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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (8/26)変容する騎手事情と裁決
 JRAでは今も行われていることだが、レースが確定する前に、検量室担当の開催執務員が、上位に入線した騎手に「並んで!」と号令をかける。初めて目にしたときは、「これは日本の競馬を象徴する場面では」と感じたものだ。ひと言で言えば「体育会」のカルチャー。本来、ビジネスライクな関係であるはずの競馬施行者と騎手(きゅう舎関係者も含む)の間に、上意下達の関係性が成立しているのだ。JRAの場合、施行者は「免許権者」でもあり、対等というわけには行かないが、競馬学校→内きゅうと、「管理する側、される側」という枠組みにどっぷり漬かっていればこそ、いささか大人げない(?)慣行が、今日でも廃されないのかと考える。

 だが、そんな関係性にも変化の兆しが見える。今年は裁決委員の判定に対して、騎手からの異議申し立てが2件あった。最初は2月1日の中山で2位入線後に失格となった蛯名正義騎手(34、騎乗馬ガバナーカシマサン)。次いで、8月10日の新潟で1位入線後に14着に降着となった村田一誠騎手(24、騎乗馬オッケイゴウ)だ。いずれも、その週のうちに裁定委員会が開かれ、異議申し立ては棄却された。騎手や調教師が裁決に不服な場合、異議を申し立てる「アピール制度」は1994年に設置されたが、過去にこの制度に基づいて異議を申し立てた例は数えるほどだった。後述の通り、裁定委員会の人的構成は、もとの判定を下した側と重なっており、覆る可能性が低いことも、申し立ての少ない理由だった。こうした状況は同じなのに、申し立てが続いたのは、騎手気質の変化とも取れる。

 個々のケースでは、異議が棄却された後、マスコミ向けの説明会が行われ、複数画面のパトロールビデオが開示されている。これらを見る限り、確かに境界事例ではあるが、判定自体を頭から「おかしい」とは言いづらい印象を受けた。馬が真っすぐ走ったかどうかは、容易に白黒のつく問題だが、「走行妨害」の有無は、影響を受けた馬との位置関係や動き方が絡む相対的なものだ。村田騎手は今回、「過怠金5万円が妥当」と述べたという。相対的で白黒のつけにくい話だから、「量刑不当」を主張する余地が生まれてくる。

 こうした上訴の扱いは、いわば競馬界内部の民主性にかかわる問題だが、世界各国で国情が異なり、「理想的」と言えるようなスタイルは見当たらない。欧州の場合、そもそも審判にアマチュア色が強い。地元の名士が無給のボランティアとして、ワインを飲みながら判定を下す。日本では考えられないやり方が通って来たのは、競馬の施行と馬券の発売が完全に別物とされてきた名残だろう。各国のジョッキークラブという組織自体、金持ちの社交の場であり、今日のような複雑化した競馬をハンドリングするのは難しくなっている。まだ米国の方が、競馬にかかわる職に従事してきたプロが審判業務に当たっている分、日本により近い。興行色が濃く、判定が馬券の結果を左右し、多くのファンに影響することが背景にある。

 米国では騎手出身で審判業務に当たる人もいると言われ、日本でも「騎手出身者が審判に加わるべき」という意見を持つ人がいる。こうした考えをJRAも頭から否定はしていなかったようだが、なかなか適材がなかったのが実情のようだ。プロ野球界では、審判の権威の乏しさが指摘されるが、審判に選手として大成しなかった人が多いことも遠因のようだ。つまり、選手の中には審判を見下す不届きな人もいるのだ。これは選手の側の考え違いだが、騎手として一定の実績を積んだ人を選ばないと、同じことが起こる可能性はある。大半の騎手が調教師や調教助手に転身するきゅう舎事情にあった、大方から権威を認められる人材が、施行体という官僚組織で第二の人生を過ごすことを望むかどうか。ただ、上訴機関は常設ではないので、現役の騎手界トップの関与も全く不可能ではない。あとは、そういう立場に擬せられた騎手たちがどう考えるかだが…。

 一方、地方騎手や外国人騎手の参戦が増えたことで、新たな問題も生じて来た。8月17日の札幌競馬で勝ったヤマニンフレンジーの五十嵐冬樹騎手(北海道・道営競馬所属)が、競り合った相手を左ひじで押圧したとして、2日間の騎乗停止処分を受けた。ただし、1位入線した馬が降着とならない、異例の形だった。五十嵐冬騎手は、10日の函館2歳S(フラワーサークル=2着)でも、勝ったフィーユドゥレーヴとの競り合いで左ひじを張る動作を繰り返し、10万円の過怠金を課された。降着なしの騎乗停止。しかも、審議ランプもつかなかった。裁決委員が「着順変更の可能性がない」と判断したためだ。事後にパトロールビデオを見ると、ひじを使うだけでなく、騎手の体が馬体の左側に傾いていて、確かに行儀の悪いフォームだった。今回の処分について、JRA審判部は「短期間に同じような違反行為を繰り返したことを重視した」と説明している。

 一部の地方騎手や外国人騎手は独特のアクションを見せる。両手をいっぱいに広げて手綱を開く動作や、ムチを風車のように回しながら打つ動作を目にした人も多いだろう。他馬の走行を妨げない限り問題はないが、そうでない場合もあるだろう。今回、処分を受けた1週後に同じ違反を繰り返したのは、そうした動作が癖になっていて、地元では処分の対象にならなかったのだろう。日本と海外、中央と地方の交流が活発化すると、各施行者単位での審判基準のズレが必然的に問題になる。JRAとNAR(地方競馬全国協会)では、基準のすり合わせを行っているが、参戦する騎手にも、JRAではJRAの基準に合わせる人と、そうでない人が混在していて、必ずしも徹底されてはいない。JRAから海外に進出した騎手も、同様の経験をしているはずで、競馬場が違えば判定も違ってくるのはある程度仕方ない。先々、中央と地方の審判組織が統一すればともかく、当面は場に応じて修正できる技術力が求められている。

 五十嵐騎手のケースは審議ランプがつかず、パトロールビデオも公開されなかったが、一般的には審議レースはここ数年で大きく増えている。降着制度の始まった91年から99年まで、審議の件数はずっと200件台で推移していたが、2000年以降は301→337→442と大幅に増え、今年8月17日の時点では376件。このペースで行くと年末には600件を超える見通しだ。主要競馬国では、騎手のアピールで審議を始まているところが多いが、日本ではアピールが極めて少なく、裁決委員が独自の判断で審議とする例がほとんどだ。

 近年の審議の増加は、対象レースのパトロールビデオ放映を受けたもので、疑わしいケースは少しでもファンに情報を公開しようという姿勢が数字に表れている。かつての競馬では、「ハンディキャッパーとスターターとスチュアード(裁決委員)がいれば、競馬はできる」と言われた。裁決委員の権威は高く、姿勢も権威主義的だったことは否定できない。審議レースの増加に対しては、元の裁決委員経験者の間で「権威が薄れる」という消極論があったという。あきれるような話だが、これも権威主義の名残だろう。だが、そうした考え方が時代にそぐわないのは明らかで、わかりやすい競馬を目指すという姿勢は、素直に評価して良いと思う。



 
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