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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (1/26)「民営的手法」の虚実――JRAの"ガラスの天井"
 年頭恒例のJRA理事長記者会見が1月19日、東京・六本木で行われた。高橋政行理事長は冒頭のあいさつで、政府の進める特殊法人整理合理化計画を踏まえ、経営改革を進める意向を示した。経営改革のキーワードは、「民営的手法」であり、高橋理事長自身、昨年9月のJRA創立記念式典や、今年の新年祝賀式でも、「民営的手法」という表現を繰り返し用いている。筆者は会見の席で、「民営的手法」が具体的に何を想定しているかについて質問した。

 理事長の回答は非常に長いものだったが、要約すると以下の通りである。まず、「JRAはもともと、自ら稼いで独立採算でやっている。効率的運用をしなければ、組織自体が持たない。従って、民営的手法はJRAの組織と何ら矛盾しない」とした上で、運営の指針として、(1)競争原理(2)自己責任(3)採算性・コスト意識――の3点を挙げた。現在の競馬サークルの全体状況に照らすと、3つの指針は主に、サークルの構成員やJRAに向けられたメッセージと言える。護送船団体質を引きずるきゅう舎関係者。趣味・娯楽のはずの競馬で、主催者にリスクヘッジを求める馬主団体。JRAが近年進めている全般的コストダウンも、過去の運営のあり方の反動にも映る。「民営的手法」とは、徹底して内向きな問題設定と言える。

 特殊法人整理合理化計画は、すべての特殊法人を対象に、廃止か民営化、独立行政法人化のいずれかを迫っている。JRAをはじめとした公営競技関係5団体のあり方については、集中改革期間(2006年3月)満了までに結論を得るとされている。農水省では一昨年に大臣の私的懇談会、「我が国の競馬のあり方に係る有識者懇談会」を設置し、今日に至るまで競馬法改正などに向けた議論を進めている。しかし、近く想定される法改正では組織形態問題には触れず、今秋以降、他の4団体と併せて議論が進められる見通しという。

 このような状況下で、農水省次官出身の理事長が「民営的手法」を強調する時、聞く側には最大限の注意が求められる。確かに、JRAという組織は「馬券を売る」存在であり、刑法の賭博罪、富くじ罪の適用除外となっている事実は重い。私人が馬券を売れば、取り締まりの実態はともあれ、犯罪と位置づけられる。従って、組織形態の改変、特に民営化のハードルは高い。しかし、土建国家の旗艦と言える日本道路公団が、実効性はともかく分割・民営化の方向となった。郵政事業の将来も今秋以降、議論される。こうした動きは、競馬利権を握る農水省にとっても対岸の火事ではないだろう。危機感も小さくはないはずだ。「民営的手法」が、現状維持を担保するキーワードに使われる事態は、想定しておく必要がある。

 「民営的手法」にしても「競争原理」にしても、JRAの業務の核心=「馬券を売ること」が競争にさらされていない以上、リアリティに乏しい。ついでに言えば、JRAの経営状況のいかんにかかわらず、売り上げの10%を抜く国は、「自己責任」を全うしているのか? 「価値優位性」から見れば、特殊法人が売る馬券には何のメリットもないか、百歩譲っても実証不可能だ。ファンがJRAの馬券を買う重要な理由は、他で買うと「後ろに手が回るかも知れない」からだ。競合する商品を法律(力ずく)で、「価値劣位」に置いているのが、日本の公営競技である。こう書くとJRAから次のような反論があるだろう。「馬券発売面で競争が行われると、海外のように競走分野にカネが回らなくなり、競馬に悪影響が及ぶ」――。だが、国が主催者を保護して競馬を維持するのはいかがなものか? 競馬は個人の娯楽であり、それゆえ自立が必要なのだ。

 民営化のハードルはわきに置くとして、特殊法人のままだと何が起こるか。一例を挙げると、JRA生え抜き(プロパー)の職員が、理事長になれない。国の行政改革大綱で、特殊法人の役員任期は、最大8年とされているためだ。現在の岡本金弥副理事長は、1996年9月にJRA理事に就任しており、今年9月で8年。満期が迫っている。プロパーの副理事長は、佐藤武良、北原義孝両氏に続き、岡本氏が3人目だが、例外なく理事就任から5年前後で上り詰めた。副理事長を1期3年務めれば、満期で「上がり」の設定である。8年の期限は一見、天下り官Bの長期在任を封じる狙いに見えるが、彼らは複数の団体を渡り歩いて退職金を二重三重取りするのが常。さして意味のない規定が、もっぱらプロパーにのしかかる。

