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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (6/9)禁じ手に踏み出した生産対策――種付け料を債務保証
 当コラムの読者の大半は、主催者関係は別として、毎週のように馬券を購入しているだろう。中には、競馬場の帰りに所持金が底をつき、近くの金融機関の現金自動支払機(CD)に駆け込んだ経験を持つ人もいるのではないか。かく言う筆者も一度ならずある。この程度なら笑い話だが、競馬場に行く前にいつも、消費者金融会社のCDに行く人がいるとしたら、事態は深刻なものとなる。速やかに、ギャンブル依存症の専門家に受診することをお勧めしたい。

 生産界では、「借金でするギャンブル」を奨励するような政策が動き出した。日本軽種馬協会はこのほど、「軽種馬経営支援特別事業」を発足させた。協会加入の各生産者が種付け料を金融機関からの融資で賄う場合、一定の条件で債務保証する。貸付期間は今年と来年。対象者1人あたり1000万円が上限で、種付け料は50―300万円とされた。対象者は「種付け料の調達が困難な者で、かつ貸付けにより経営の改善、継続が確実と見込まれる生産者」。審査には金融機関のほか、道県と市町村が二段階で関与する。総事業費は15億円。7割に当たる10億5000万円をJRAが負担する。資金拠出は、日本中央競馬会法20条3項の「競馬振興事業」(3項事業)の一環として行われ、剰余金(近年は細る一方だが)が充てられる。

 今さら多言を要しないが、1頭の馬の種付けから売却に至る過程は、地雷原を歩くに等しい。出産の際の事故や先天的な異常、育成段階でのケガや病気…。まともに産まれても、半分はいる牝馬の価格は、牡馬と比べて極端に安い。1歳まで育っても売れなければ、2歳5月の調教セールがラストチャンス。こうなると育成経費もかさむ。一切のコストは、売れて初めて回収できるが、売れずに処分される例も多い。借金で種付けして売れなければ、債務者は負債が膨らみ、債権者は貸し倒れというシンプルな帰結が待っている。

 リスクが高いうえに、借り手の多くが資本不足。こんな融資は、まともな金融機関が踏み込む領域ではない。だが、日高地区の一部単位農協は、この世界にどっぷり漬かってきた。融資の最終判断をする役員の多くは生産者。1990年代半ばまでは、どうにか馬も売れていたため、自転車操業への危機意識は乏しかった。ところが昨年11月、早田牧場と関連会社2社が、50億円を超える負債を抱えて倒産。これを契機に、さしもの農協も貸し渋り状態に。「もう馬をつくれない」という生産界の悲鳴に応えたのが今回の事業である。

 種付け料の下限設定を巡っては、事前に議論があった。下限なしを主張した生産者側に対し、JRAは100万円を提示し、50万円に落ち着いた。50万円の種付け料を借金で賄う生産者が、「貸付けにより経営の改善、継続が確実」と言えるか? 一般に種付け料は、生産コストの約4割を占めるという。借金で賄う経営が長続きするはずもない。金を貸して、需要の見込めない馬をつくらせるとは、何と罪深い話か。こんな無理が通るのは、「馬の資質を保つには、一定の生産頭数が必要」という俗説が信じられているからだ。

 昨年春ごろ、生産者から「種馬場に閑古鳥が鳴いている」という情報を聞いたことがある。「このご時世。さもありなん」と思ったのだが、最近になって昨年の種付け実績を聞いて驚いた。1万2859頭で、2001年を34頭上回っていたのだ。一昨年から昨年にかけて、新潟県競馬、益田競馬が相次いで廃止された。需要減は子供でもわかる理屈だ。無論、サラブレッドは農作物とは違い、一律の生産調整になじまない。極端な話、国内需要ゼロでも、世界のどこかで売れると思えば、何頭つくっても構わない。逆に言えば、中央・地方の競走数が維持されていても、魅力の乏しい馬は売れないのだ。

 数字を見る限り、そういう基本を理解していない生産者が多いようだ。配合の選択にしても、資本力の天井があり、値ごろ感のある種牡馬に殺到する。最近では、1998年に種牡馬入りしたエアダブリンが、当時50万円の価格で人気を集め、4年で632頭と交配したことがあった。だが、JRAで1000万条件馬を1頭出しただけで、早々と韓国に輸出された。「種の多様性」という点で言えば、世界で忘れられたトゥルビヨン系のトウカイテイオー、メジロマックイーンを採算ベースに乗せた社台グループの方が、貢献度は高い。

