NIKKEIデイリースポーツ サラブnet HorseRacing Info サラブnet
ホーム 重賞レース情報 重賞レース結果 最新競馬ニュース 競馬読み物 予想大会
■ 競馬読み物
  ■専門記者の競馬コラム
  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (8/11)"発祥の地"を覆う改革の波
 どんな世界でも、伝統を背負う立場にある者は、なかなか自己改革に踏み切れないものだ。近代競馬発祥の地・英国も、戦後の世界の競馬地図の中では「没落する伝統国」というイメージがつきまとっていた。だが、実はここ10年の変化は著しく、特に今世紀に入ってからは、改革の波に洗われている。「王侯貴族の道楽」という規定は、時代を超えた競馬の本質を示すものだが、スポーツ・興行として巨大化した競馬は、旧態依然たる組織体制では運営できない。特に、賭け事に世界一寛容な国柄は、改革への絶えざる圧力として働く。英国競馬界の「現代化」に向けた動きを拾ってみたい。

《サイバー賭事の揺さぶり》

 よく知られているように、英国の競馬の売り上げの大半は、ブックメーカー(以下BM)が占める。BMは競馬だけでなく、各種スポーツ、果ては次の首相が誰かまで、森羅万象についての賭けを受け付ける。BM業界は1990年代、IT化を進め、競馬場や町中に店を構える営業形態も改めた。ウェブサイトを利用すれば、国内に拠点を置く必要もなく、業界はケイマン諸島などの租税回避地に拠点を移す「オフショア」化を進めた。

 慌てたのは競馬界と税務当局で、オフショア化が進むと、競馬の収益は国家財政にも競馬界にも全く還元されなくなる。この流れを止めるため、英国は隣のアイルランドに倣い、「賭事税」廃止を決めた。それまで、英国のファンは馬券を買う際、「外税」の形で9%を負担していた(的中後に配当から支払う方法も選択できた)。2002年からは、英国内に拠点を戻すことを条件に、賭事税を廃止。課税はBMの粗利(売り上げの23%)の15%となった。賭事税廃止によって、各BMは売り上げを大きく伸ばすとともに、収益率も14.7%から17%に向上するという二重の利益を得たことになる。

 一方、競馬界への収益還元という積年のテーマについても一歩前進した。競馬の出馬表や映像と言った賭けに必要な情報の知的所有権への対価という形で、BM業界は売り上げの2.3%を競馬界に払うルールが確立した。2002年4月に、主要BMと英国競馬公社(BHB)の間で、向こう5年間に総額6億ポンドの情報使用許諾契約が締結され、競馬界とBM業界はかつてない蜜月時代を迎えた。

 90年代後半、英国競馬界は世界的馬主のシェイク・ムハンマド殿下に、「英国からの撤退」というブラフ付きで低い賞金水準の改善を迫られていた。日本のように、競馬施行と馬券発売を同じ主体が手掛けていれば、こんな問題は起きないが、英国にとってはBMからの利益還元は焦眉(しょうび)の急だった。業界との合意によって、賞金額は一昨年の7000万ポンドから、今年は1億300万ポンドと、5割近く上昇する見通しで、課題を解決した効果は実に大きかった。

 だが、新たな枠組みを揺さぶっているのが、ベットエクスチェンジ(個人対個人の賭け)である。様々な主体がネット上で賭けの条件を提示し、取引が成立したものについては、仲介業者が5%の手数料を得る。賭事産業版のネットオークションというべきビジネスモデルは誕生から3年で急成長。この事業を考案したベットフェア社の英ダービーでの売り上げは2000年の1972ポンドから、今年は350万ポンド(約6億8250万円)に伸びた。同社は現在、会員5万人を抱え、1分間当たり11000件の取引を仲介。年間20億ポンド(3900億円)を仲介している。この手法では、ある馬の負けに賭けることも可能なため、競馬関係者の関与が公正面での疑義を生じかねないという問題を含む。だが、それにも増して、既存のBM業界の経営基盤を脅かし、できたばかりの競馬界への収益還元のパイプを細らせる。

 このため、BM業界はベットエクスチェンジへの参入を模索している。一方、政府サイドも賭事法制改定作業の中で、仲介業者への許可制導入を検討している。賭事の根幹法(刑法)に指一本も触れないまま、カジノ解禁論が語られる日本とはまるで別世界だ。

