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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (7/14)祭りは終わった――第6回セレクトセールから
 2日間の売り上げが70億7320万円。2日目の売却率が80.3%。世界中の競馬産業に携わる誰もが、目を疑うような数字がたたき出された。7月7、8の両日、北海道苫小牧市のノーザンホースパークで行われた日本競走馬協会セレクトセール。言うまでもなく、主役は昨年8月にこの世を去った種牡馬サンデーサイレンス。今回、上場された276頭のうち、最後の世代となるサンデーサイレンス産駒は23頭。「ラストチャンス」というムードは、相場全体を押し上げた。過去5回のセレクトセールも、長期不況どこ吹く風の活況だったが、今回は売却総額が2000年を約10億円上回り過去最高。276頭中211頭の売買が成立し、売却率も76.4%で新記録となった。

 売り上げ全体のうち、売却されたサンデーサイレンス産駒20頭が20億9100万円、それ以外の191頭が49億8220万円。サンデーサイレンス産駒以外が50億円近い売り上げを記録したことで、来年以降のセレクトセールの行方に、明るい展望を見た人も多いことだろう。だが、安心するのはまだ早い。セレクトセールという市場は、サンデーサイレンスという強烈な光源に、参加者が幻惑されていた異空間だった。光源が消え、参加者が"正気"を取り戻す来年以降、市場がどう推移するか。冷静に見極める必要があるのではないか。

 前述の通り、サンデー産駒は今回、20頭(牝馬5頭)が売れて、1頭当たりの平均価格は1億455億円。1億円以上の値が付いた馬は過去2番目に多い8頭だった。サンデー産駒以外で唯一の1億円馬は、「鉄の馬」と呼ばれたジャイアンツコーズウェイ産駒の持ち込み馬(母レッドヴェルヴェット)で、1億6000万円。この結果、この市場の1億円馬は通算46頭となり、41頭をサンデー産駒が占めた。1998年の第一回に上場された当歳馬が5歳。第3回(2000年)の取引馬も3歳を迎え、「中間決算」をして良い時期になった。

 サンデーサイレンス産駒で3歳以上の1億円馬は23頭。うち、99年にドバイのシェイク・モハメド殿下の代理人が落札したフジキセキの全弟を除き、22頭が日本で競走馬になった。だが、現時点で自身の売買価格を稼ぎ出したのはたった4頭である。優等生から見ていくと、現5歳世代のマンハッタンカフェ(1億3000万円)が菊花賞、有馬記念、天皇賞・春とG1を3勝。文字通りの出世頭となった。この世代はダイヤモンドビコー(1億7500万円)も重賞4勝で獲得賞金が3億円を突破。ボーンキング(1億4000万円)も京成杯を制した。だが、現4歳世代は、タイガーカフェ(1億円)の皐月賞2着があったが、現時点でオープン馬は不在。現3歳も、アドマイヤグルーヴが桜花賞、オークスで敗れ、サイレントディールのシンザン記念優勝が目立つ程度だ。無論、今後の成長が期待される馬もいるが、未勝利5頭、1勝止まり2頭というのが現実である。

 海外では将来の種牡馬、繁殖牝馬としての価値(期待感)が、馬の価格を規定する。だが、日本の場合、牝馬は売れないし、サンデー産駒の種牡馬はもはや飽和状態である。高い馬を買っても、賞金を稼いでくれないことには先がないのだ。条件クラスで息長く走るうちに、自身の価格をクリアする馬がいたとしても、その程度では種牡馬にはなれない。しかも、5歳の暮れまで競走を続けた場合、維持コストは3000万円前後。こうした事情を考慮すると、過去の1億円馬で、価格に見合う活躍をしたのはわずか2頭しかいない。

