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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (7/18)予想覆した大相場 第7回セレクトセールから
 米国競馬界の有力オーナー、サティシュ・サナン氏が7月初旬、競走馬市場の改革を求める書簡を競馬関係者に送ったというニュースが伝えられた。サナン氏はインド出身でIT業界の成功者。1998年のキーンランド・ジュライセールでは、後のフサイチペガサスを関口房朗氏と最後まで競り合った人でもある。書簡で問題点として挙げられたのは、(1)セリ上場馬の故障、治療に関する情報の不足(2)ダブルエージェントの横行(3)馬の所有関係の不明確さ――の3点だった。これらは業界にとっては積年の課題で、解決は容易ではないという。そこで、サナン氏がこの時期に問題提起をした理由が、様々な憶測を呼んでいる。サナン氏の所有馬からは、1998年のBCジュべナイルフィリーズ優勝馬キャッシュランが出たが、投資に見合った成績は上がっていない。しかも、預託先は海千山千の米国の名伯楽、ウェイン・ルーカス調教師。「手玉にとられている」という意識、オーナーライフへの不満が背景にあったとする、うがった見方もある。

 競走馬に大枚をはたく人々は、本当に満足を得ているのか? 今年で7回目の日本競走馬協会「セレクトセール」を見ていて、いつも感じることである。サンデーサイレンス産駒が初めて不在となった今回は、売却額の低下が予測されたが、フタを開ければ空前の活況。76億8200万円(税抜き)の売却総額は過去最高。落札率76%も昨年の76.4%に続き史上2位。主催者である日本競走馬協会の吉田照哉副会長(社台ファーム社長)も「なぜこんなに売れたのか…」と、笑いが止まらない。少し古いデータだが、2001年の競走馬の粗生産額は約419億円だった。近年の傾向から見て、ここ3年で生産額は40億円程度は減少していると思われる。仮に、今年の水準を380億円とすれば、わずか2日の市場で2割を占めたことになる。

 空前の大相場の立役者は、何と言っても関口房朗氏である。この人が姿を見せただけで、会場の雰囲気が変わってしまう。白のスーツに真っ赤なマフラー。テレビ各局のカメラを引き連れた姿は、馬主と言うよりはタレントである。初日の12日は、今年の当歳が初産駒となるジャングルポケット産駒(アドマイヤサンデーの2004)を1億円で落札。2日間で最大のハイライトは、エアグルーヴの2004(父ダンスインザダーク)を巡る競り合いだった。数人が加わった争奪戦は、3億円に迫るとともに関口氏と近藤利一氏に絞られ、国内セリ市場最高価格の3億5000万円(サンゼウス=89年1歳市場)をあっさり突破。結局、価格は4億9000万円まで跳ね上がり、5億の声を聞く寸前で関口氏の手に落ちた。関口氏は2日目の13日も父ゴーンウェストの持ち込み馬(シアトルサンセットの2004)を2億8000万円で落とし、両日で計9頭を11億2600万円で購入した。関口氏の派手な買いっぷりが、市場心理に与えた影響は大きかった。何しろ、まだ海のものとも山のものともつかない新種牡馬(ジャングルポケット)の産駒に1億円。過去に1億円の大台に乗ったことが一度もないダンスインザダーク産駒に、サンデー産駒でさえ及ばなかった高額をつけたのである。他の参加者に、「高く買ってもいいんだ」という奇妙な安心感を与えた“貢献度”は計り知れない。

 このムードに反応したのが、新興の馬主である。動きが目立ったのは「ダノックス」で、代表者は業務ソフト開発の「オービック」の野田順弘社長。今回の市場ではダノックス名義6頭、同社副会長の野田みづき氏の名義で3頭の計9頭を落札。アグネスタキオン産駒(母フェアディール)を1億300万円で購入するなど、総額は4億8100万円に上った。過去6回のセレクトセールで、サンデー産駒以外で1億円を超えたのはわずか5頭。うち3頭は持ち込み馬で、残る2頭はアドマイヤゴッド(父ブライアンズタイム)とアグネスハーモニー(父ピルサドスキー)。持ち込み馬以外が1億円の声を聞くことは稀だったが、今回は1億円以上のついた8頭中持ち込み馬は前出のゴーンウェスト産駒1頭。クロフネ産駒(リアリーハッピーの2004)にも1億円馬が現れた。「超高値はサンデー産駒か持ち込み馬」というこの市場の通例が、今回はすっかり崩れた。