《自己改革を図るBHB》

 競馬界とて、ただ賭事業界に揺さぶられっ放しというわけではなく、積極的に改革に取り組んでいる。その担い手がBHBだ。93年に設立され、今年で10年目。BHBは外部から多様な人材を招き、「好事家が勝手にやっていた」従来の競馬を変容させつつある。BM業界との関係構築については上で触れたが、競馬を業界にとって魅力的なソフトに改める努力も進めている。昨年7月にはピーター・サヴィル会長を委員長とする「9人委員会」を設置。競馬全般についての包括的な見直し作業に着手し、今年4月には競馬番組について、6月にはファンサービスについての提言をまとめた。番組改善策の中で注目されるのは、能力主義的なクラス編成と、賞金水準への格差導入である。どこかでわざと負けて負担重量を軽くし、次で勝ちを狙うという行動パターンを封じるのが狙いだが、ここには後述するBBCの不正告発番組の影響も見える。ファンサービス面では「消費者重視」を掲げ、集客キャンペーン実施や、入場料、食事などの料金改善を打ち出した。

 番組改革やサービスの改善は、日本では日常的に議論され、特にサービス面では長期に渡る蓄積もある。だが、従来「競馬は競馬、賭けは賭け」で別扱いしていた英国が、ここまで変容したのだ。今年は指定されたG1を4勝すると、500万ポンド(9億5000万円)のボーナスを支給する新ルールを導入。また、全天候型トラックを利用拡大で、2月から12月まで、年間320日も平地競走を行う画期的な2004年の開催日割を8月6日に発表。改革のテンポは速い。

 このBHBもまた、公正取引庁から揺さぶりを受けている。「全国の競馬場の日割決定をほぼ一手に引き受けている点が、公正な競争を阻害する恐れがある」とされているのだ。この論理を突き詰めると、各競馬場が競い合う米国型の競馬運営に進むことになる。力のある競馬場が高い賞金を出して強い馬を集め、集客に有利な日程を組めば、小規模競馬場はたちまち干上がる。実は今回の動きの背後にもBM業界の意向があり、業界は現在の競馬場の数を「多すぎる」と見ているようだ。BHB側も、前述の出馬表や映像などの情報提供料についての交渉から手を引き、マーケティング面の活動を専門に行う機関を新設するなどの対応を検討している。

《ジョッキークラブの解体》

 このような「現代化」の動きが進むとともに、ジョッキークラブ(JC)の権限は縮小の一途をたどってきた。とどめを刺したのが、昨年6月と10月、BBCが2度にわたって放映した不正告発番組である。10月の番組では、JCの元幹部が過去の不正事件に関する機密資料を公開。障害騎手と犯罪組織との関係を問題にした。放映後、「公正を担保する能力に欠ける」との批判が浴びせられたJCは、今年2月に公正部門切り離しを表明。来年には規則、免許、裁決、公正確保、総合安全などを担当する独立の「競馬取締機構」(仮称)が新設される運びとなった。

 もともとJCは私的な会員制組織で、貴族社会の残り香を漂わせていた。だが、競馬の巨大化、商業化が進み、古い性格の組織には運営が難しくなっていた。現在の競馬が運営者に求めるプロフェッショナリズムと、「クラブ」の帯びるアマチュア性の間の矛盾が、小手先の措置では隠しきれないほどに深まった結果と言える。

《日本の改革は…》

 一連の改革は、賭事産業側の新たな収益拡大策に競馬界が押される形で進んでいるが、業界の背後にはファンがいる。ファンの利便性、選択肢を広げていく動きに、競馬界が必死でついて行くという図式だ。また、社会に積極的にメッセージを発信している。政府や議会が足を引っ張っている形跡もない。

 賭事法制も競馬機構も余りに違い、比較は無意味かも知れない。だが、何かを変える際、まず監督官庁にお伺いを立てる日本とは、改革のスピードが比較にならない。JRAの売り上げが右肩上がりで成長していた時期には、「日本が世界のモデルになる」と半ば思い上がっていた向きも多く、確かに先進的だった面もある。だが、周りが追いついてくれば話は別。規制でがんじがらめ。施行組織のトップも監督官庁が送り込んでくるような現在の体制下で、自らの利権を放棄するような改革を誰が唱えるものか。「改革」で最も不利益を受ける者に、改革の先導役を期待するほかない――。永田町や霞ケ関が陥っているパラドックスは、競馬界にもあてはまる。



