NIKKEIデイリースポーツ サラブnet HorseRacing Info サラブnet
ホーム 重賞レース情報 重賞レース結果 最新競馬ニュース 競馬読み物
■ 競馬読み物
  ■専門記者の競馬コラム
  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (3/8)検証・競馬法改正(1) 迷走2年の果てに…
 1990年代の日本が「失われた10年」と表現されるようになって久しい。長期化する不況と深まる社会不安に出口が見えない中で、改革の必要性は叫ばれるが、遅々として進まない。「改革」のかけ声だけが耳障りなほどに聞こえたことも、かえって聞く側のいら立ちを増幅した面もある。「政治改革」が叫ばれ、選挙制度が変わっても、政治とカネの問題が改善に向かった形跡はない。官僚主導の政治、行政のあり方は問題にされても、具体的な改革のプログラムが俎上(そじょう)に上る段階では、知識、情報を独占する官僚はきっちりと利権を確保する。利用率の低い高速道路を、今後も造り続けると宣言したに等しい道路公団「民営化」。そんな図式ばかりを見せられると、「改革」と聞いただけでマユツバに思えてくる。

 では、競馬界の「改革」の真贋(しんがん)は? 1991年以来、13年ぶりの競馬法改正案が3月5日、閣議決定された。政府提出法案として開会中の通常国会に上程され、参議院先議で審議入り。今国会で順調に成立した場合、関係政省令の改定を経て2005年1月1日の施行というスケジュールとなる。今回から3回に渡って、法改正について検証するが、一連の過程を見ると、「改革」のかけ声も決して大きくなく、当然、骨太の論議を伴ったものでもなかった。地方競馬の惨状で、文字通り尻に火のついた農水省が、極めて不十分な「敗戦処理」の枠組みをつくったというのが実態である。

 改正法案の要点は、(1)競馬実施に関する業務の委託制度の見直し(「JRA→地方主催者、私人」「地方主催者→JRA、私人」の委託を可能に)(2)重勝式の導入。的中者がなかった場合のキャリーオーバーの導入(3)単勝式、複勝式の5%の「給付金」(JRAのみが実施)を払戻金に一本化(4)学生・生徒の馬券購入制限を撤廃し、年齢制限のみとする(5)地方競馬の収支改善促進(後に詳述する)(6)ノミ行為防止のため、競馬主催団体職員に勝馬投票「類似行為」を認める――ということになる。だが、今回の法改正の「マストアイテム」は、(5)とそれに連動した(1)の2つだけと言っても過言ではない。他の4点のうち、(6)以外は「やるに越したことはないが、緊急性はない」テーマ。(6)は項目自体に問題がある。なぜ現段階で、緊急性に乏しいアイテムが4つ並んだのか? 1番の緊急課題だった地方競馬対策を巡る迷走ゆえに、厚化粧が必要になったのだ。

 迷走が始まったのは2001年。農水省が生産局長の私的懇談会「地方競馬のあり方に係る研究会」を設置した時点にさかのぼる。研究会は同年8月から12月にかけて、4カ月弱の短期間に6度の会合を持ち、「中間報告」を提出した。筆者もこの研究会の末席を汚していて、中間報告に対しては一定の責任を負う立場にあるが、結論から言えば、報告はその後の経緯の中で宙に浮いてしまった。この間の事情については後述するが、まず研究会の議論と中間報告について簡単に触れておく。報告書は、地方競馬の再建策として、(1)全国的興行の推進(2)運営への民間的センスの導入(3)主催者の負担軽減措置(4)中央競馬との連携強化――などを挙げている。具体的には、(2)は馬券発売業務の民間委託、(3)は各主催者が地方競馬全国協会(NAR)に支払っている交付金の減免、(4)は中央、地方間の馬券発売の相互委託などを想定したものだ。結局、今回の改正案で出てきたテーマの大半は、中間報告に出ている話なのだ。唯一異なるのは、今回の法案が「ブロック化」を打ち出し、主催者に事業継続の可否を判断するよう迫っていることだが、これは報告が2年も放置された間に、状況がさらに悪化したことを反映しているに過ぎない。

