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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (2/9)衰退産業の不気味な符合
 プロ野球の第11代コミッショナーに2月1日、元公正取引委員長の根来泰周氏(71)が就任した。根来氏と言えば、農水省が設置した「我が国の競馬のあり方に係る有識者懇談会」の座長である。懇談会の報告がまだ出ない段階で、根来氏は重職に就き、農水省は6日、自民党農林部会に競馬法改正案の通常国会提出を報告した。不思議な過程と言うほかはないが、今回の本題は別な話である。地方競馬の苦境が叫ばれる中で、「競馬界にもコミッショナーが必要」との主張が時折聞かれるようになった。では、コミッショナーのような存在が機能する土壌が、競馬界、いや日本社会にあるのか? そこで、既にコミッショナーが存在している野球界の現状を考えてみると、不気味なほど、競馬界と符合する点が多かった。端的に言えば、ダメなところが実によく似ていて、寒心に堪えなかった。

 筆者は1992―94年の3シーズン、プロ野球を取材していた。当時は発足したばかりのJリーグのバブル的な人気という衝撃を受け、球界が大きくカジを切ろうとする時期だった。93年にはフリーエージェント(FA)制が導入され、同年オフに落合博満・現中日監督が巨人にFA移籍。1球団2人を上限に、大学生、社会人の逆指名を導入したのも93年。人気球団に人的資源が集中する流れはここで決まった。FAも逆指名制度も、「選手側の選択権を認める」建前だったが、現実には巨人の渡辺恒雄オーナーの周辺から漏れだした「新リーグ構想」の影を抜きには語れない。他球団、特に不人気なチームは、球界から排除される恐怖に縮み上がり、明らかに巨人有利のルール変更にもかかわらず、さしたる抵抗もしなかった。日本のプロ野球の真の支配者は誰か? この過程を見れば、正答が「コミッショナー」でないことに、疑問を差し挟む余地はなかった。

 球界におけるコミッショナーの位置は、建前上は「高い立場の調停者」だろう。法曹や行政官出身者が座を占めるのも、そんな位置づけゆえである。根来氏も検察ナンバー2の東京高検検事長まで歴任した。だが、過去を見れば、コミッショナーの存在感は極めて薄かった。70年代末、飛ぶボールや球場の狭さを問題にした下田武三氏(故人)の業績が今も語られるのは、後続の「軽さ」の反映にほかならない。野球協約では、オーナー会議にコミッショナーへの拒否権を認めるなど、制度上の問題もある。下田氏も当時のオーナー連には疎んじられた。新リーグ構想が浮上した際も、野球協約は、一部球団が脱退の動きを見せた場合に、日本野球機構が取りうる強硬措置も規定している(36条、57条)のに、機構は関係者に真意をただすことなく、なし崩しにFAや逆指名制度の導入を進めた。

 根来新コミッショナーの“初仕事”は、近鉄が打ち出した「球団名売却」騒動の処理だった。売却が不可能となった今、球団自体の身売りが現実味を帯びつつあるが、ここにも巨大な障壁がある。既存球団を譲り受ける個人・法人は、加入するリーグに30億円の参加料を支払う義務がある(なぜ独禁法に触れないのか不思議だ)。この不景気の折、球団買収額とさして変わらない参加料を払うお大尽企業がどこにあるだろう。こんな調子では、近い将来には身売りどころか、球団の解散も絵空事ではない。FAや逆指名によって年俸高騰に拍車がかかり、白旗を揚げる球団が相次ぎ、なし崩しに1リーグへ――。今回の騒動は、球界が10年前に敷いたレールを寸分の狂いもなくひた走っている何よりの証拠だ。1人のガリバーに力が集中し、球団の数が減る。どこかの業界に似ていないだろうか?