 そう。1億円も出して競走馬を買うのは、経済行為としては愚行なのだ。8000万円まではリーズナブルな線だが、そこから上は"おまけ"に等しい。競り合えば競り合うほど、おまけが肥大化していく図式である。では、馬主にとって、億を超えるサンデーサイレンス産駒を買う意味は何か。それは「虚栄心を満たす」ことにほかならない。高級車や有名ブランドの服やバッグを持つ心理に極めて近い。作家の高橋直子さんは著書「お洋服のちから」(朝日新聞社)で、ある有名ブランドの得意先向けの内覧会に招かれた際の経験を記している。周りの客が次々に高価な服を買う光景は、平静な気持ちで見ていられるものではないないという。過去6回行われたセレクトセールでも、おそらく同じことが起きていたのではないか。

 買い手が平常心を失った(?)恩恵は、サンデー産駒以外にも、かなり降り注いだ。今回の市場では、サンデーの孫の代の馬を中心に、他の種牡馬もかなりの高額で売れた。アグネスタキオンは18頭売れて売却率90%、平均価格3147万円。スペシャルウィークが9頭で82%、2894万円。フレンチデピュティは15頭(68%)で平均3228万円。クロフネも16頭(94%)で平均2794万円という具合である。この中でスペシャルウィークは2歳世代で2頭が早々と新馬勝ちしているが、あとは産駒がデビュー前。資質が全く未知数の馬に、これほどのカネが投じられているのだ。「1億円は高すぎるが、5000万円なら…」という心理が働いていることは想像に難くない。

 来年、1億円馬が出るとすれば、今回のジャイアンツコーズウェイ産駒のような持ち込み馬だろう。過去の非サンデーの1億円馬5頭中、3頭は持ち込み馬だった。市場全体をヒートアップさせる馬がいない中で、サンデー以外の種牡馬の産駒が、どこまでせり上がるだろうか? 実は、結果の出た種牡馬の産駒は、平均価格も落ち着いてしまう。今回、フジキセキ(11頭、73%)は2127万円、ダンスインザダーク(10頭、83%)が2040万円。目下、種牡馬ランキング4位のダンスインザダーク産駒が、アグネスタキオンやクロフネに大きく後れを取る。この事実が、種牡馬ビジネスの本質を示している。「半端な"実績"は、未知の魅力に勝てない」のである。

 だからこそ、マーケットブリーダーは年々歳々、新しい血統を導入することを求められる。社台グループにとって、ウォーエンブレムの蹉跌(さてつ)は、いかに大きなダメージだったか。仮に産駒が不振だった場合も、「化けの皮がはがれる」までは4年ある。大半の大型シンジケートは、それまでに償却が終わる。産駒が走り出すまでは、同グループのブランド力を利して、種付け料と産駒の販売の双方で、大変な収益が上がるはずだった。取りあえず、来年のセレクトセールで、目玉商品になったことは間違いない。わずか数頭の種付けで、「種牡馬失格」のらく印を押されるとは、考え得る最悪のケース。保険金が下りる程度では到底、回復は不可能だ。

 6回のセレクトセールで、サンデー産駒は118頭(牝馬29頭)が売却され、価格は実に116億5400万円。うち101億8400万円(87.4%)は社台グループ(5団体)に落ちた。サンデーサイレンスは91年から供用され、95年には償却が済んでいた。あとはただ、シンジケート会員外の種付け料(推定で年間数十億円)と、産駒の販売収入が入る一方だった。打ち出の小づちを失った社台グループが、次にどんな手を打つか。来年のこの市場に目玉商品を用意しようと思えば、持ち込み馬1頭を買うにも、相応の投資が必要になる。あるいは、次の大物種牡馬の導入に動くか。注目されるところだ。

 2000年の国内の軽種馬の粗生産額は434億円だった。その後の生産縮小を考慮すると、今年はざっと400億円か。2日間で70億円を売ってしまう市場の存在の大きさがわかる。だが、6回目のセレクトセールは、一つの歴史の幕切れを告げるものだ。サンデーサイレンスの"魔法"が解け、正気を取り戻した有力馬主たちが、来年はどう動くか。次のこの市場からも、目を離すわけには行かない。



 
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