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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (5/10)退屈な198秒の後で
 中央競馬の根幹レースは、芝の2000―2400メートルに集中している。長距離戦を偏愛する人でも、この体系に異を唱える人はそう多くないだろう。強いて言えば、天皇賞・秋が2000メートルとされているのを、不満に感じる向きがあるかも知れない。あくまでも想像だが、長距離戦を偏愛する人が少なくない理由は、「余韻」ではないか。レース後に囲碁や将棋のような“感想戦”を交わすには、短距離やマイル戦では薄味過ぎるかも知れない。だが、以前も当コラムで触れた通り、長距離戦は好レースか凡戦の両極端に分かれることが多い。今年はまれに見る凡戦の方の目が出た。余韻どころではなかった。

 天皇賞・春の逃げ切りは、1977年のエリモジョージ(12番人気)以来である。だが、当時は2着ロングホークと首差。関西テレビで実況していた杉本清アナウンサーの声が、ゴール前で裏返ったことで有名だ。ところが今回は2着ゼンノロブロイと7馬身差。勝ったイングランディーレは昨年のこのレース9着(1秒1差)で、今年の勝ちタイムは、当時を0秒3下回った。「散水で馬場が緩んでいた」という指摘もあるが、困ったことに当日の芝レースはことごとくスローペースで、走破タイムだけで判断がつかない。ともあれ、2着ゼンノロブロイのタイムが、過去10年で2番目に遅かった2002年のマンハッタンカフェの優勝タイムと同じ。人気上位3頭はそろって3分20秒台の平凡な走破タイムで、2ケタ着順に終わった。

 まず指摘せざるを得ないのは、2000年産世代のレベルに対する疑問であろう。この世代の有力馬は昨秋以降、菊花賞→ジャパンC→有馬記念→天皇賞・春のオーソドックスな路線を、割に忠実に歩んできた。明らかに1600―2000メートル向きのサクラプレジデントさえ、菊花賞やジャパンCに“おつき合い”していた。だが、特殊な馬場状態だったとは言え、ジャパンCでタップダンスシチーとザッツザプレンティが9馬身差。良の有馬記念も、シンボリクリスエスとリンカーンが9馬身差。今回の7馬身差は、展開に左右されやすい距離を考えると、額面通りに受け取るのは危険かも知れない。だが、いかにノーマークの相手でも、この大差は弁明しにくいものだ。

 中間点(1600メートル)の通過タイムは、前年より0秒9遅い99秒8。後続馬、特に上位人気3頭は20馬身も後方にいた。ところが、十分に余力が残っているはずの流れにもかかわらず、各馬の上がりタイムは速くない。34秒台後半が3頭だが、いずれも伏兵馬。人気どころでは、ゼンノロブロイが35秒1だったが、ネオユニヴァースは35秒3、リンカーン35秒8、ザッツザプレンティに至っては36秒2である。決め手勝負では分が悪いと見られ、早めの進出が予想されたザッツザプレンティが全く動けなかったことは、確かにイングランディーレを楽にした。ただ、「けん制し合って仕掛けが遅れた」なら、最後は伸びてきても良さそうなもの。各馬の上がりタイムを見ると、力のない馬同士が互いを金縛りにしていたことになる。

 2000年産世代は、サンデーサイレンス一色の世代である。昨年の日本ダービーで、1―5着はサンデーの子か孫、生産も社台グループの牧場で占められたのが象徴的だ。菊花賞も掲示板はサンデーの子と孫だけ。ただし、勝ったのは「サンデーの孫」で初のG1勝ち馬となるザッツザプレンティだった。だが、2000年産世代は昨年、古馬と混走した重賞で6勝にとどまり、中身も牝馬限定戦2勝をはじめ、短距離、ダート、超長距離、メンバーが手薄な札幌記念と、すき間的な領域だけだった。2冠馬ネオユニヴァースは、宝塚記念で5キロのアローワンスを生かして、シンボリクリスエスに先着している(4着)。この結果だけを見たら、誰も世代レベルが低いなどとは考えないだろう。だが、その後は案外な成績の連続である。

