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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (5/17)ねじれたホームとアウェイ コスモバルクの挑戦の行方
 欧州のサッカーで、ファンが騒ぎを起こした際、懲罰としてゲームを主催した側(ホーム)が「ホームゲーム3試合没収」といった処分を受けることがある。スペインリーグでは、サッカーくじ「キニエラ」の予想データとして、個々の主審が担当した試合のホームチームの戦績(○勝○分○敗)が紹介される。こんな数字が出されるのは「審判はある程度、ホームに有利な笛を吹く」という暗黙の前提が共有されているからだ。こんな具合に、サッカーの世界、特に欧州で、「ホームかアウェイか」は重要な意味を持っている。

 翻って、競馬はどうか? 日本でも海外遠征が盛んだった1990年代末には、「アウェイの不利」がよく言われた。特に、99年の凱旋門賞でエルコンドルパサーが最内枠を引き、逃げざるを得ない状況となったことに対しては、地元サイドの作為を疑う声が上がった。だが、遠征熱が冷めるとともに、こんな議論を耳にすることも減った。国内を見れば、トレセン時代以前は、同じ関東エリアでも、東京対中山のライバル意識があった。何しろ、一方が輸送競馬の時、他方は現地競馬だったのだ。だが、栗東、美浦の開場とともに、エリア内でのライバル意識は薄れた。一方、東西の交流は進んだが、これは地域意識を刺激するよりはむしろ、「JRA競馬」という単一のアイデンティティ形成を助長した。確かに、東京や新潟のような栗東からも便利な競馬場は、どちらのホームとも言い難い。

 「JRA競馬」という単一のアイデンティティが受け入れられた一方で、各地の地方競馬が衰退していったのは、日本が物理的に狭いことも影響していよう。プロ野球にも阪神を筆頭に、地域的アイデンティティに支えられるチームはあるが、日本中どこに行っても地上波テレビの中継があるのは、読売ジャイアンツの試合である。野球ファンも競馬ファンも、狭い国土の中で、「全国ブランド」を選好しているのだ。この事実と、野球ファンも競馬ファンも高齢化傾向にあることの間には、何らかの関連があると筆者は疑っている(データの裏付けは全くないが)。ともあれ、単一のナショナルブランドとしてのJRA競馬で、「ホームかアウェイか」が問題となるのは、数少ない国際競走と、中央・地方交流戦だけである。

 今年の日本ダービーには、地方所属馬として初めて、北海道・道営所属のコスモバルクが参戦する。3歳最高峰のレースで、初めて「ホーム・アウェイ問題」がクローズアップされる日が来た。同馬の存在が、今年のダービーに従来と異質な空気感を与えていることは確かだ。だが、「ホームかアウェイか」という切り口で見ると、この馬を取り巻く状況はねじれている。気になるのは、史上初の快挙というのに、コスモバルクの出現が社会現象とはなっていないことだ。高知のハルウララが、チャンピオン選定の場としての競馬のラチ外にいながら、これだけ騒がれているにもかかわらず(ゆえにか?)。背景には、前述したねじれの問題があるのではないか。

 JRA競馬のコアなファンにとって、コスモバルクの服色は日ごろ見慣れたものだ。視覚効果は重要である。岡田繁幸氏率いる「マイネル・コスモ一門」は、JRAでも一大ブランドである。もちろん、社台系のイメージとは全く違うが。例えて言えば、ホーム側の練習場で同じユニフォームを着て練習していた選手が、アウェイ側のロッカールームからピッチに出てきたようなものか。実際、今年当初のコスモバルクの調教パートナーはコスモサンビーム。ビッグレッドファームでの調教は、ほとんど中央所属馬と組んで行っている。地元・北海道の媒体を中心に、メディアは同馬を「外きゅう適用第一号」の「道営の星」と伝えているが、「地方からの挑戦」のイメージは浸透しきらず、北海道とそれ以外の温度差が著しい。

