ」と勧めるだろう。
ここまでは「6人」の側の事情だが、「15人」の側の事情は切迫している。すでに北関東2場の廃止が決まり、安藤勝己(44)を送り出した岐阜・笠松も、廃止論が急浮上している。騎手免許がある間に、JRAや地方他場への移籍が出来なければ失業である。昨年は地方騎手7人が受験し、「直近5年で年間20勝×2回」という特例で小牧太(37、兵庫=当時)が合格したほか、筆記試験から挑んだ赤木高太郎(34、同)も合格した。今回の受験者増は、赤木の成功に触発された部分が大きい。今回の受験者の中に、赤木と同レベルの筆記試験への取り組みをする人がいるのかについては、正直なところ情報がない。ともあれ、特例の対象とならない受験者が多くなると、技量とペーパーテストの“逆転現象”が起こり得る。試験の際、地方での実績を加味するなどの措置を考える必要がある。
「年間20勝×2回」という特例は、良くも悪くもJRAらしくない。各主催者の事情の違いから、特例の対象者となる道が、すべての地方騎手に公平に開かれていないからだ。公共機関として様々な制約に服するJRAが、こうした属人的ルールを置くこと自体、極めて異例なのだ。岩田康誠(30、兵庫)と吉田稔(35、愛知)も条件を満たしており、遅くとも2006年には移籍の可能性が高いが、2人が最後の該当者(2006年度)になる可能性もある。今後は、年間20勝を1度達成しながら、競馬場の廃止でJRA参戦の難しい競馬場に移籍し、2度目の可能性が遠のくパターンさえ想定される。
「誰を乗せるべきか」は、馬主や調教師の問題である。ミスをすれば、選んだ側が損をするだけだ。競馬主催者は、技量の確かさと「危ない筋との交遊がない」の2点だけに注意していれば良い。赤木は7カ月半で21勝をあげたが、同レベルの力がある現役地方騎手は相当数いるだろう。このままでは、そのうち何人かが確実に埋もれる。尻尾が胴体を振り回すように、免許制度が独り歩きして競馬を振り回している。「どこで乗っていたか」や「筆記試験にどれだけ熱心に取り組んだか」(赤木の努力は素晴らしいと思う――念のため)が、騎手の命運を左右するのは、まともな状況だろうか?
こうしたねじれは、主催者やそれにつながる組織が騎手育成を担った弊害である。あるJRA職員は「競馬学校を設置したのは正しかったのか…」と話す。実際、障害競走がないと仮定すると、現在のJRAは騎手が100人で足りる。外国人や地方騎手の参入規制を緩和すれば、もっと少なくて済む。だが、現在は170人。近年は絞っているが、競馬学校は律義に騎手を出し続けてきた。環境が激変していたのに、免許制度や育成のあり方と言った根本問題を放置したことへの批判は免れない。地方の場合はもっと深刻で、競馬自体の存廃に加え、地方競馬全国協会(NAR=栃木・那須の教養センターで騎手育成を行っている)の存廃も今後、問題になる。教養センターの将来は、競馬を継続する意思のある主催者の数にかかっている。南関東と兵庫だけが残った場合、NARはそもそも必要だろうか? 現在はNARが派遣している審判員を自分で抱え、騎手育成はJRAに有償で委託すれば事足りる。NARへの1、2号交付金より安く済む可能性さえある。免許の発給も経過措置として個別主催者が引き継ぎ、JRAとの交流のあり方や免許の扱いは、残った主催者とJRAの間できちんと協議するのが現実的であろう。
ただし、ここまでは当面の措置の話。騎手を誰が育てるかという問題はより複雑である。騎手に限らず、馬の乗り手の需要者はきゅう舎である。かつて調教師と言えばほとんどが騎手出身で、個々のきゅう舎は所属騎手を抱え、徒弟制度の下で後進を育てていた。時代とともに顧客管理や馬集めの比重が重くなり、近年は騎手出身以外の調教師が増える傾向にある。もはや徒弟制度は機能しなくなったが、だからと言ってきゅう舎が騎手の育成を主催者に丸投げしたままで良いのか。騎手クラブや調教師会が何らかの形で参画する道はあるはずで、またその方向を探るべきだろう。相撲界では、新弟子集めは親方が担っている。馬集めと同じで、好素材を発掘すれば部屋のメリットとなる。騎手の育成に一定のインセンティヴを与えたり、調教師に内弟子を認めることも考えて良いのではないか。
きゅう舎が人を育てる機能を失った原因は様々だが、JRAにあってはトレセンシステムの影響が大きい。囲い込まれたことで、各きゅう舎は自立性と問題解決能力を得る契機を失った。地方にあっても、NARの設立以前は、各きゅう舎が複数の競馬場で活動しており、約10年で38もの廃止がありながら、補償(見舞金)問題は生じなかった。だが、NAR設立とともに各きゅう舎は競馬場にぶら下がる存在となり、丸抱えのスタイルが競馬の息の根を止めつつある。中央競馬が抱える問題にしても、多くは本来なら調教師会が主体的に解決すべきものだ。古今東西、競馬の結節点にあるきゅう舎から、自立性を奪った戦後の「囲い込み競馬」。創立半世紀のJRAにも、ひん死の地方競馬にも、ツケは重くのしかかっている。
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