 サンデー系と3000メートル級の相性という問題も出てきた。サンデー自身、2000メートルが最も得意で、2世種牡馬はダンスインザダークを例外に、マイラーが多い。数あるG1馬の中で、3000メートル級G1の勝ち馬はダンスインザダーク、スペシャルウィーク、マンハッタンカフェの3頭。いずれも持久力に富んだ母系の血がスタミナを補強していた。長距離向きとは言い難い血統だから、どうしても騎手は大事に乗りがち。今回のサンデー系では、母系にサドラーズウェルズのいるリンカーンが期待を背負ったが、レース前にいれ込み、相手と戦う前に事が終わった。今回の上位人気馬の惨状は乗り方以前だが、サンデー系が主力を占めると、こういう形が起こりやすくなる。

 その点、勝ったイングランディーレは典型的なステイヤーで、資質を十分に生かしたと言える。横山典も持ち味を出させた。最初の200メートルを除き、ラップが13秒台(1400―1600メートル)も11秒台(2600―2800メートル)も1回だけで、他は全部12秒台という巧妙なペース配分。本来なら昨年、こういうレース運びをすべきだった。清水美波調教師は「昨年は自分が色気を出してしまい、大胆なレース運びを指示できなかった」と話した(昨年は小林淳一騎乗)。当時が5番人気で今回は10番人気。楽な立場だったとは言え、大胆な戦法という引き出しは、有力騎手の中でも横山典以外があまり見せないものだ。

 それにしても、である。2年続いたフルゲートで大波乱となったレースに、どこか違和感を禁じ得ないのはなぜか? 理由は「攻防のなさ」であると思う。昨年のヒシミラクルは、レースの終盤はただ追い通しで馬群の外を回っていたら、勝ってしまったという中身だった。今年の勝ち馬にしても、「自分のレースに徹した」だけ。人気薄で、他馬と関係なく(?)レースを運んだ馬が、2年続けて勝ったのである。人気を背負いながら、レース全体の流れ=磁場を支配し、そのまま勝つような馬は現れなかった。ヒシミラクルに関しては、昨秋の京都大賞典(2着)で、個人的に評価を上方修正した。人気の逃げ馬(タップダンスシチー)を2番手でマークし、斤量が1キロ軽い同馬に直線で迫った。こういうレースができてこそ、「強い馬」の評価に値するが、その後で戦列を離れてしまった。

 今回のレースは、相撲で実力の伴わない番付上位力士が、下位の力士に立ち合いで負け、なすすべなく土俵を割ったようなものか。攻防の乏しさの理由を考えると、騎手を問題にせざるを得ない。今回の場合、最も戦略性が高いはずの乗り手(武豊)が、自分の馬の制御に汲々(きゅうきゅう)としていたことが大きいが、武以外に戦略性を感じさせる騎手が少ない気もする。「感性で乗る」とはよく言ったもの。特に関東の場合、現役最年長の岡部幸雄が長年、磁場を支配する状況が続いたことも、影響しているのではないか。

 今回のようなレースの後は、コース脇の騎手から見える位置に、通過ラップを表示する大時計を置いてはどうかと思ったりもする。自分の馬の手応えがなければ、先行馬が楽をしていると分かっていても、動けないのは同じことだが…。邪道とは承知でこんなことを言いたくなるのは、この種のレースの後の白けた空気が、競馬にとって長期的にマイナスになると思うからである。ただでさえ、競走体系の中での位置付けが怪しくなった領域で、こんなレースが繰り返されれば、偏愛する人でも愛想が尽きるだろう。今回、「恥ずかしいレースをしてしまった」と語った騎手がいた。ヴィータローザ(12着、14番人気)の岩田康誠(兵庫)である。もっと反省すべき人はいたはず。岩田の発言であったことに、問題の核心がある。



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