 落札者の顔ぶれを見ると、野口氏以外は過去のセレクトセールで高額馬を購入した経歴がある人だが、価格が上がる過程ではかなりの新規参入者が競り合いに加わっていた。一方で、金子真人氏、臼田浩義氏と言った「常連」の名前がない。今年、キングカメハメハ(2001年に7800万円で購買)でダービーオーナーの座をつかんだ金子氏は、今年は500万円から8300万円という幅広い価格帯で16頭を落札する一方、「1億円レース」には手を出さなかった。多くの関係者は今回のセリの状況を「素人相場。従来の相場をつくっていた人たちは動けなかった」と評する。新たな顧客が集まれば、価格もつり上がる。ごく当たり前の話だが、日本の生産者のほとんどが、この作業をできていない。今回の上場馬308頭中140頭(45.5%)を供給した社台グループの商売上手さは、見事というほかない。

 もともとセレクトセールは、「サンデー産駒青田買いセール」だった。昨年までの6回で、サンデーの子は118頭が売買され、総額は約116億円。毎年20頭前後が、牝馬を含めても平均1億円弱で売れていたのだ。昨年は総売上約70億円に対し、サンデー産駒分は約20億円。切り札がいない今回、売上総額を50億円台と予測する声が出たのも当然だった。昨年までも、2000年などは見ていて「過熱」と思えたが、今年の結果を見ると、過去6回が冷静に見えてくる。サンデー産駒が1億円といっても、種付け料は最盛期で3000万円。ある意味、当然の額だった。だが、今回のダンスインザダーク産駒の価格は、客観的に見てクレイジーだ。種付け料700万円に対し、平均7622万円は10.9倍、エアグルーヴ産駒に至っては70倍である。ダンスインザダークは、サンデー以後の群雄割拠の種牡馬レースの中で、まだ頭一つ抜け出した段階である。自身、マンハッタンカフェの異父弟を2億円で落札した「ラフィアン」の岡田繁幸氏も「サンデーの後継種牡馬としては、瞬発力が物足りない」と話した。

 言い換えれば、サンデーが「絶対」なら、ダンスインザダークは「比較優位」、アグネスタキオンやジャングルポケットは「先物買い」である。サンデーの死で、日本の競走馬産業の資産は大きく目減りしたが、今回の市場にその事実は反映されなかった。むしろ、ポストサンデーの混とんとした状況下で、セレクトセール、ひいては社台グループのブランド力が評価された。キングカメハメハはもちろん、3着のハイアーゲームもセール取引馬。こうした実績の積み重ねと営業力の前に、マイナス材料がかき消されたと言える。

 それでも、今回の価格に“無理”があった感は残る。3年後、春のクラシックを終えると、今回の上場馬は古馬と対戦するが、その時期には4、5歳で働き盛りのサンデーサイレンス産駒が数多く残っているのだ。現在の種牡馬ランキングを見ても、サンデーとダンスインザダークは賞金獲得額で3.7倍、アーニングインデックスも2.4倍の格差がある(中央・地方合計)。今回の市場で、売り手側は確かに「勝者」だった。では、どのくらいの買い手が勝利感を得られるだろう? この辺は、買った馬の活躍だけではなく、競馬界全体の馬主に対するホスピタリティも関係してくる問題だが…。

 それにしても、「青田買いセール」が最も注目を集める、日本の市場の特殊な状況は、今回の成功によってしばらく続くことになりそうだ。社台系の売却率92.8%は驚異的だが、それ以外の61.9%も日高では望み得ない数字だ。今後は日高の各牧場のエース級が、ますますこの市場に集まるだろう。ここまで成功し、完全に自立した市場に、JRAが奨励賞というエサを与える必要はあるのか? その意味では、市場振興策の見直しを迫る結果でもあったと思う。



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