(9/16)"出戻り"の考察 進む地方の「植民地化」
存亡の危機に立たされている地方競馬場は少なくないが、中でも現在、情勢が切迫しているのが山形・上山と高知である。だが、高知には2頭の“スター”がいる。1頭はデビュー以来94連敗の7歳牝馬ハルウララ。人気者が連敗を続けるのはご愛嬌(あいきょう)だが、もう1頭は王道を目指している。イブキライズアップ(牡5歳)。22戦19勝。8月18日には佐賀の統一G3、サマーチャンピオン(1400メートル)に参戦して6着と健闘した。距離不足だったこともあり、関係者は10月の白山大賞典(金沢・2100メートル)挑戦の構えだ。
サマーチャンピオンを除く2回の敗戦は、1回が高知での移籍初戦(3着)、もう1回がJRA新潟での未勝利戦(9着)。同馬は地方の活躍馬には珍しくない元JRA所属馬だ。高知では初戦3着の後が18連勝。佐賀で敗れた後も地元で1勝。だが、19勝で獲得賞金はわずか516万3000円。佐賀ではJRAの複数のオープン馬に先着したが、JRAに復帰すれば500万条件に編入される(その予定はない。念のため…)。イブキライズアップは化骨が遅れ、JRA在籍中は仕上がらなかった。自ら引き受けたのではないが、こういう馬をじっくり立て直すのは、地方競馬の一つの役割だった。
だが、ここにも変化が生じている。昨年から中央→地方→中央という移籍の要件が大幅に緩和され、「出戻り」が一気に増加したのだ。従来は、地方競馬で最低5戦し、必要な賞金を加算する必要があったが、昨年からは地方で1勝すれば復帰が可能になった。昨年来、500万条件戦の出走表で、賞金欄に「20」や「50」といった数字をよく見るようになったのは、新制度の下で、賞金の低い競馬場で1勝して戻った馬が増えたためである。JRAによると、制度改正から今年9月10日までに、再登録された馬は373頭に上る。しかも、出戻りは増加傾向で、昨年が167頭だったが、今年は9月上旬の段階で206頭。年間で300頭前後に達する気配だ。地方→中央の移籍馬は昨年が301頭。出戻り馬は56%弱と半数を超えた。今年に至っては、中央入りした240頭中、86%弱を出戻り組が占める。
中央・地方間の馬の流れは、もともとは一方通行だった。一度、中央から地方に出ると、復帰できない時代が長く続いた。1995年の交流拡大策に伴い門戸が開いた。この時点で、前記の要件が置かれたが、理由はもっぱら地方側にあった。貴重な資源である元中央馬に簡単に去られては困る――。JRAもそんな地方の台所事情に配慮した結果だった。経営の悪化が見えていたとは言え、賞金の目減りもまだ深刻ではなかった。この時期の移籍動向は、JRAから地方に年間約1100頭、地方からJRAに年間150頭というペース。95年に認定競走(勝ち馬に馬房付きで中央への移籍資格を与える地方の2歳戦)が創設されても、中央への「入り」は増えなかった。
だが、21世紀に入ってから、地方移籍に伴いJRAの登録を抹消される馬は、一昨年が1721頭、昨年が2441頭と2年で倍増した。これは二つの理由が考えられる。第一に地方競馬の疲弊が進み、賞金が低下したため、馬主が新馬を買わず、主に中央の未勝利馬を捨て値で買いたたく傾向が強まった。第二に、再登録が容易になったため、関係者の地方移籍への心理的ハードルが下がったのも大きい。何しろ一昨年は、出戻り馬が年間わずか6頭に過ぎなかった。
では、出戻り馬のパフォーマンスは? あくまでも筆者独自の集計だが、未勝利で転出し、復帰後にJRAで勝ち星をあげた現役馬は、先週の時点で46頭。他に、条件交流戦で勝った馬が7頭いた。この数字は、競走馬登録名簿から収得賞金400万円以上で、かつ初出走地がJRAか、賞金水準の低い競馬場だった70頭を拾い、出走履歴からはじき出した。欠落がある可能性は高く、あくまでも目安として見て頂きたいが、出戻りで勝った馬は、ざっと8頭に1頭。勝ち馬の中では、ベラージオ、トウカイトニー、パラダイスリヴァー、メジロマントル、レガシーウインドの計5頭が3勝した。