 
■コラム一覧
■北海道牧場紀行
■初心者入門

  ■コラム一覧
   (1/13)クラブ法人 我が世の春?
(12/8)JCウィークの決算
(11/24)内きゅうと外きゅうの間
(11/10)「11月3日の実験」の後で
(10/27)いつまで続く「国際化」論議
(10/14)『新出走馬決定方式』のインパクト
(9/29)つぎはぎルールをシンプルに……
(9/16)"出戻り"の考察 進む地方の「植民地化」
(8/26)変容する騎手事情と裁決
(8/11)"発祥の地"を覆う改革の波
(7/28)ファーディナンドの"廃用"をめぐって
(7/14)祭りは終わった――第6回セレクトセールから
(6/24)極東型競馬と生産――韓国を見て考えた
(6/9)禁じ手に踏み出した生産対策――種付け料を債務保証
(5/26)マネーゲームは見て楽しいか?
(5/12)長距離戦は生き残れるか?――天皇賞を見て考える
(4/28)一服した除外ラッシュ――投票する側にも問題あり?
(4/14)ベットエクスチェンジの衝撃――競馬産業は生き残れるか?
(4/1)2003クラシック・プレビュー
(3/17)"農政の一環"であることの悲劇
(3/3)安藤勝騎手、中央へ――統制経済は維持された
(2/10)摩訶(まか)不思議な免許取り消し劇
(1/27)固定化した東西格差――不良資産と化した"美浦"
(1/14)年度代表馬決まる――壁を超えることへの評価
<2002年>
(12/24)2002年の終わりに―「会議は踊り、危機は深まる?」
(12/9)早田牧場の破たん――生産界の危うさを露呈
(11/25)官と民のはざまで――問われるJRAの自浄能力
(11/11)祝祭から遠く離れて――日常に埋没するニッポン競馬
(10/28)ポスト三大種牡馬の模索
(10/15)ダブル免許問題とJRA
(9/30)第二期高橋理事長体制の課題
(9/9)有馬記念日程問題が決着――JBCの行方は不透明
(8/26)ポストサンデーの日本競馬――名種牡馬の死は何をもたらすのか?
(8/19)失われた?競馬の発信力――市場の開放性高め、スターを生む環境を
(8/5)騎手、ダブルライセンスの行方――公正な競争の実現を
(7/22)活況の背後に迫る危機?――セレクトセールから
(7/8)高齢化するオープン馬――進まぬ世代交代
(6/24)供給過剰とダウンサイジング・「冬の時代」の公営競技のあり方
(6/11)番組の再検討――宝塚記念をどうするか?
(5/27)新種馬券導入とファンの変容・浸透するか馬単と3連複
(5/13)2002年ダービープレヴュー・90年代の変容を映す
(4/29)JBC発売問題――中央・地方協調時代に幕?
(4/15)馬主登録という迷宮・調教師の馬所有の是非
(4/1)内国産種牡馬の新たな波・活力見せる在来血統
(3/18)“低資質馬整理”ルールと除外問題の行方
(2/25)ダート競馬の成長・変容するニッポン競馬
(2/12)総務省勧告とウインズの行方
(1/28)高まるきゅう舎制度への風圧――預託料自由化の波紋
(1/17)伸び悩む若手騎手――背後に競馬界の構造変化
<2001年>
(12/31)競馬この1年(下)あえぐ地方競馬――経費削減いばらの道
(12/30)競馬この1年(中)若手伸び悩み――「結果第一」かからぬ声
(12/29)競馬この1年(上)海外躍進の陰で――カネかけぬ育成法探る
(12/28)地方競馬は生き残れるか?――模索すべき中央と地方の新たな関係
(12/17)“居場所”がない競馬・見送られた独立行政法人化
(12/3)世界の技量に最強馬が沈黙――固定的な騎手選びに一石
(11/19)芝・ダートの“クロスオーバー”進む
(11/5)“凡戦”菊花賞と長距離戦の行方
(10/22)田原調教師逮捕――管理競馬の限界が見えた
