(8/9)衰退産業の不気味な符合・パート2 失速した地域志向
2月の当コラムで、プロ野球界と競馬界が共通に抱える問題点について取り上げた。当時はまだ、近鉄の命名権売却が他球団に却下された段階だったが、その後に事態が大きく動いたことはご承知の通りである。6月に近鉄がオリックスとの合併方針を打ち出し、7月7日に行われた最高議決機関のオーナー会議では、当事者も不明な「第二の合併」を前提に、1リーグ制移行が半ば既成事実化している。阪神の2リーグ維持に向けた巻き返しも不発に終わった。
「第二の合併」は、オーナー会議で西武の堤義明オーナーが言及したが、どうもダイエーが当事者ではないかという観測が広がりつつある。球団自体は昨年の日本シリーズを制し、観客動員も好調が続いている。だが、肝心の本体は経営不振を脱し切れず、ついに産業再生機構送りが取りざたされ始めた。UFJを初めとする主力銀行3行が、ダイエー側に球団売却を求めるとの観測も出ている。これが「第二の合併」であるとすれば、福岡に根を下ろした球団が今後、どこを本拠地にするのかが問題になって来る。第二の合併の当事者に再三擬せられ、球団側も1リーグ移行に積極的とされるロッテも、千葉移転は否定している。ダイエーは現在の球界で最も「地域密着」を強く打ち出したチーム。ロッテも従来の応援団とはカラーの違う応援が注目を集めていた。両球団が合併するとすれば、球界の「ファン不在」ぶりもここに極まれり、と言うほかはない。
ダイエーの現状を見ていて連想するのは、岩手県競馬である。2月のコラムで、筆者は地方競馬の各主催者をパ・リーグの各球団に見立てた。JRAは巨人とセ・リーグ、パ・リーグが地方競馬全国協会(NAR)、コミッショナーは農水省競馬監督課ということになろう。各主催者がどの球団のイメージに重なるかは難しいが、強いて言えば大井=西武、岩手=ダイエーが近いように思う。大井はJRAの府中や中山よりも都心に近いという立地が最大の武器。西武はクラウンライターを買収する際、福岡を捨てて首都圏に移った(西武球場は東京、埼玉の都県境に位置する)。一時は「球界の盟主」を目指して、潤沢な資金力を武器に巨人などと有力選手の争奪戦を展開した。一方のダイエーは南海を買収して大阪から福岡に移り、「地域密着」を前面に押し出して来た。岩手の馬事文化の継承者を自認する岩手県競馬は、ダイエーに最も近い存在だろう。
実はダイエーと岩手県競馬は浅からぬ縁がある。ダイエーの高塚猛・前球団代表は岩手県内でホテル経営に携わっていた当時から、岩手競馬の「中興の祖」藤原正紀氏と親交がある。一時期浮上したが、結果的に幻に終わった福岡ドームの岩手・九州の共同場外発売所設置計画は、このコンビが旗振り役だった。両者に共通する問題は「投資」である。ダイエーが福岡に本拠地を置いたのは1989年のシーズンからだが、当時は戦力的にどん底。球団と親会社は器と人の両面で積極的な投資を進めた。「器」とは福岡ドームなどの「三事業」である。「人」は現在の主力選手たちで、今や球界有数の高給取り集団となった。こうした積極策は99年以降、5年で3度のリーグ優勝、2度の日本シリーズ制覇という形で結実した。興行的にも、主催ゲームはカードを問わず盛況が続いている。それなのに、今も球団は親会社から年間約10億円の赤字補てんを仰いでいる。
岩手県競馬がたどった道も、ダイエーと重なる。現在は統一G1であるダービーグランプリや南部杯は、岩手独自に地方交流競走として育てられた経緯がある。当時の岩手としては「出血」というべき高額賞金で地方他地区から出走馬を集め、NARからは「(自場の馬が勝てないのに)バカなことを…」とたしなめられたという。だが、この投資が後々、スイフトセイダイやトウケイニセイからメイセイオペラに至る有力馬出現に道を開いた(JRAのように、下級条件からのべつ高額賞金を出すのでは「投資」というより「バラまき」だが)。「器」は96年開場のオーロパーク(新盛岡)だが、東北各地への場外発売網の展開も見逃せず、「東北のミニJRA」とまで言われたほどだった。だが、投資を回収する時期がバブル後の長期不況と金融危機に重なったことで、事態は暗転した。404億円に及んだオーロパーク建設費の大半は借金で、膨大な利払いと売り上げの低迷で赤字に転落。2003年度末時点での累積赤字は100億円を超えた。昨年5月に県が設置した「岩手競馬のあり方懇談会」は、競馬存続への厳しいトーンが支配的で、今年3月にとりまとめられた報告書も、「期限を定めての廃止決断」を打ち出した。
