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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (12/22)シービスケットとハルウララ
 今年も残すところ10日を切り、本年の当コラムも今回が最後の更新となる。国内競馬界の1年を回顧すると、「トラックではさほど目新しい状況が生まれない一方で、楽屋裏では危機がますます進行した」となるか。ネオユニヴァース、スティルインラブの活躍は、ダイナスティ(王朝)の幕引きが近づく中で、サンデーサイレンス産駒が一層の輝きを見せている象徴と言うべきだろう。その点で新味に乏しいことは否めない。楽屋裏で進行する危機については、年明け以降、嫌になるくらい触れる機会が多くなることを、今から予告しておきたい。前向きなニュースがなかなか発信されない中で、競馬界やファンと言った枠を超えて注目を集めたのが、表題に挙げた2頭だった。前者は1930年代末の米国のアイドル。後者は高知県競馬で14日にデビュー100連敗を記録した現役7歳牝馬である。

 「シービスケット」は、米国の女性競馬ジャーナリスト、ローラ・ヒレンブラント氏の大著で、400万部を超えるベストセラーとなり7月末に米国で映画化。米国競馬界挙げてのPRもあって、好調な興行成績をあげ、アカデミー賞の有力候補にも挙がっている。日本では年明けの1月末に封切りの予定だ。筆者は7月に翻訳(奥田祐士氏訳、ソニーマガジンズ刊)を読み、9月には映画の先行試写を見る機会もあった。映画の方はゲイリー・スティーヴンスやクリス・マッキャロンといった名手がレースシーンを彩り、なかなかの出来栄えだが、何しろ原作が521ページの長尺。かなり簡略化した感がある。映画を先に見てから書籍を手にすると良いかも知れない。

 血統も馬体も全く見栄えがせず、2―3歳時は負け続けていた主人公シービスケットが、偏屈な調教師と出会って素質を開花させ、当代の名馬ウォーアドミラルをマッチレースで破り、故障を乗り越えて最高賞金レースのサンタアニタH(現存する・G1)を勝つ。ごくストレートな名馬物語である。書籍を見て感じたのは、米国競馬の「変わらなさ」である。時折出てくる調教タイムは現代にかなり近い水準。調教師とマスコミのだまし合いはいずこも同じと言うべきか。騎手たちの置かれた「人権以前」の境遇はさすがに改善されたのだろう。ただ、競馬の施行に関しては、今日の米国のイメージとかけ離れたものではない。特に、クライマックスというべきウォーアドミラルとのマッチレースに至る駆け引きは興味深い。

 今日と異なり、当時の米国では西海岸の競馬が一段下に見られていた。西海岸の王者シービスケットが全米で実力を認められるためには、ニューヨークの強豪ウォーアドミラルを倒すしかない。手を替え品を替えてマッチレース実現を迫るシービスケット陣営と、渋るウォーアドミラル陣営。メディアを巻き込んでの神経戦は、格闘技業界のマイクパフォーマンスを思わせる。ただ、かの業界と異なるのは、当時の状況から見て対決は一度きりというムードが濃かったことだ。高額賞金は別として、勝ってもメリットの薄いウォーアドミラル陣営が、なぜ最終的に対戦に応じたかは原作でも詳細には触れられていない。ただ、「西部劇の国」での「敵前逃亡」がいかに不名誉かを考えると、国柄の現れた話と見ることもできる。

 もし書籍を手にされるのであれば、競馬場が強い馬を巡って綱引きを展開する図式にも注目して頂きたい。この点は米国競馬の特徴であり、全国的なレース体系が整わないという弊害にもつながっている。NTRA(全米サラブレッド競馬協会)の設立も、こうした弊害を解消する狙いがあった。ただ、各競馬場が自立し競争することで生まれる活力も捨て難い。筆者はパチンコをしないが、公営競技冬の時代にあって、パチンコ業界が生き残っているのは、厳しい競争と経営者の新陳代謝ゆえであると思う。その点、JRAも含めて広義の“官業”である日本の競馬は「ひよわな花」に見える。