 研究会の構成は、まな板の鯉(こい)の立場の主催者やNAR、利害関係団体の代表者が多く、また学識経験者の中にもNARや各主催者と関係の深い人も多かった。そのため、議論自体も現実を直視していたとは言い難い。討議も振興策や組織のあり方に関する具体論より、騎手・調教師の免許機関一本化問題の方が活発だった。これは、安藤勝己騎手を初めとする地方所属騎手の中央流失という今日的状況を踏まえたもので、NARの息の根が止まる日を想定した“後始末”の色彩が濃いが、農水省も一度は解決に動いた。しかし、着地点の設定が難しく、「地方競馬を丸ごと背負わされる」と警戒したJRAが激しく抵抗。指一本、触れられずに終わった。

 免許機関一本化は沙汰(さた)やみとなったが、中央・地方間の相互委託、業務の民間委託、交付金の軽減と言ったテーマは、速やかに法案化されるべきものだった。実際、経済産業省は競輪、オートレースに関して、似た趣旨の法案を2002年に成立させている。ところが、ここから2年に及ぶ迷走が始まった。引き金はBSE(牛海綿状脳症)問題の深刻化で、拍車をかけたのは当時の武部勤農相その人だった。BSE問題を所管する農水省生産局は、競馬の担当部署。対策に忙殺され、競馬法改正どころではなくなったのだ。

 ここまでが迷走第一幕なら、第二幕の主役は武部氏である。国産牛の買い取りを初めとする農水省のBSE対策は、余りに業界寄りで世論の強い反発を買い、武部氏のイメージも失墜した。失地回復を狙ってか、2002年に入ると武部氏は突如、「競馬改革」を声高に叫び始めた。実は当時、JRAの高橋政行理事長が特殊法人一律の役員報酬引き下げに抵抗し、武部氏の怒りを買うという事件もあった。息巻く武部氏は自ら、JRA「改革」に向けた有識者懇談会の人選に乗り出し、当初は武部氏に近い芸能関係者の名前さえも取りざたされた。だが、ことごとく委員就任を固辞され、すったもんだの末に決まったのが、今回の「有識者懇談会」の8委員だった。

 有識者懇談会は「研究会」とは打って変わって、業界色が薄く、競馬の知識に乏しい人も目立つ構成となった。元東京高検検事長の根来泰周氏(座長)、NTTコミュニケーションズ社長の鈴木正誠氏を配した顔ぶれを見れば、事情に明るくない人は「すわJRA民営化論議か」と誤解したに違いない。だが、JRAが特殊法人である背後には、刑法の賭博罪がある。民営化問題は、「刑法の適用除外」という日本の公営競技の位置づけの変更を伴う大テーマだ。農水省だけで議論できるはずもない。結局、積み残された中間報告の後始末が、懇談会の存在理由となった。第三回会合で、中間報告について説明を受けた根来氏が「まだ研究は続いているのですか」と質問、農水省側が返答に詰まる一幕があった。中間報告を積み残した失態と、武部氏の迷走は、確かに説明に窮する話ではある。

 懇談会は2002年11月から1年3カ月の間に、9回の会合と2度の秘密会を行った。第7回以降は、議事録の公開されていないため、議論の詳細は不明だが、「研究会」と比べても、動きは余りにスローモーだった。各委員が多忙で欠席も非常に多かったことに加え、競馬事業のイロハさえ知らない委員に、アウトラインを伝えるだけで途方もない労力を要したからである。懇談会と並行して、国会で自民、民主両党が競馬に関する議員連盟を立ち上げ、生産界救済に動き出すと、農水省は二正面作戦を強いられた。結局、懇談会報告が農水相に提出される(3月3日)より前に、自民党の農業関係部会への改正法案の説明が始まるという“逆転現象”も起きた。

 研究会の中間報告から2年を空費し、経産省も手をつけた改正内容だけを処理するのでは余りに体裁が悪い。有識者懇談会でもさほど議論されず、ファンの間で機運が盛り上がっていたとも言い難い重勝式が復活したのは、厚化粧の最たるものだ。では、置き去りにされた「骨太の議論」とは何か? 「財政競馬に替わる競馬像の提示」である。地方競馬の失敗は、「官業の失敗」の一局面にほかならない。破たんした「官業としての競馬」に幕を引き、官から自立した競馬を立ち上げる。その上で、競馬と社会との合理的な関係を模索する。極めて難しい事業だが、競馬の再生には不可欠である。だが、困ったことに(?)、今もJRAは財源と利権を生み出している。霞ケ関などに多く生息し、この利権に群がるパラサイトの存在が、「官業としての競馬」の幕引きを阻んでいるのである。