 「民営的手法」を社会に強くアピールするには、トップ人事の改革が最も効果的だ。論者の中には、日産のカルロス・ゴーン社長のような外部の人材登用を唱える人もいる。しかし、競馬という極めて専門的な領域で知識と熱意を持つ人を、2500万円程度の年収で招くのは非現実的だ。第一、トヨタの奥田碩会長をはじめ、多くの民間企業トップはプロパーである。だが、不思議なことに、当のJRA内部から、「プロパーをトップに」という声は聞こえてこない。

 かつて、JRAは事務職採用の大卒者が極めて少なく、大卒者=獣医師に近い状況がかなり続いた。「馬周り、競馬場周りの問題は獣医師。事務的領域は官僚」というすみ分けがあった。今日では新規採用者の大半が事務系だが、50代の幹部候補に占める獣医職の比率はなお高い。こうした状況を考えると、事務系出身の佐藤氏がプロパー初の副理事長になったことは、全く異例の事態だったが、問題はそこに至る過程である。佐藤氏の手法は、関連団体を次々に新設し、農水省OBに天下りポストをたっぷり用意することだった。「役所の論理」を自ら内面化して、新たなポストを得たのだ。

 これは果たして"前進"だったのか? 佐藤氏以降、副理事長ポストは農水省OBとプロパーが交互に占めており、プロパーの陣地を広げたと評価されている。だが、副理事長とは実に微妙なポストだ。確かに5年に1人しか出ない「プロパー右代表」だが、上がりポストで、補佐するのは役所出身のトップ。ただでさえ、ジレンマを抱えている上に、現在の農水省とプロパーが分け合う体制も、近年の慣行に過ぎない。例えば、副理事長ポストをプロパーの完全な領分にしようと考えれば、「忠臣」に徹して、監督官庁の歓心を買う方が確実かも知れない。だが、「役所の論理」を内面化したプロパーとは何か? そういう人がポストを占めても、官僚の天下りポストだった時代とどう違うのか? そんな疑問が沸いてくる。

 個々に聞いて回った訳ではないが、少なからぬプロパー職員は、「組織形態は現状のままでよい」と思っているフシがある。だが、彼らがそう考える限り、JRAという組織の「ガラスの天井」は突き破れない。なぜ、内部からトップが出ないのか。「8年ルール」が障壁なら、特殊法人の衣を脱ぎ捨てる――。そんな主張は、悲しいかな聞こえて来ない。むしろ、ここ1年ほどのJRAは先に述べたすみ分けの時代に、逆戻りしつつあるように映る。馬券を売り、カネを稼いでいる部門の論理が前面に出て来なくて、どこが「民営的手法」なのだろう。競馬、いや公営競技に関する国の政策は、半世紀以上にわたって、「法で禁じながら自分だけはカネを吸い上げる」というあからさまな矛盾を放置している。のみならず、周辺の利権をもむさぼっている。各公営競技で横並びの控除率に顕著なように、顧客は置き去りにされている。この状況こそ、「ガラスの天井」である。公営競技関係5法人で、発売業務を行っているのはJRAのみ。なぜ、売る側の論理を堂々と世に問わないのだろう。

 特殊法人が「特殊」であるゆえんは、霞ケ関の外にありながら、霞ケ関の論理を忠実に内面化していることだ。「良かれ」と思ってのことだから始末が悪い。騎手のダブル免許問題では、例外的に農水省と衝突したが、これも「組織に触られたくない」というお役所的動機だった。道路公団問題が動いたのは、内部からの様々な問題提起が導火線になった(決して純粋な動機だけとは言えないが)。動機は何であれ、「官」側のトップが「民営的手法」を口にするのは、倒錯した構図である。こういう発言が出るのも、「トップ人事こそが問題の核心では」と切り返す人がいなかったからである。



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