(10/9)待ったなしの賞金削減・主催者の裁量権行使で改革実現へ
(9/25)競走馬の耳に発信機、田原調教師の処分・管理競馬のゆがみ映す
(9/10)JRAのリストラと生産界・自立の道は遠く
(8/27)危機深まる地方競馬・自治体の責任を問う
(8/13)“ミスター競馬”の遺したもの
(7/29)横浜新税、国地方係争処理委員会の責任回避
(7/16)セレクトセールの3年・影落とす日本競馬の先行き
(7/2)宝塚記念などが国際格付けへ
(6/18)再論―馬主団体のあり方を問う
(6/4)“三冠セット論”を卒業しよう
(5/21)農水省とJRAの不可解な関係・口蹄疫問題で表面化、国際化の妨げに
(5/9)きゅう舎制度改革の行方
(4/19)東西格差ときゅう舎制度改革
(4/2)横浜新税問題、第2ラウンドへ
(3/19)サッカーくじ発売と日本のギャンブル
(3/13)危険な“血の飽和”・サンデー産駒増殖で深刻な活力低下の恐れ
(3/7)馬券と税・英は控除金廃止へ、日本では引き上げの懸念も
(3/7)際立つ欧州騎手の活躍・短期免許で日本競馬が“草刈り場”に
(2/26)「組合馬主制度」は機能するか?
(2/19)「狭き門」調教師試験・進まぬ新陳代謝、求められる“荒療治”
(2/12)芝から砂へ―日本のダート競馬の可能性
(2/8)ダート戦、マイナー扱いは時代遅れ
(2/8)日本で少ない競走馬のトレード・調教師確保がハードル
(1/31)新種馬券をめぐって―“制限”の根拠を問う
(1/22)「1歳の差」――タイムリーな満年齢表記
(1/16)問われる馬主団体のあり方・運営ゆがめるJRAの“過剰サービス”
(1/16)競馬界の「西高東低」――従業員の仕事に質の差?
(1/1)ファン不在、財政のための競馬――問題はギャンブルをめぐる不条理
<2000年>
(12/18)課税の根拠は矛盾だらけ――JRA“狙い撃ち”の「横浜新税」
(12/4)最強馬の2001年は? テイエムオペラオーの今後
(11/20)JRA“総見直し”の限界
(10/30)オペラオーと和田騎手、難コースを強気の攻略・1番人気連敗「12」で止める
(10/23)クローン名馬は夢のまた夢
<参考>国際ルール「自然交配だけ」・希少だから高額取引される種牡馬
(10/10)横浜市長の“ローブロー”・横浜場外の課税問題
(9/25)「予備登録枠」拡大は、きゅう舎間競争の促進につながるか
(9/10)名伯楽逝く・地方から中央に挑戦
(9/4)大量種付け時代の到来、人気種牡馬の経済的価値急騰・強い馬の引退などの弊害も
(5/15)世紀末に神様が与えてくれた2頭の傑物
(8/21)関東のメーン開催、低調な夏・各競馬場で高額条件馬の綱引き、北海道に資源の集約を
(8/10)女性騎手、懸命の手綱・中央競馬にわずか5人
<参考>女性騎手、偏見との戦い・「地方」では延べ43人
(8/7)出走馬選定ルールが一部変更・日常的な「除外」、「機会均等」ルールの見直しを
(7/24)実感される層の薄さ・見直すべき騎手育成のあり方
(7/11)4月誕生の馬に3億2000万・北海道の競走馬せり市
(7/10)ジョセフ・リーさん・ドバイの名馬を手がけた調教手腕を「育成牧場」で
(6/26)故障に泣いた「未完の大器」グラスワンダー
(6/12)香港発の黒船・安田記念から
(5/29)最強の騎手と調教師が連携・世界を見据える藤沢=武豊タッグ
   


著作権は日本経済新聞社またはその情報提供者、およびデイリースポーツ社に帰属します。
Copyright 2004 Nihon Keizai Shimbun, Inc., all rights reserved.
Copyright 2003 Daily Sports, Inc., all rights reserved.