 もう一つ、シービスケットをオグリキャップになぞらえる向きがあるが、やや違和感を感じる。オグリキャップはJRAに移籍し、最後は武豊が騎乗したことで、「異質性」が薄れた気がする。かのマッチレースが国民的行事になったのは、時代背景もさることながら、異質な者同士のぶつかり合いだったからではないか。1980年代の地方競馬からは、ゴールドスペンサー、カズシゲ、ヒカリデュール、ロッキータイガー、イナリワンと、次々に大物が現れた。中央と地方の壁が当時、せめて現在くらいに低くなっていれば、ファンの注目を集める一大行事を演出できていたかも知れない。ただ、当時はどこの主催者も、そこそこ強い馬が出て、馬券もある程度は売れる状況に安住していた。95年の開放は遅すぎた改革であった。

 さて、「ひよわな花」の中でも、最弱の環に位置する競馬場から今年、トリックスターが出現した。通算100連敗のハルウララである。競馬をオーソドックスに扱う媒体にとっては、最も扱いにくい素材だろう。競馬を「馬の付加価値を高めていくゲーム」と位置づけた人がいるが、負けるたびに付加価値が上昇するとは、反競馬的な存在である。今となれば、現役を続けさせたことは大正解だが、今年に入ってから関係者も「処分」を考えた。80戦以上して稼ぎが100万円余というのでは当然だろう。もちろん、勝てない馬を走らせる「酔狂」も、競馬では許容されているが、高知競馬を取り巻く人々に、酔狂でいる余裕は全くない。むしろ、地方競馬の絶対的貧困の方が、この馬の背景説明としては適切だ。馬券が売れず、賞金が下がり、馬主が離れ、きゅう舎には高齢馬ばかり残る。やむを得ぬ事情で走り続ける馬に、「酔狂」で味つけをしたような形か。

 だが、この馬に群がったマスメディアの多くは、その辺を誤解しているようだ。18日付毎日新聞のコラム「発信箱」は、地方分権の重要性を論じた記事だが、《中央競馬会が高知競馬の金も権限も牛耳っていたら、彼女は10敗もせずに消え、大記録も「物語」も生まれなかったに違いない》と書かれていたのには笑ってしまった。確かにJRAは勝てない馬の出走制限を年々、厳しくしている。それは、馬主にまだ余裕がある分、新陳代謝が行われているため、弱い馬を退出させないとキャパシティを超えてしまうからだ。高知に限らず多くの地方競馬は、いや応なしに代わり映えのしないメンバーで番組を組んでいる。好きでそうしているわけでは決してない。

 ハルウララに「不屈の精神」を読みとるのは、その種の誤解の最たるものだろう。主役の馬が口をきかないおかげで、競馬を巡っては様々な誤解が生まれる。勝とうと負けようと、ほとんどの競走馬にとって、レースとは苦痛な仕事以外の何者でもない。「処分(食肉処理場行き)と、どちらがマシか」は極めて実存的な問いだ。かの馬に喝さいを送った人が、100戦目に何を期待したかは人それぞれだろう。ただ、「負ければ珍記録達成。勝てば勝ったで絵にはなる」という、実にお気楽なシチュエーションだったことは確かだ。「レース中の故障」などという忌まわしい想定を意識の外に追いやってしまえば、の話だが。応援している自分を「いい人」と確認できる、癒やし系のイヴェント。「癒やし」とは、目前の問題に向き合わず、先送りするメンタリティの表現と痛感させられる。絶対的貧困ゆえに、地方競馬では「公正」の建前と矛盾する事態が、今や構造化している。矛盾が露呈する時、ハルウララに喝さいした人々は、どう反応するのか。おそらく、手のひらを返すに違いない。

 日米に共通することだが、近年の競馬界はストレートなスターを送り出していない。脚光を浴びるのが過去の名馬であれ、アンチヒーロー(ヒロイン? ハルウララの母は「ヒロイン」)であれ、スター不在の反映には変わりない。1年後には、シービスケットもハルウララも、多くの人の記憶から薄れているだろう。ただ、「祭りの後」で突きつけられる現実には、天と地ほどの落差がある。



 
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