 ねじれの背後には、道営の導入した外きゅう(認定きゅう舎)制度を巡る「同床異夢」がある。道営での外きゅう導入は、世紀が変わる前から検討されていて、JRAの一部にもけしかけるような雰囲気さえあった。だが、作られた制度は「何のための外きゅうか」を疑わせるものとなった。主催者側は「出走頭数の確保」を掲げるが、現在の道営の預託料は、平均的な外部育成牧場のけい養コストを下回る。「外きゅうによるコスト削減で、頭数確保を図る」という建前はフィクションだ。ビッグレッドファームのような調教施設を拠点にする限り、JRAか南関東の賞金でないとペイしない。

 シニカルな言い方をすれば、自らの調教場をJRAへの橋頭保とするため、道営のひさしを借りているのだ。コスモバルクの管理調教師は、数人に断られた末に田部和則調教師に落ち着いたという。念のために言えば、田部調教師は内きゅうの管理馬の調教の傍ら、頻繁に外きゅうに足を運び、自ら調教をつけている。名前だけの管理調教師ではない。ともあれ、外きゅう制度は、内きゅう調教師というムラ社会の住人の立場を脅かしかねず、管理者に手を挙げるのは相応のリスクを伴う。結果的に同馬は、現時点でJRAの本賞金だけで1億4500万円を稼いだ。冒すに十分値するリスクだった。

 皐月賞の敗戦を別にすれば、同馬の関係者は、ここまでの成果には万々歳だろう。岡田氏は自らの鑑識眼と外きゅう方式の効用をアピールした。道営にしても、所期の目的と形は違っても、相当なPR効果があった。だが、馬はどうか? 皐月賞の数日後、コスモバルクが楽に好位を取れなかった原因を、「輸送のダメージ」とする記事が出た。直結させる見方には違和感を覚えるが、いかに心身がタフでも、疲労は蓄積されているはずだ。ダービーは5度目の長距離輸送(24時間前後)。再び敗れれば、同じことが言われるに違いない。その先もアウェイの戦いが続きそうだ。ダービー後は、道営で顔見せ興行的に出走する計画があるが、目標は菊花賞か天皇賞・秋だろう。ジャパンCや有馬記念に出走できる可能性も高い。つまり、道営に所属し続ける限り、秋も何度か津軽海峡を渡るのだ。

 実は皐月賞の3日前、コスモバルクのプリンシパルS出走申し込みが発表された。皐月賞で5着以下であれば、ダービー出走権はここで確保するしかなかった。だが、JRA移籍という最後の手段を選んだ場合、プリンシパルSを走る必要はないし、移籍先が美浦なら、ダービーは当日輸送で済む。もちろん、ダービー直前に環境を変えてストレスを与えることは、得策でない。だが、馬にとってベターであれば、どんな選択肢も排除しないのが、本来の姿だ。秋以降も、負荷の高いアウェイ戦を続けるのが、本当に馬にプラスなのか? 批判しているのではない。ただ、この馬を取り巻く環境や経緯が、関係者からフリーハンドを奪っていることを指摘したい。

 コスモバルクが「道営の星」として、アウェイで戦い続けることは、人間の側の相当に込み入った作為の結果だ。旧態依然としたきゅう舎制度に風穴を開ける。中央、地方の壁を取り払い、馬と人を自由に競わせる。累積赤字が200億円に迫る道営競馬を立て直す。背負わされた荷物の本質は、業界の閉鎖性、後進性である。解決できないのは、人間の知恵と意欲が足りないからだ。1頭の馬を解決の先導役にすることと、一流馬にふさわしい処遇をすることは、いずれダブルバインドとなる。1999年、「種牡馬としての価値を高める」というオーソドックスな目的で渡仏したエルコンドルパサーとはどこか違う。重荷を取り去り、楽に走らせたいものだ。国内G1も勝っていないのに時期尚早だが、海外に出ればねじれも解消するだろう。一国二制度の下、「どこの施設にいつ入るか」と言った些事(さじ)が問題になる現状と比べて、はるかにスッキリする。

 ダイワメジャー、ハイアーゲーム、キングカメハメハ。ダービーでは社台系高馬の包囲網が完成した。馬主や調教師が誰だろうと、400万円の安馬が包囲網を突破すれば、十分に痛快だろう。筆者もそんな場面をひそかに期待するが、過去の地方出身馬のようなブームが起きないのは、作為を見透かされたためと思えてならない。



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