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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (7/28)ファーディナンドの"廃用"をめぐって
 1986年のケンタッキーダービーや、翌87年のブリーダーズカップ(BC)クラシックを制し、87年の年度代表馬に選定されたファーディナンドが、種牡馬として輸入された日本で「廃用」となり、食肉として処分された可能性が高いことが、米国で大きく報じられ、反響を呼んでいる。第一報は日本在住の米国人ジャーナリストが、米国の競馬専門誌「ブラッドホース」に寄稿した長文のレポートの短縮版という形で伝えられた。ファーディナンドは現役引退後、94年まで米国で種牡馬として供用された後、95年に日本の商社「ジェイエス」が輸入。北海道・静内のアロースタッドで2000年まで供用されたが、産駒の成績不振もあって、門別の別な馬取引業者に転売された。その後、2002年9月1日に種牡馬登録を抹消。「廃用」となり、消息を断った形。日本では現役馬、繁殖馬の別を問わず、廃用となった馬の多くが食肉として処分されていることから、同誌は「2002年に死亡した可能性が極めて高い」と伝えている。

 記事は米欧の競馬専門紙に引用されたほか、AP、ロイターなどの通信社が世界に配信し、23日には米有力紙「ニューヨークタイムズ」も、同様の趣旨の記事を掲載した。この報道の後、JRAのニューヨーク駐在事務所には、米国の競馬関係者からの問い合わせが相次いでいる。英米では馬を「コンパニオンアニマル」=人間の友と考える傾向が強く、馬肉を食べることは強いタブーとされている(大陸ヨーロッパでは、フランスを始め馬肉を食べる習慣のある国も多いが)。こうした差も、大きな反響を呼ぶ一因となった。

 86―87年といえば、日本ではオグリキャップが出現する直前。同馬の登場は、日本の競馬ファンの若返りを促し、質の転換をも呼んだ。競馬の国際化と相まって、海外競馬への認知度はここ10年で一気に高まった。しかし、情報が乏しかった時代の「米国の伝説的な名馬」の行く末は、ファンの大きな関心を呼ぶこともなく、数多い「失敗種牡馬」の1頭でしかない。そうした温度差もあり、日本のファン、関係者は反響の大きさに戸惑いを覚えるのではないか。

 ファーディナンドの例では、供用停止を知った元の馬主が、「米国に連れ戻したい」との意思を示したため、消息を追う作業が始まった。だが、供用停止が即、廃用を意味するわけではなく、転売される例も多い。今回も転売後の2年で8頭と種付けをした記録が残っている。売買の際に、「廃用後は連れ戻す」と言った契約を結んでも、第三者に転売されれば効力が及ばない可能性もある。また、長時間の空輸や、その後の環境の変化が、多くは高齢な種牡馬にとってダメージとなる。帰国が最良の選択であるとは限らない。

 今回の問題を受けて、生産界は何らかの対応を迫られよう。日本の生産界にとって、米国は最大の種牡馬導入元であるからだ。JRAから種牡馬の寄贈を受けている日本軽種馬協会は、現在でも不成績の種牡馬を小規模な種馬場に移し、かなりの高齢まで供用している。問題は民間、特に日高地区だろう。最近の日高の状況を考えると、今後どれだけ有名馬を導入できるかは疑問である。とは言え、スムーズな取引という現実的な要請もある。今後は、馬の動向に関する情報開示を考える必要があるだろう。繁殖馬に限らず、日本では「お払い箱」の馬に関する情報が隠される。イメージ低下を嫌うゆえか、当事者の後ろめたさのためか。「汚れ役」の馬取引業者に丸投げして、口をぬぐう。今回はその点を衝(つ)かれた。

 ただ、名馬ゆえに反響が大きいことには、正直なところ、違和感を覚える。人間がつくった馬を、人間が設けたルールに従って淘汰(とうた)し、生き残った少数の馬を再生産に向ける。競馬とはつくづく、人間の身勝手を凝縮したような業の深い世界である。どんな競馬国でも、淘汰の厳しい現実は同じ。大半の馬は人為的に生を終える。「選別の勝者だから大事に扱うべし」という主張は、身もふたもないほど、淘汰の論理を踏襲しながら、安っぽいヒューマニズムをも満足させる。その点にご都合主義を感じてしまうのだ。

