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  ■藤沢和雄の「伯楽一顧」
  [藤沢和雄・中央競馬調教師]

  第3回 発祥の地の光と影

 私は1973年から4年間、英国で研修生活を送った。まだ20代前半で知識も語学力もなかったが、競馬発祥の地へのあこがれは強かった。生家は小牧場で、私も何か競馬に関する仕事をしたいと考えていたが、日本流の馬の扱い方には違和感を感じていた。「このままではダメだ」との思いから海を渡った。

 日本の商社の人の紹介で入った先はプリチャード・ゴードン氏の元だった。私より5つほど年上なだけだが、裕福な家の生まれで、30歳前にゲインズボロやハイペリオンなどの歴史的名馬がいた「スタンレーハウス」という約70馬房の大きゅう舎を買い取る(私は22馬房を借りている)ほど羽振りが良かった。

 ゴードン氏の下では、色々なことを教わった。調教で動きの悪い馬にムチを入れたら、「カズ、何を急いでいる。時間はたっぷりある」と注意された。乗っていたのは若い馬。「まだ速く走れないのだから仕方ない、急がせてはダメ」ということだった。

 馬房の中では馬に話しかけろ。イライラした気持ちで馬を扱うな、ニコニコ笑いながらやれ……。何より、馬のことを彼、彼女と呼ぶ習慣に、日本しか知らない私はカルチャーショックを受けた。

 渡航前に、本で「英国の犬は吠(ほ)えない。馬は蹴(け)らない」と読んだ通り。動物の扱いのうまさは、国民性かとも思った。

 だが、そんな英国も今は変わった。私がいた時期は競馬産業に勢いがあり、きゅう務員も腕利きが多かった。だが、貴族社会が揺らぐとともに、大手の馬主が離れ、きゅう舎で働く人の待遇も悪化した。

 英国は馬の日常の世話と調教を同じ人が手掛けるラッド(持ち乗り)制を採っているが、いつしか人手不足で、1人2頭持ちが3頭持ちとなり、仕事の質も落ちてきた。月給は今の日本で言えば15万円程度。肉体労働だから、40歳を過ぎても続けられる人は1きゅう舎で2、3人程度。ほかは30代半ばで見切りをつけて、別な仕事を探すのである。

 それでも、子供や子育てを終えた主婦が馬に乗っているのを見ると、さすがに発祥の地と思う。そういう伝統のない日本では、JRAの厚遇が多くの人を馬の世界に引き寄せ、世界との距離を縮める原動力となった。だが、近年は馬券の売り上げ低下とともに、賞金や手当の削減が進み、きゅう舎人の厚遇への風当たりも強くなってきた。

 払う側にすれば、安い方がいいのは当然だが、競馬場で見るレースは華やかでも、馬を扱う仕事は、朝から晩までふん尿のにおいにまみれる3K労働である。仕事に見合う対価がどの程度であるかは、とても難しい問題だが、収入に見合った技術と誠意を示すことは、最低の責任であると思う。


 藤沢 和雄(ふじさわ・かずお)
 1951年9月、北海道生まれ。52歳。88年3月開業。93年に初の全国最多勝。95年から9年連続全国最多勝を継続中。98年にタイキシャトルで仏GT制覇。シンボリクリスエスは一昨年から2年連続で年度代表馬に選出された。

[2004年04月13日/日本経済新聞 朝刊]



 
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■藤沢和雄の「伯楽一顧」
■北海道牧場紀行
■初心者入門

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   第1回 馬に個性、難しい調教
第2回 馬を育てる騎手
第3回 発祥の地の光と影
第4回 クラシックに向けて
第5回 勝敗、施設次第なのか
第6回 ポストサンデー
第7回 世界と戦うために
第8回 従業員と向き合う
第9回 敗戦をどう生かすか
第10回 馬の頑張りに声援を
   


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