この数字をどう評価するかは人それぞれだが、問題は勝てない9割近くの方だろう。勝てなくても結構な着賞金を稼ぐ馬がいる。実名を挙げて恐縮だが、アツスパーコ(5歳せん馬)の例を見てみよう。同馬は3歳時、条件交流1戦を含む6戦して勝てず、高崎に転出。7戦3勝で賞金「60」で中央に復帰した。復帰後はローカルの芝短距離に活路を見いだし、条件交流を含む15戦で入着7回。出走奨励金圏外(9着以下)はわずか3戦で、賞金・出走奨励金だけで1700万円を積み上げた。出走手当も500万円近くに上り、少なくとも自分の“維持費”を優に上回る稼ぎようだ。馬主経済的にはありがたい制度だが、ゼロ勝で長く現役を続けるのは、かつては地方でよく見るパターンだった。JRAは3歳未勝利戦の編成をやめることで、こういう馬に「お引き取り下さい」と、事実上の勧告をしていた経緯がある。しかも、ここ数年は、未勝利戦の終了を早めるなど、選別の枠組みの再構築を進めている。だが、「出戻り」の要件を緩和したことで、尻抜けになってしまう弊害も生じてきた。
実際、500万条件は除外が最も多発する領域だ。在籍馬は約2500頭。昨年以来の再登録馬の総数は、在籍数の約15%に相当する。出戻りの増勢は、番組数と在籍数のアンバランスに拍車をかける。といって、馬の往来の規制強化は時代にそぐわない。とすれば、500万条件でも、出走制限を厳しくすることが必要だろう。馬主が退きゅうを決断しない限り、籍を置き続けることが可能だからだ。
出戻り規制の緩和は何をもたらそうとしているのか。第一に、地方のきゅう舎が中央の「下請け」化する流れを決定づけるだろう。中央に戻るための「踏み台」にされることが目に見えていながら、地方側が規制緩和に応じたのは、馬集めの窮余の策に他ならない。再登録の後、中央で2勝したマヤノモーリスのように、荒尾で13戦(11勝)した例もあるが、多くは1勝だけでそそくさとJRAに復帰する。地方のきゅう舎関係者にすれば、思いは複雑だろう。問題は、こうした“序列”が、馬を扱う人自身の技量ではなく、身を置いた主催者の経営体力で決まっていることだ。地方競馬内部でも、最近は南関東と他場の間にも同様の序列が生じ、一部のきゅう舎は入きゅうあっせん業者と化している。人の面の「入れ替え可能性」がなく、馬券の売り上げという別次元の尺度で、きゅう舎人の間に序列がつくられる。日本の競馬の最大のゆがみは、ここにある。
より具体的な問題も、いくつか挙げておきたい。第一は条件交流競走の位置づけである。現在、年間の開催日数(288日)とほぼ同じ競走数が行われていて、中央の出走馬については、JRAが賞金の差額を補てんしている。だが、地方の1勝と中央の1勝が、事実上等価になった今、差額補てんの意味は薄れた。同じレースを勝っても、中央馬と地方馬で賞金が違うというのは、「ゆがみ」の最たるものだろう。例えば3歳未勝利クラスなら、各地の実情に応じて交流レースを現在より多めに指定し、そこで中央馬が勝てば1勝の資格を与える。存在意義を「資格」にシフトさせる必要がある。
もう一つは、クラブ法人の問題だ。地方競馬はクラブ法人を認めていないため、クラブ保有馬が地方に転出する際は、いったん出資者に清算を行うが、こうした馬が短期間で復帰して、勝ちでもしたら、元の出資者は不快だろう。現実に筆者にも某クラブの元会員から、批判の投書が寄せられた。馬不足で困っている競馬場が、クラブ法人を拒絶するのは奇怪というほかなく、おそらくは既得権者の意向が働いているのだろう。地方競馬全国協会(NAR)は一刻も早く、こうした理不尽な状況を改め、有終の美を飾るべきだ。クラブ側の対応にも問題がある。再登録含みで転出させる場合、いかなる出資者保護策が可能かを検討する必要がある。保有馬を出戻りさせるのは、一部のクラブに限られているが、会員に不信感を与えるような行為は、周り回って自らの首を絞めることになる。
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