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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (6/14)敗者の作法を巡って コスモバルクのダービー
 1970年代後半、東京都内のある私大の競馬サークルが「グッドルーザー」(良き敗者)と名乗っていた時期がある。筆者は当時、中学生で、競馬に限らずスポーツを見るのが好きだった。勝ち負けに一喜一憂する中で、「良き敗者」という言葉には新鮮な響きを感じたものだ。勝者と敗者が交錯する場に出るようになったのは、はるかに後のことだが、悪びれず潔い「良き敗者」にはなかなかお目にかかれないし、それゆえに見ていて感銘を受ける。競馬界では、95年の「交流元年」を境に、地方競馬の馬や騎手がJRAに頻繁に参戦し始めたが、地方の関係者は概して「良き敗者」だった印象がある。筆者は93年、小倉日経OPに笠松の荒川友司調教師(故人)がサブリナチェリーで参戦した際、現場で見ていた。結果は9着だったが、荒川調教師は潔く負けを認めた上で、「また来ます」と力強く話していた。ライデンリーダーの出現は2年後のことである。

 95年には、ダービーを除く3歳クラシック全戦で、地方所属馬が出走を果たしている。その後、クラシック参戦自体が途絶えていたが、北海道・道営競馬所属のコスモバルクが、空白を埋めたのはご承知の通りである。皐月賞が1番人気で2着の後、2番人気に推されたダービーは8着に敗れた。同馬については、前々回の当コラムで、「中央の勝ち組大オーナーが所有する地方馬」という属性が落とす影について考察した。今回の結果をどう見るかは人によって様々であろう。筆者は同馬のねじれた属性が、敗因と不即不離だったと考える。最低限、今回のような負けは回避可能だったのではないか。外きゅう制の問題点を踏まえつつ、以下で検証を進めたい。

 「外きゅうとは何か」。競馬の知識が深い人でも、立て板に水のような説明は難しいテーマである。だが、今回のケースは一つの実物教材になった。要は「監督が誰か」という観点で見ればよい。日本の競馬の公式見解としては、道営の田部和則調教師(57)ということになる。だが、これが実情を反映していないことは明らかだ。ダービーに向けたコスモバルクの1週前追い切りは、5月17日に実質的な馬主である岡田繁幸氏(53)が運営するビッグレッドファーム(静内町真歌)の坂路コースで行われ、併走馬は後に安田記念に出走したマイネルモルゲンだった。調教師が誰であれ、近年は1週前の追い切りが非常に重視されており、併走馬の選択は調整の成否を左右する問題だ。最重要な局面で、併走馬にJRA所属のG3勝ち馬が選択された事実は、「チーム・コスモバルク」の監督が誰かを端的に示した。「岡田監督、田部コーチ」のだったのである。

 野球やサッカーに引き寄せて言えば、日本の競馬は、「リーグが免許を出した人」から監督を選ぶことを義務付けられる。しかも、免許は常に必要最小限の数しか発給されない。外きゅうとは、物理的には「競馬場・トレセン外施設からの競馬への参戦」だが、リーグの免許を受けた監督が施設を運用するのなら、単なる「施設の多様化」である。日本のきゅう舎制度の問題点は、施設ではなく免許のあり方にある。本来の意味の外きゅうとは、リーグに縛られずにオーナーが監督を選ぶ(自らの兼任も含む)ことだが、道営が昨春に導入した制度は、免許の問題に触れず、「施設を多様化」した段階にとどまった。だが、コスモバルクのダービー挑戦への経過を見る限り、岡田氏がなし崩し的に監督業に参入したと言えそうだ。

 負けたチームの監督は、敗因とさい配の関係を、細部まで追及される。しかも、野球やサッカーと違い、ファンがカネを投じている分、責任は重い。ダービー当日、コスモバルクは、皐月賞時にも増して、パドックで激しくイレ込んでいた。本馬場入場時も首を横に向け、騎手の制御が利かない。その後、発走9分前に4コーナー奥の待機小屋をただ1頭出て、炎天下のゲートに向かった。馬がまともな精神状態だったとは到底思えない。案の定、レースで折り合いを欠き、1000メートル57秒6で逃げたマイネルマクロスを深追いした末、3、4コーナー中間で先頭。最後は後続の奔流にのみ込まれた。

