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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (4/19)底流にあるものは何か? 春闘、皐月賞…
 皐月賞で1番人気に推された北海道・道営所属のコスモバルクは惜しくも2着に敗れた。筆者も何かに負ける場面は想定したが、その場合は先に前に出て、後続馬に差されるパターンと思っていた。予想外の展開を演出したのは、陣営が逃げを宣言していたマイネルマクロス・後藤浩輝の出遅れである。コスモバルクの五十嵐冬樹もおそらく、この場面は考えなかったに違いない。結局、弥生賞と同じくメイショウボーラーが先手を取ったが、前半の1000メートルは59秒7のスローペース。しかも、1000―1200メートルのラップが最も遅い12秒5だった。勝ったダイワメジャーにとっては、3着だった前回のスプリングSの流れ(1000メートル59秒7=やや重)の方が厳しかったはず。当然ながら、後続馬は全く動けない。2番手にいたダイワメジャーが弥生賞のコスモバルクと同じ立場になり、展開と高速馬場の利をフルに生かした。デムーロは実に44年ぶりの皐月賞連覇である。

 “魔の桜花賞ペース”が今や死語になったように、大レースのスローペース症候群も定番である。誤解を恐れずに言えば、スローペース症候群の背後には、JRAの金満競馬に牙を抜かれた騎手たちの闘志不足があると筆者は思っている。今回はJRA生え抜き以外の騎手が7人も参戦していたが、G130連敗中の美浦所属騎手(今回は5人が参戦)の1人が、レースの様相を変えたわけである。地方所属馬初のクラシック制覇。外きゅう制適用第一号…。コスモバルクは今回、余りにも多くの荷物を背負っていた。五十嵐冬樹は今回が2度目の中央のG1騎乗。前回は昨秋の天皇賞で、全く人気薄のトレジャー(15着)だった。レース後、「前と後ろと、どちらを警戒していました?」と尋ねると、五十嵐は「そりゃあ、後ろでしょう」と答えた。だが、18日の中山の芝は先行馬の天下だった。経験不足とのしかかる重圧ゆえに、JRA騎手たちのつくる、緩み切った磁場に脚を取られた。そんな総括ができるのではないか。

 今さら繰り言だが、「負けて強し」と言うことはできる。400万円のザグレブ産駒が、民間の育成牧場で鍛えられて、8頭のサンデーサイレンス産駒を向こうに回す戦いを見せた。その意義はどれだけ強調しても「過剰」ということはない。競馬主催者が所有する施設に、馬と関係者を囲い込んで行われる「競馬」のありように、一石が投じられたのだ。実はこの点ではJRAも地方競馬も潜在的に同じ問題を抱えている。だが、地方競馬はその弊害が表面化するには、余りにも貧しくなりすぎた。それゆえに、ひとり中央競馬が、金満競馬を続けてきた後遺症に悩まされていると言っても良い。

 折しも、レースの3日前の15日、JRAのきゅう舎従業員の春闘が妥結した。今年は労組側が久々に開催ストを通告し、桜花賞ウィークには一部で交渉の先行きを危ぶむ声もあった。使用者側(日本調教師会)から、定期昇給の凍結論が出ていたためだが、8日の団交で使用者側は有額回答を提示。これを受けて労組側も同日、スト指令を解除。積み残された問題も、15日で一応の合意に達した。今回、使用者側が定昇凍結に言及した背景には、昨年暮れに日本馬主協会連合会(JOA)が、自らのきゅう務員に対する「使用者性」の有無を公正取引委員会に照会。「労使交渉の当事者たり得る」という“お墨つき”を得ていた事情がある。JRAの馬主が、馬の飼養・管理コストとしてきゅう舎に支払う預託料の約7割は、人件費で占められると言われる。近年、JRAは特別出走手当の支給条件を厳格化したり、成績不振馬の出走制限を強化するなど、レースの競争性を高める方向に動いている。従来は月2回の出走で得られる手当が、月額の預託料にほぼ見合う水準だったが、この図式が崩れたため、馬主側は預託料の主要部分引き下げに動いたのである。