 かなり強引なのは承知で例えてみる。競馬界におけるJRAは、巨人にセ・リーグの機能を付加したような組織。地方競馬全国協会(NAR)はパ・リーグ。地方の主催者はパの各球団。これでは、セ・リーグの残り5球団がないが、強いて言えば中央の馬主やきゅう舎関係者となるか…。では、コミッショナーはどこに? 消去法で言えば、農水省(競馬監督課)となろう。JRAとの競合で敗れた地方競馬場が次々に撤退し、各主催者の交付金で運営されるNARも存亡の危機を迎えた現状は、パ・リーグと相似形である。

 競馬法改正案が成立すれば、地方競馬のブロック化が本格的に動き出すが、“敗者連合”という性格から見て成功の確率は極めて低い。とすれば、競馬界の将来は、JRAとせいぜい2、3カ所の地方競馬場が生き残り、それぞれが個別に関係を結ぶ構図となる可能性が最も高い。プロ野球界で言えば、巨人を中心とした1リーグ体制にそっくりである。ガリバーが健在ならまだ良いが、JRAの売り上げも、巨人戦のテレビ視聴率も、長期低落傾向を脱する気配がない。「ガリバー中心の再編がなし崩しに進む衰退産業」。日本のプロ野球と競馬には、不気味なほど共通点が多いように思える。

 次に、コミッショナーの機能不全について考えてみよう。「高い立場に立つ調停者」が必要な理由はほかでもない。現存する組織が一元的でないからである。野球に関して言えば、両リーグだけでなく、アマチュアの競技団体もあり、実はそれぞれが有力な全国紙と深いかかわりを持っていた。読売は今もセに球団を持ち、毎日は以前、パに球団を持っていた。社会人は毎日、学生は朝日と近い。しかも、巨人と他の11球団の力関係の非対称性が増しているプロ球界では、「高い立場に立つ調停者」は著しい機能不全に陥る。

 農水省が競馬界の調停者として機能しないのは、彼らがJRAのパラサイトだからである。JRAは3000億円以上の国庫納付金を納める、畜産行政のスポンサーで、天下り官僚まで受け入れている。扱うテーマにもよるが、ダブル免許のような問題では、JRAの軍門に下ることになる。農水省は「官」そのものだが、野球のコミッショナーも過去二代は吉国一郎氏、川島広守氏と官界出身者が続いた。経済的な力に対抗しうるのは、「哲学」のはずだが、官の無色さは哲学不在と背中合わせ。特定勢力と骨がらみでない公平な立場の人が、個別的利害関係を超えた理念を打ち出して世論を動かし、強者に譲歩を迫る。こんな場面は日本ではまず見られない。

 同じガリバーと言っても、JRAは巨人と異なり、あくの強いオーナーもいない。何より、様々な法規制に服していて、「思う通りに事が運ばない」という不満を感じている。ただ、二つのガリバーに共通点があるとすれば、業界全体に漂う“先細り感”を打破するヴィジョンに欠けることだ。両者のガリバー化は、一面では顧客の選択の結果であり、日本人の中央集権指向、ブランド指向の強さを感じざるを得ない。いくら力があっても、「競技全体の普及発展」という課題を個別球団(主催者)に丸投げするのは無理がある。

 組織が一元的で、ガリバー不在の世界も身近にある。サッカー界である。誰もが最高実力者と認める川淵三郎氏が、最高責任者(日本サッカー協会会長)でもあり、責任の所在は極めて明確だ。「競技の普及発展」という目標が共有されているから、新規参入はむしろ奨励される。仙台や新潟にJ1クラブが誕生する半面、優勝経験のあるチームも常に2部落ちのリスクにさらされている。経営不振に陥った神戸に、「楽天」の三木谷浩史氏が経営参加したことも象徴的な出来事だった。新加入者から30億円も取ったり、そもそも民間人が主催者になれないような業界では、「競争」もしょせんコップの中の嵐。不毛な体力勝負の果てに、寡占が進むだけである。

 「寡占化と業界全体の先細り」の流れに、いかに歯止めをかけるか。「コミッショナー」も、この設問への回答として提示されているのだろう。ただ、日本では現実味を欠いている。設置しても、球界と同様、ガリバー(JRA)との関係で苦労するのは目に見えている。JRAが競馬の普及発展に向けたヴィジョンを描いてくれれば話は早いが、JRAはまだ企業としての自立さえ勝ち取っていない。今はあいまいな立場で地方競馬や生産界支援のため、いたずらにカネを投じている段階だ。自立すれば今度は支援策の正統性が問われるディレンマにある。「経営的な自立」と「競技の普及発展」という、時に矛盾する命題を、いかに役割分担するか? 制度・組織疲労を起こした球界にも競馬界にも、解決困難な問題と思う。



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