 レース後、岡田氏は「前に馬を置いて運べなかった」として、五十嵐冬樹騎手(28)を責めた。だが、まともに制御の利かない状態で、折り合いがつくはずもない。馬の精神状態と調整過程の因果関係を考える必要がある。これは仮説だが、2400メートル戦の前にしては、気持ちが前掛かり過ぎたのではないか。関係者が悔やんだのは、前述の1週前追い切りである。マイネルモルゲンを抑え切れず、つられてコスモバルクも前半から飛ばす形になった。1000メートル63秒台で、最後の200メートルが15秒台。美浦や栗東なら、メディアに「失敗した追い切り」と書かれただろう。24日の最終追い切り(門別)でも、前半からピッチが上がり、予想以上のタイム(ダート1000メートル62秒9)が出た。調整段階で既にテンションが上がり過ぎていたとすれば、折り合いを欠いた責任を、騎手のみに帰するのは不公平である。

 ただのオーナーなら、負けて怒りを爆発させても許される面がある。チームづくりの方向性に、責任を負っているケースも多いが、「しょせん素人だから」許される。今回の岡田氏の場合、名義はともかく、実質的にはオーナー兼監督。しかもコスモバルクの馬券には、90億円以上が投じられていた。普通のオーナーと同じ立場ではない。騎手の人選もいわば選手起用で、「使った監督が悪い」との批判は十分成り立つ。五十嵐騎手の経験値以外にも、今回は負けた際の言い訳が多過ぎた。昨秋からダービーまで200日余りで、所要時間20時間以上の長距離輸送を4.5往復。関東と北海道の気温差もあった。ダービー当日の東京の最高気温は真夏並みの31.7度。コスモバルク1頭が、他の17頭に対してハンディを負っていた。こうしたハンディは、周囲の人間の都合で馬が負わされたものである。

 選手の高い人件費に頭を悩ませる有力サッカークラブのオーナーがいた。彼は人件費圧縮の一手として、自らが実質的に指揮し、薄給の選手・監督で固めた第二チームを辺境の地に旗揚げした。チームはよく戦いトップリーグに昇格。一時は優勝争いを演じたが、最後は選手層の薄さや経験不足に加え、アウェイ戦の連続で消耗して力尽きた。問題は第二チームのエースを、辺境の地に置き続けた判断が妥当だったかどうか。第二チームの存在をアピールするには、エースの移籍は無理な状況だったが、仮に第一クラブに移籍していれば、少なくとも移動の繰り返しによる消耗は避けられた――。

 馬を送る側の立場に立てば、競馬の目的は「馬の価値を極大化すること」にある。勝つために考え得るベストの条件を整えるのは当然のことだ。馬券発売もその信頼の上に成り立っている。最初から負けた時の言い訳がいくつも並ぶような戦い方を、人為的に選択するのはいかがなものか。しかも日本ダービーの有力馬である。あの精神状態で、無理なレース運びをしてなお8着(1秒2差)。勝てたかどうかは別だが、やり方次第で馬券には絡んでいたはず。外きゅう制アピールのため、“捨て石”にされたという思いが残る。

 筆者は外きゅう制推進の立場に立つ者だが、外きゅうとは「究極の自己責任」の世界である。オーナーと監督の立場の使い分けは許されない。南関東や兵庫が外きゅう制導入に踏み切れば、輸送の問題は解決するだろう。だが、ファンは無論、外きゅう従業員も含めて、すべての問題に対する責任を運用者は問われる。今後、外きゅうの運用を目指す主体には、相応の覚悟が求められる。外きゅうにも「監督」を置くため、免許制度を改革する意思を示すべきだ。

 多くの地方馬と関係者が「良き敗者」に見えたのは、外在的な制約の中で、最大の努力を払っていることが感じ取れたからである。自ら拘束衣を着るような戦いで敗れた今回のケース。あくまでも個人的な思いでしかないが、苦い後味はしばらく消えそうにない。



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