■コラム一覧
■藤沢和雄の「伯楽一顧」
■北海道牧場紀行
■初心者入門

  ■コラム一覧
   (2/13)"馬房返上"は何を映すか
(1/23)2つの"条件付き存続" 生き残りに何が必要か?
(12/27)不敗神話が終わって…
(12/5)NAR"改革の"虚実
(11/14)JBCはどこへ行くか
(10/31)想定外と予定調和 三冠達成で見えたもの
(10/17)公営競技関係法人"改革"の行方
(9/26)3期目に入った高橋体制
(8/29)改正競馬法は機能するか? 連携事業を巡って
(8/1)脅威か福音か ダーレー・ジャパンと日本競馬
(7/16)全員参加の消耗戦 第8回セレクトセールから
(7/4)ネットバンキングと電話投票新時代
(6/13)アジア競馬と日本
(5/9)基盤を失った長距離G1
(5/1)生産地も形無しの盛況・JRAブリーズアップセール
(4/19)活躍する高齢馬の影で
(4/4)コスモバルクの失速に思う
(2/21)免許制度のパラダイム転換
(1/11)“競馬存続”のダシにされる馬たち
<2004年>
(12/20)「優等生」の蹉跌 危機を迎えた岩手競馬
(12/6)曲がり角のジャパンC
(11/22)「民間委託」という幻想
(11/15)リストラ不可避なダートグレード競走
(11/4)重ならなかった軌跡
(10/18)先の見えない騎手育成問題
(9/21)祭りは終わった ハルウララの移送を巡って
(9/13)“配分の競馬”が迎えた隘路
(8/9)衰退産業の不気味な符合・パート2 失速した地域志向
(7/18)予想覆した大相場 第7回セレクトセールから
(6/14)敗者の作法を巡って コスモバルクのダービー
(5/31)迷走するパート1入り
(5/17)ねじれたホームとアウェイ コスモバルクの挑戦の行方
(5/10)退屈な198秒の後で
(4/19)底流にあるものは何か? 春闘、皐月賞…
(4/5)停滞期に入った?ダート路線 第9回ドバイW杯から
(3/22)検証・競馬法改正(3) 目玉は現状追認
(3/16)検証・競馬法改正(2) 具体性欠く地方競馬対策
(3/8)検証・競馬法改正(1) 迷走2年の果てに…
(2/23)硬直した馬房配分――メリット制は始まったが……
(2/9)衰退産業の不気味な符合
(1/26)「民営的手法」の虚実――JRAの"ガラスの天井"
(1/13)クラブ法人――我が世の春?
<2002年>
(12/24)2002年の終わりに―「会議は踊り、危機は深まる?」
(12/9)早田牧場の破たん――生産界の危うさを露呈
(11/25)官と民のはざまで――問われるJRAの自浄能力
(11/11)祝祭から遠く離れて――日常に埋没するニッポン競馬
(10/28)ポスト三大種牡馬の模索
(10/15)ダブル免許問題とJRA
(9/30)第二期高橋理事長体制の課題
(9/9)有馬記念日程問題が決着――JBCの行方は不透明
(8/26)ポストサンデーの日本競馬――名種牡馬の死は何をもたらすのか?
(8/19)失われた?競馬の発信力――市場の開放性高め、スターを生む環境を
(8/5)騎手、ダブルライセンスの行方――公正な競争の実現を
(7/22)活況の背後に迫る危機?――セレクトセールから
(7/8)高齢化するオープン馬――進まぬ世代交代
(6/24)供給過剰とダウンサイジング・「冬の時代」の公営競技のあり方
(6/11)番組の再検討――宝塚記念をどうするか?
(5/27)新種馬券導入とファンの変容・浸透するか馬単と3連複
(5/13)2002年ダービープレヴュー・90年代の変容を映す
(4/29)JBC発売問題――中央・地方協調時代に幕?
(4/15)馬主登録という迷宮・調教師の馬所有の是非
(4/1)内国産種牡馬の新たな波・活力見せる在来血統
(3/18)“低資質馬整理”ルールと除外問題の行方
(2/25)ダート競馬の成長・変容するニッポン競馬
(2/12)総務省勧告とウインズの行方
(1/28)高まるきゅう舎制度への風圧――預託料自由化の波紋
(1/17)伸び悩む若手騎手――背後に競馬界の構造変化
<2001年>
(12/31)競馬この1年(下)あえぐ地方競馬――経費削減いばらの道
(12/30)競馬この1年(中)若手伸び悩み――「結果第一」かからぬ声