 ただ、いきなり「定昇凍結」というのは交渉戦術以前だったと言うべきだろう。一般経済社会でも近年は賃下げが当たり前になったが、それが可能なのは企業であれ、業界であれ、「外部」を持っているからである。日本の工場労働者の賃金が下がるのは、低賃金で「世界の工場」となった中国の存在を抜きには語れない。国内に限定しても、正社員の給与が値切られるのは、パートや派遣労働と言った企業側に相対的に有利な雇用形態が広がってきたからだ。ところが、中央競馬にはそのような「外部」がない。だからこそ、スト戦術は今なお有効なのだ。それに、定昇凍結にしても賃下げにしても、おそらくは一律に行われるが、これもおかしな話ではある。ひと口にJRAのきゅう舎と言っても、上下で50倍という賞金格差がつくこともある。馬の資質に差があるのは無論だが、仕事の質が格差の一因である。一律の下げは競馬社会の実情にそぐわない。

 本来、個々のきゅう舎、従業員への評価は、それぞれのパフォーマンスに即しているべきだが、実際には年功序列的な給与表が存在している。実は、きゅう舎に就業する際の方法に問題がある。各従業員は形の上では調教師会に一括的に雇用され、配属先きゅう舎を自ら選択できない。この状況で、仮に各きゅう舎が別々の給与表を持っているとすれば、就業時に下位きゅう舎の配属となった人は著しい不利益を受けることになる。もちろん、移籍の道はあるが、空きポストがなければ、上位きゅう舎に移ることも不可能だ。こうした事情から一律の給与表が採用され、給与水準は労使協定の形を取る。いきなり変えるのは大変な力業。というより、無理筋である。きゅう舎従業員の給与問題は、複雑怪奇なきゅう舎システムの局部に過ぎず、そこだけを捕らえるのは短絡的アプローチだろう。

 ただ、さしもの内きゅうにも、変化の兆しはある。一部の上位きゅう舎で、長年続いた「1人2頭持ち」の慣行を見直す動きが出ている。嚆矢(こうし)は栗東の森秀行きゅう舎で、ここは各種表彰の際も「担当きゅう務員」が存在しない。従業員全員で個々の管理馬をケアするという形である。同様の動きは美浦の一部でも現れつつある。担当馬制の問題に限らず、成績の良いきゅう舎は概して、仕事の密度も高い。だが、ことは大動物相手の肉体労働である。加齢によって、密度の高い仕事が難しくなった従業員をどう処遇するか――。調教と日常の世話を同じ人が行う「持ち乗り」が普及した栗東では既に、「持ち乗り従業員が高齢化したらどうするか」という問題が、小声で語られ始めた。労働側にとって、賃上げではなく雇用確保が主要課題となる時は近づいている。一定年齢を超えた人は軽い作業に転換する一方、体力、技術のある人には3頭持ちも認める。一例に過ぎないが、こうした対応がいずれ必要となろう。

 ただ、それを内きゅうの枠組みで進めるには、当事者の合意の上でルールを作るほかはない。実は最大の問題は、馬主、調教師、労組などの当事者が、ルールづくりに当たる事務局機能を持っていないことだ。JRAは人的資源を持っているが、相手は競馬施行者。丸投げは筋違いだし、JRAも嫌がるに決まっている。今回の労使交渉の過程で、労働環境についての協議機関が設置される方向が決まった。毎年、春先だけ大騒ぎする状況と比べれば一歩前進だが、双方に主体的に取り組む姿勢がなければ、問題は前に進まない。

 この季節に「スト」の2文字がちらついたのは、1999年以来、5年ぶりである。同年は交渉が決裂し、4月3日の3場開催が中止された。それ以前の中止事例は80年までさかのぼるが、当時は調教ストも頻発し、トレセンでピケラインを挟む攻防が展開された。競馬をマヒさせるなら、調教ストの方が強い戦術だが、労組内部でも個別利害の違いがあり、こんな戦術を採れば組織が持たない。故に開催が人質に取られるのだが、この状況は「外部」の存否と絡む。外きゅうとは究極的には、「自分のやりたい競馬をする」ための器であるべきと筆者は考えている。「従業員の人間らしい生活」という最低限の条件を満たせば、競馬にアプローチする人も、方法論ももっと多様であって良い。また、多様であることは、「組織の論理」で競馬開催が人質に取られる状況の歯止めにもなる。内側で進む変化を加速させるには、外部の風を取り込むことが欠かせない。コスモバルクを一陣の風で終わらせては、競馬全体の損失となる。



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