一見して、ダイエーの現状も岩手の失速も、「過剰投資のツケ」と映るかも知れない。だが、より問題なのは、努力が逆に首を絞める業界の構造である。ダイエーは戦力強化と集客には成功したが、いくら勝ってもテレビ放映権料が大きく増えた形跡はない。視聴率の長期低落が続いているのに、地上波テレビの中継は相変わらず巨人一辺倒。1試合1億円といわれる巨人戦の放映権料をぶら下げられた他球団にとって、「1リーグか2リーグか」は、「主催の巨人戦を何試合組めるか」の綱引きである。1リーグなら年間9試合がやっとで、セの各球団は現在より5試合(=5億円)減となる。こんな状況では、「下手な営業努力より、巨人にぶら下がる方が得」というシニシズムが業界を支配することは避けられないだろう。
岩手の場合も、同じ事象を営業努力と見るか、過剰投資と見るかは難しい。ただ、野球も競馬も「営業努力」が経営規模の肥大化を招き、逆に地域性を重視した生き残りを難しくするという矛盾を抱える。東北の北半分という限られた地域でJRAを模倣しても、地域の経済力=購買力が天井になる。カネのない球団が、巨人と同じことをして疲弊して行くのと同じ図式である。しかも、岩手がその波に乗ろうとした「オフトラック化」(場外、在宅投票への移行)は、競馬自体のヴァーチャル化にほかならない。生の競馬を見るのではなく、情報を頼りに馬券を買うのなら、買う場所と競馬場が何100キロ離れていても関係ない。多くの人は、情報量がふんだんな中央競馬を選ぶに決まっている。都市型(南関東など)でない地方競馬の命運は、オフトラック化で既に尽きていたのかもしれない。
野球であれ競馬であれ、地域性をベースにして生き残るには、身の丈に合った経営をするしかない。「身の丈」とは、Jリーグの小規模クラブのように、自分が稼ぐ以上の投資をしないことだ。しかし、年俸が上がりすぎた野球はもう遅い気がする。1、2軍込みの平均年俸が約3512万円で、J1とJ2の平均年俸の4倍近い。1球団が「身の丈にあった水準」を追求すれば、即座に選手が他球団に流失するだろう。一蓮托生で自壊への道を突き進んでいるのだ。
地方競馬では、選手の年俸に当たる賞金、諸手当の削減が進んだ結果、馬主は競馬から離れ、一部の有力騎手はJRAに流失した。きゅう舎関係者は身の丈どころか、最低水準の生活を営むのも難しくなった。前記したオフトラック化の進展により、日本の競馬、いや公営競技は慢性的な開催過剰に陥った。言い換えれば、「プロ選手」が多すぎるのだ。Jリーグ発足当初、一部のクラブがプロ選手を増やしすぎて経営を圧迫したため、リーグ側がプロ契約者の抑制を指導したことがある。日本の競馬も自場完結型の運営を改めなかったため、産業全体で支え切れない専業者を抱えている。いかに努力しても、カネを稼げない組織(とその構成員)がプロで居続けることはできない。プロとして立ち行かない以上、どうしても競馬を続けるのなら、半ば趣味という形で行くしかない。現に、J2やJFLの小規模クラブの運営は、プロとアマの境界線上にある。
だが、野球や競馬がそういう形で生き残れるかは極めて疑問だ。しょせんは興行で、野球は親会社の私物、競馬は国や地方自治体のヘソクリ稼ぎに過ぎなかった。稼げないか、宣伝効果が薄れれば、瞬時にお払い箱である。どちらも「文化」と言われたが、文化にふさわしい内実を欠いた状況を関係者は平然と放置し、顧客の多数派(ここが重要だが)も容認した。日本では野球も競馬も、一瞬たりとも「文化的公共財」ではなかったのだ。消えゆく球団や競馬場に思いを寄せていた人々は、失敗した当事者たち以上に、多様性という価値を認めなかった「多数派」を恨むべきなのかも知れない。
|