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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (9/21)祭りは終わった ハルウララの移送を巡って
 高知競馬でデビューから113連敗を続けているハルウララ(牝8歳、宗石大きゅう舎)が15日、6年近く住み慣れた高知競馬場から突然、栃木県黒磯市の牧場に移送された。今回の移送劇は、3月に無償で同馬の馬主となった競馬ライター、安西美穂子氏(46)が、宗石調教師の反対を押し切って一方的に行われた。ただの弱い馬を売り物にした小規模競馬場の窮余の策は、多くの人々の誤解に支えられた「国民的ペット」を生むことになった。だが、競馬社会全体にとって、こうした手法は邪道でしかなく、ついに反動に襲われる局面が訪れたようだ。高知が今何をなすべきかを考えてみたい。

 まずは移送劇について簡単に整理しておこう。安西氏が競馬評論家の白井透氏や、移送先の牧場関係者を伴って高知に現れたのは、15日午前10時。予告もなく、いきなり馬運車できゅう舎に乗り付けたという。放牧を主張する安西氏と、宗石調教師や高知競馬関係者のやり取りは3時間に及んだが、安西氏の秘書と見られる人物が、警察の介入をにおわせたため、宗石調教師も抵抗をあきらめた。

 移送が「合意の上」か、一方的かという基本的な問題で、双方の言い分は食い違う。安西氏は「合意」を主張するが、宗石調教師は否定し、記者会見では「本当は預託契約を解除したい気持ち」と述べた。一見、水かけ論だが、競走馬の移動の際に携行すべき「健康手帳」は、移送後も宗石調教師の手元にあり、後日に黒磯へ郵送された。必要な書類の受け渡しもない移送を、安西氏は「合意の上」と主張している。この辺を念頭に、以下を読み進んで頂きたい。

 安西氏と宗石調教師、高知競馬の主催者側(以下「高知陣営」とする)の溝は、8月から深まっていた。最も象徴的なのは、8月29日の出走予定が、安西氏の意向でキャンセルされたことだ。関係者によると、この時期のハルウララはいつになく好調で、29日は対戦相手も楽だった。地元専門紙関係者の中には「今回は勝つのでは」と予測する人もいたという。出走回避の真相について、高知陣営の間には「イベント性の薄いタイミングで勝たれて、同馬の商品価値が落ちることを安西氏は嫌ったのでは」と推測する声さえあった。真偽のほどはともかく、双方の関係はここまで悪化していた。

 安西氏はオグリキャップブームの波に乗って、競馬業界に参入した。「馬の考えていることがわかる気になれる」という、特異な能力(?)を武器にした執筆活動で、少数の読者を組織化。数年前、ある有力競馬雑誌の連載が打ち切られた際には、この組織から“助命嘆願”が編集部に殺到したエピソードもある。競馬人気下降とともに、露出の場も減っていたようで、各メディアのインタビューでは、金銭的に苦境にあったことを認めている。メディアへの露出が多い有名馬の気持ちには、殊に敏感なようで、ハルウララについても、昨年6月に同馬が中央のメディアで報じられると、早々と宗石調教師に「馬主になりたい」と自ら名乗り出た。今年3月には地方競馬の馬主登録を受け、「国民的ペット」の飼い主となった。

 普通のペットを飼うのは、金銭的には無償の行為である。高知のような競馬場で馬を持っても、事情はペットに近い。だが、「国民的ペット」ともなれば話は違う。3月末に同馬と武豊のコンビが出走したレースは、5億円を超える記録的な売り上げで、困窮する高知競馬を潤した。関連商品が売れた時期もあり、安西氏の懐には、3―6月で約700万円のロイヤリティ(商品化権)収入が落ちた。だが、この手のブームは下火になるのも早い。7月には安西氏の実入りも激減した。8月に入ると、高知県競馬組合の関係団体で、グッズを扱っている「サポートKRA」に、安西氏の代理人(弁護士)から経理や契約内容の開示を求める配達証明郵便が届いている。一方、安西氏は同時期に、宗石調教師にも書簡を送付した。ここではハルウララの「放牧」を要求する傍ら、「放牧中に」自らの主導でグッズ販売の枠組みを変えさせる意思を示していた。安西氏は放牧を、「連戦の疲れを取るため」と説明しているが、8月中に水面下で進行していた事態は、休養の是非とは全く別な次元のものだった。