 「すそ野が広ければ、頂きが高い」という議論は俗耳に入りやすいが、根拠は乏しい。今年のダービーは、サンデーサイレンスの産駒が6頭出走し、1、2、4着を占めた。3着と5着はサンデーの孫世代で、結局、社台グループの生産馬が掲示板を独占した。トニービン産駒が3歳を迎えた93年以降、サンデーサイレンス、ブライアンズタイムを加えた三大種牡馬は、3歳クラシックの連対馬延べ108頭のうち、半数を超える58頭を出した。8000頭以上を生産しても、頂点を争う領域で勝負になるのは、1割がやっとだろう。

 日高軽種馬農協は5月に「日本競馬の将来像」と題した提言を公表。「7290頭以上の生産頭数確保」を打ち出した。「生産頭数確保のために競馬がある」という転倒した論理に立つ。添付資料には、過去3年の諸外国の大レースで、米国やアイルランド産の勝ち馬が多いことを挙げ、「一定の生産頭数が必要」という主張の補強材料にしている。だが、これは全くの噴飯物だ。問題は頭数ではなく馬の質で、それを規定するのは父母の血統的ポテンシャルである。アイルランド産馬一般が強いのではなく、クールモアが強いのだ。その他大勢のような馬は何頭つくっても、競馬全体に貢献するどころか、売れずにつくった側の首を絞める確率の方が高い。一定の経営体力がなければ、配合にこだわることも不可能だ。偶発的な強い馬の出現を期待するのは、童謡の「待ちぼうけ」の世界である。

 提言では、地方競馬を集約した「地方競馬連合」の創設も唱えているが、自立できない同士の弱者連合に終わるだろう。集客力の低い店舗を再開発ビルに集約しても、客を呼べないのと同じことだ。地方競馬の病は「供給過剰」である。各場がきゅう舎を抱え、自場完結型のレースを行っているため、関係者の生活を支える必要上、どうしても開催のヴォリュームが膨らんでしまう。効率化のために必要なのは、運営組織ではなくレース数自体の集約である。レースが減れば、競走馬の需要が減るのは当たり前。「地方競馬の存続」と、「競走馬需要の維持」とは、実は矛盾する命題なのである。

 日高からこんな声が出るのは、過去の生産対策の誤りの帰結である。端的に言えば、生産対策の王道は、農政と全く逆の道を行くことだった。日本人が海外で生産した馬や、受胎した母馬の輸入に関税(現在340万円)をかけたり、出走制限をするのは筋違い。優秀な種牡馬の導入には巨額の資本が必要で、株式会社だろうと外資だろうと大歓迎。海外への生産拠点の移動にしても、規制緩和で後押しすべきだった。だが、実際には、他の農業分野と同じ発想の国内保護策が進められた。90年代に国際化が進むと、繁殖牝馬導入や育成施設の整備への助成が始まった。だが、これらは自己負担分を伴い、失敗すれば負債の泥沼に陥る。馬産という投機の世界に、"農政"を接ぎ木した失敗。今回の事業は、恥の上塗りに等しい。

 特別支援事業の創設にあたっては、農水省だけでなく永田町も活発に動いた形跡がある。昨年、設置された参院自民党の「競馬推進議連」は、生産者を父に持つ橋本聖子議員が事務局長を務める。4月には民主党も、「競馬産業問題研究会」(会長・鳩山由紀夫前代表)を旗揚げした。胆振・日高を選挙区に抱え、2000年の小選挙区でわずか2525票差の辛勝だった鳩山氏は、初会合でも生産地を強く意識した発言をした。補助金行政に漬かった生産界の陳情政治で、JRAに奉加帳が回り、ファンの投じた馬券マネーが空費される。愚かな悪循環をいつまで繰り返すのか、と言いたくなるが、JRAの台所事情からしても、先は見えている。ある生産者は「借金を我慢して、勝負を避けた生産者に対して示しがつくのか」と話す。生産界の辞書に、モラルハザードという言葉はないのだろうか。



 
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