 ただし、「その他大勢」の馬が置かれた環境も、日本と海外では差がある。日本で多くが食肉として処分されるのは、飼育コストが高く、土地も狭くて高いために引退馬の受け皿も少ないことや、馬主の無関心といった事情がある。英米では引退馬のための「サンクチュアリ」(養老施設)が、NPO(非営利団体)の手で数多く運営されており、多額の民間寄付を集めている。米国は特に「職業生活を引退したら牧場をやりたい」という人が多い土地柄で、自宅の庭で馬を飼う人も少なくない。また、馬肉を食用に供することへの規制が、カリフォルニア州などで立法化され、競馬関係団体の賛同も得ている。米国ではタブーでも、隣のカナダはフランス系住民も多く、馬肉への需要がある。そのため、「ギャングのような」と形容される馬取引業者が、廃用馬をすし詰め状態の馬運車で数千キロも輸送している現実がある。前述のニューヨークタイムズ紙の記事によれば、米国では一昨年、約6万2000頭の馬が食肉として処分されており、1割はサラブレッドと考えられているという。一方で、米国競馬は薬物使用に寛容で、安全面でのリスクも見逃せない。

 引退馬問題に対する米国競馬産業の取り組みとしてユニークなものに、セリ会社大手のファシグティプトン社が展開する「ブルーハウスチャリティー」がある。セリで売買された馬の価格の0.25%ずつを購買者とセリ会社が拠出して基金を造成する。このプロジェクトは現実的なアプローチを掲げ、食肉処理を避けるための選択肢として、(1)引退(2)他の目的への転用(3)人道的な安楽死――を挙げる。(1)の受け皿はサンクチュアリで、(2)は乗馬クラブや個人の引き取りを意味すると思われるが、必ずしも境界は明確でない。注意すべきは(3)で、安楽死が否定されていない。これは推測だが、動物の遺体を処理する施設のキャパシティが日本より大きいのではないか。

 この辺を見ると、海外では馬と人の関係が多面的な分、競馬の業の深さを“中和”しているように思える。だが、日本は、「馬=競馬」という出口のない状況だ。一方で、競馬産業は縮小傾向で、馬主も生産者も利益を生まないことはやりたくない。日本産馬に関しては、73年に旧八大競走勝ち馬を対象にした「引退名馬のけい養制度」を、96年には重賞勝ち馬を対象にした「引退名馬のけい養展示制度」を、それぞれJRAが創設している。前者は軽種馬協会の施設への受け入れ、後者は民間牧場への月額3万円の飼育費助成制度だが、JRAにお鉢が回って来る点が、いかにも日本的である。

 “中和剤”もないのに、日本の競馬は肥大化し過ぎたのではないか? 考えさせられる実例がある。一昨年、大分・中津競馬が廃止された際、在籍馬の約55%が他場に移籍したが、これは前年1年間の移籍率の約3倍だった。競走馬の「旅路の果て」中津では、所属馬の8割以上が、廃用即食肉の運命にあった。廃止で首のつながった馬が増えたとは何という皮肉か。無論、小規模競馬場の厳しい環境下で走ることが、馬にとって幸福かどうかは別問題なのだが。前々回の当コラムでは、種付け料の債務保証制度を批判した。ゲタをはかせてまで生産規模を維持したところで、現在の需要低下を考えれば、売れずに処分される馬の率が高くなるだけ。生産規模の縮小は、そういう馬が減ることで、むしろ良いこととさえ思える。

 筆者は基本的に、競馬の業の深さは生産頭数に比例すると考えている。馬主が馬を買い続け、ファンが馬券を買い続ける限りは、この因業な世界は回り続ける。他種公営競技やカジノの場合、業績が上がれば関係者は潤い、四方丸く収まるが、競馬はそうではない。ビジネスとして巨大化すればするほど、主役のはずの馬は消尽されるだけといういびつさが、特に日本では顕著だ。問題は、その事実を十分に認識した上で、人々が競馬とどう向き合うか。今はまだ、認識さえ広がっていない。情報開示が求められるゆえんである。

ファーディナンド(Ferdinando) 父ニジンスキー、母バンジャルカ、母の父ダブルジェイ。1983年米ケンタッキー州、クレイボーンファーム産。1986年、ケンタッキーダービー優勝。ウィリー・シューメーカー騎手は、自身最後となる4度目のダービー制覇。チャーリー・ウィッティンガム調教師は初のダービー制覇だった。翌87年、BCクラシックでは翌年のダービー覇者アリシーバとの死闘の末、鼻差で優勝。同年、米年度代表馬。通算29戦8勝。獲得賞金3777978ドル。89年に故郷で種牡馬入りしたが、フロリダダービー(G1)優勝のブルインザヘザーを出した以外は、目立った成績を残せず日本へ。日本では220頭と交配し、現時点で登録産駒113頭。JRAでは97―2002年までに8頭が12勝している。



 
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