 一般に「休ませたい」側と「使いたい」側の意思が衝突すれば、世間の多数派は「休ませたい」側を支持するだろう。だが、現在の地方競馬、特に小規模場の現実は、馬のローテーション、勝敗や着順の意味に関する一般的な理解とはかけ離れている。こうした現実のただ中にいた馬が、「国民的ペット」に祭り上げられても、「現実」への理解は一向に進まない。「休養」を巡る世間と高知陣営との温度差は、ここから生まれる。少し解説が必要な部分である。

 地方競馬は経営難の結果、どこの競馬場も馬が減り、今やきゅう舎は空き馬房だらけである。高知では約700馬房の3割が空いている。少ない頭数で競馬開催を維持するには、短い間隔で走らせるしかない。一方で、賞金の削減も進み、1着賞金10万円が当たり前になった。「詰めて使うしかない。勝っても賞金は涙金。代わりの馬は入って来ない」という状況下で、きゅう舎関係者はどうするか。「調教もレースも腹八分目」で、馬を壊さないことを優先させる。馬のテンションも上がらず、「何となく回って負けた」形が続く。少々負け続けても、健康な限りきゅう舎に残る。これが8歳まで続くと…。そう、ハルウララは、地方競馬「右代表」なのである。

 「負けても負けても一生懸命走る」という枕ことばを、多くの競馬関係者は一貫して冷ややかに聞いていた。負け続けるのは、本気で走らない(本気にさせない?)から。本気でなければダメージも少ないから、競馬場が存続している限り、連敗記録を伸ばすのは難事ではない。「弱い馬を走らせて誰が得をするのか」という疑問を持つ人もいるだろう。実は、多くの地方馬の所有関係に、きゅう舎関係者が絡んでいると考えられている。持ち主がきゅう舎関係者であれば、出走手当が入り、生活の足しにはなる。無論、こうした状況は「名義貸し」で、競馬法に触れるが、地方競馬にとっては「パンドラの匣(はこ)」であり、誰もが見て見ぬふりをしている。

 こうしたデリケートな問題があることを、高知の関係者は百も承知だったはず。扱いは慎重の上にも慎重を期するべきだった。局外者の介入を招いたことは、危機管理能力の低さを指弾されても致し方あるまい。それにしても、罪深いのはメディア、それも競馬を知らない部門である。地方競馬の危うい現実と隣り合わせの場所にいる馬を、あれほど露出させながら、本質はきれいに素通りした。英語のcoverには、「報道する」と「隠す」の両方の意味があるが、「報道しながら隠す」とは、たちの悪い役割を演じたものだ。

 8歳の高齢で気難しい馬を、6年住み慣れたきゅう舎と、扱い慣れたきゅう務員の手から強引に引き離し、半日もかけて知らない土地に運ぶような人物の“愛馬心”の真贋(しんがん)は、賢明な読者各位には、説明の必要もあるまい。仮に高知に戻っても、緩めた馬体を元に戻すために強い調教をすれば、必ず体調に何らかの問題が起きるはず。だが、そうなれば責任は高知陣営にかぶせられる。すでにブームが去ったことは、4月以降の一連の出走レースの売り上げや、関連商品の売れ行きからも明らかである。もはや売り時は引退興行しかなく、今回のトラブルで武豊騎手の参戦も微妙になったのではないか。ここは意を決して、ハルウララと絶縁すべきであると思う。宗石調教師が同馬の預託契約を解除し、安西氏の(カネを生まない)単なるペットとすることで、すべては決着する。

 思えば、同馬が地元メディアに登場したのは、一種の“自虐芸”であった。話が地元レベルである間は、ご愛嬌(あいきょう)で済んだ。だが、競馬の危うい日常を売り物にするのは、我が身を切り売りするようなもの。ここまで話が大きくなれば、ネガティヴな問題が出た途端、競馬全体に悪影響が及ぶことになる。「あれは悪い冗談でした」というメッセージを、今こそ発する時である。



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