(12/29)競馬この1年(上)海外躍進の陰で――カネかけぬ育成法探る
(12/28)地方競馬は生き残れるか?――模索すべき中央と地方の新たな関係
(12/17)“居場所”がない競馬・見送られた独立行政法人化
(12/3)世界の技量に最強馬が沈黙――固定的な騎手選びに一石
(11/19)芝・ダートの“クロスオーバー”進む
(11/5)“凡戦”菊花賞と長距離戦の行方
(10/22)田原調教師逮捕――管理競馬の限界が見えた
(10/9)待ったなしの賞金削減・主催者の裁量権行使で改革実現へ
(9/25)競走馬の耳に発信機、田原調教師の処分・管理競馬のゆがみ映す
(9/10)JRAのリストラと生産界・自立の道は遠く
(8/27)危機深まる地方競馬・自治体の責任を問う
(8/13)“ミスター競馬”の遺したもの
(7/29)横浜新税、国地方係争処理委員会の責任回避
(7/16)セレクトセールの3年・影落とす日本競馬の先行き
(7/2)宝塚記念などが国際格付けへ
(6/18)再論―馬主団体のあり方を問う
(6/4)“三冠セット論”を卒業しよう
(5/21)農水省とJRAの不可解な関係・口蹄疫問題で表面化、国際化の妨げに
(5/9)きゅう舎制度改革の行方
(4/19)東西格差ときゅう舎制度改革
(4/2)横浜新税問題、第2ラウンドへ
(3/19)サッカーくじ発売と日本のギャンブル
(3/13)危険な“血の飽和”・サンデー産駒増殖で深刻な活力低下の恐れ
(3/7)馬券と税・英は控除金廃止へ、日本では引き上げの懸念も
(3/7)際立つ欧州騎手の活躍・短期免許で日本競馬が“草刈り場”に
(2/26)「組合馬主制度」は機能するか?
(2/19)「狭き門」調教師試験・進まぬ新陳代謝、求められる“荒療治”
(2/12)芝から砂へ―日本のダート競馬の可能性
(2/8)ダート戦、マイナー扱いは時代遅れ
(2/8)日本で少ない競走馬のトレード・調教師確保がハードル
(1/31)新種馬券をめぐって―“制限”の根拠を問う
(1/22)「1歳の差」――タイムリーな満年齢表記
(1/16)問われる馬主団体のあり方・運営ゆがめるJRAの“過剰サービス”
(1/16)競馬界の「西高東低」――従業員の仕事に質の差?
(1/1)ファン不在、財政のための競馬――問題はギャンブルをめぐる不条理
<2000年>
(12/18)課税の根拠は矛盾だらけ――JRA“狙い撃ち”の「横浜新税」
(12/4)最強馬の2001年は? テイエムオペラオーの今後
(11/20)JRA“総見直し”の限界
(10/30)オペラオーと和田騎手、難コースを強気の攻略・1番人気連敗「12」で止める
(10/23)クローン名馬は夢のまた夢
<参考>国際ルール「自然交配だけ」・希少だから高額取引される種牡馬
(10/10)横浜市長の“ローブロー”・横浜場外の課税問題
(9/25)「予備登録枠」拡大は、きゅう舎間競争の促進につながるか
(9/10)名伯楽逝く・地方から中央に挑戦
(9/4)大量種付け時代の到来、人気種牡馬の経済的価値急騰・強い馬の引退などの弊害も
(5/15)世紀末に神様が与えてくれた2頭の傑物
(8/21)関東のメーン開催、低調な夏・各競馬場で高額条件馬の綱引き、北海道に資源の集約を
(8/10)女性騎手、懸命の手綱・中央競馬にわずか5人
<参考>女性騎手、偏見との戦い・「地方」では延べ43人
(8/7)出走馬選定ルールが一部変更・日常的な「除外」、「機会均等」ルールの見直しを
(7/24)実感される層の薄さ・見直すべき騎手育成のあり方
(7/11)4月誕生の馬に3億2000万・北海道の競走馬せり市
(7/10)ジョセフ・リーさん・ドバイの名馬を手がけた調教手腕を「育成牧場」で
(6/26)故障に泣いた「未完の大器」グラスワンダー
(6/12)香港発の黒船・安田記念から
(5/29)最強の騎手と調教師が連携・世界を見据える藤沢=武豊タッグ
   


著作権は日本経済新聞社またはその情報提供者、およびデイリースポーツ社に帰属します。
Copyright 2006 Nihon Keizai Shimbun, Inc., all rights reserved.
Copyright 2006 Daily Sports, Inc., all rights reserved.