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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (5/26)マネーゲームは見て楽しいか?
 今春、刊行された競馬関係書籍の中で、注目を集めているのが、栗東の森秀行調教師(44)の「最強の競馬論」(講談社現代新書)である。調教師の日常業務に始まり、レースの選択や血統観、騎手に対する評価など、幅広い視点でトップ調教師としての競馬論を披歴している。興味深い記述が多い中でも、1頭の馬を買って採算が取れる分岐点として、「5000万円」という数字を示している点が注目される。G1優勝のような栄誉に浴するのは一握りとして、取りあえず馬代金と自らの預託料(2―5歳と設定)を、賞金で稼ぎ出す可能性が高いのが、5000万円の馬と森調教師は考えている。

 確かに、JRAの賞金体系の下では、採算分岐点の賞金1億円はそう難しくない。4勝(1000万条件)すると、最低でも3010万円。あとは着賞金ということになるが、例えばごく普通の出走間隔で30回走ると、特別出走手当だけで1000万円を超える。残る26戦で6000万円を積めば1億円に届くから、平均230万円で足りる計算だ。その一方で、5000万円の馬を1頭買っても、使い物にならない場合もある。ある程度の数を買って初めて、現場で馬を扱う人の実感に近い結果が出るのだろう。5000万円の馬を継続的に買い続け、1頭で年間700万円前後の預託料を払い続けられる人は、さほど多くはない。現実に、JRAの馬主登録は1992年以降、減り続けている。

 こうした現実を見ても、競馬の本質がマネーゲームであることは論を待たない。馬券を買うという営為にも、似た側面は確かにあるが、国ごとに率の差はあれ、控除率が存在する以上、長期的に馬券でカネを稼ぐことは、絶望的に難しい。一方、馬を生産して競馬場に送り出す過程はマネーゲームそのものであり、主要競馬国にはそれを業とする人々が存在する。マネーゲームで暮らす人と言えば、金融や証券、為替のトレーダーだが、競走馬生産者も該当する。

 問題は、マネーゲームに原資が必要なことだ。誰がどんな形でカネを出すか。その差が世界各国の競馬の姿を強く規定している。最もクリアなのは欧州の競馬である。施行者が馬券の売り上げを意識し始めたのは、20世紀もかなり深まってから。「馬券は下々の買うもので、売れようが売れまいが関係ない。我々(馬主)は勝手に競馬をやる」という設計思想が、全体に流れている。1990年代末、アラブ首長国連邦ドバイのシェイク・ムハンマド殿下は、英国の競馬の賞金水準の低さを問題視し、「改善がなければ、英国から撤退する」と表明したことがある。これを受けて、英国では馬券売り上げの大半を占めるブックメーカー(賭け屋)から、競馬界に収益を還元するパイプの構築が始まった。とは言え、マネーゲームの原資は自腹であり、大金持ちの道楽という競馬の本質に変わりはない。

 欧州の大レースの勝ち馬の血統が、それを裏付けている。今春のクラシックは、各国で1000ギニー、2000ギニーが終わったばかりだが、英国2000ギニーはサドラーズウェルズ産駒が優勝。フランスでは13日に急死したデインヒルの産駒が1、2着を占めた。米国では2万2000ドルという低価格の去勢馬ファニーサイドが、ケンタッキーダービー、プリークネスSを勝ち、三冠に王手をかけたが、こうした例は欧州では概して少ないように見える。「高い馬=強い馬」という等式の信頼性が高い。高馬を購入できる人は限られていて、大レースでは数種類の見慣れた勝負服が複数並ぶのが日常である。

 生産面のマネーゲームでは、むしろ米国が上だろう。ストームキャットの種付け料が60万ドル(サンデーサイレンスのピーク時の2.4倍)。2000年のケンタッキーダービー馬フサイチペガサスのトレードマネーが推定7000万ドルというクレージーな世界である。賞金だけで投資がペイするはずもない。競走実績とは別に、血統馬は高く売れ、高い馬と配合され続ける。一方で、安い馬を生産し、安く調教する受け皿もあり、ファニーサイドのような馬も多く出現する。アメリカンドリームと、途方もないマネーゲームが共存している。

 海外の事情を延々と紹介したのは、日本の競馬の特殊性と、それゆえの困難さを示すためである。「特殊性」を一口で説明すれば、自腹でマネーゲームをやっているのが、馬券購入者だけなのだ。第二次大戦前、そうでない時代もあった。近刊の「競馬の血統学(2) 母のちから」(吉沢譲治氏著、NHK出版)には、小岩井農場と下総御料牧場が、競って海外から優秀な種牡馬、繁殖牝馬を導入した事情が詳しく紹介されている。国や三菱財閥が馬産に精力を注いだ結果、今日で言えばサンデーサイレンスやブライアンズタイム級の馬が導入され、戦後の競馬にも貢献した。「軍馬育成」という錦の御旗があったにしても、戦前日本はかなり馬産に熱心だった。しかし、今日では馬主は賞金(JRA=実は競馬ファン)に頼り、多くの生産者は農協融資に頼る。馬が売れれば借金を返せるが、馬券が売れず、賞金が減額されると馬も売れなくなり、返済は滞る。個々の生産者だけでなく、競馬産業自体が自転車操業なのだ。

 ところが、レースの結果だけを見ると、日本は欧州型に限りなく近づいている。今年のG1競走7戦中、5戦はサンデーサイレンス産駒が優勝した。残る2戦は産駒が不出走で、「出れば勝つ」という状況だ。ゼロ歳時に高いセリ値の付いた馬が、値段相応の管理をされ、3年後のクラシックの有力馬に成長する。これはもはや予定調和の世界ではないか。25日のオークスは、アドマイヤグルーヴの「三世代制覇」という予定調和の極致は実現しなかったが、サンデー産駒が上位2頭を独占。欧州型の範ちゅうに入る結果だった。

 「勝者総取り」がマネーゲームの本質であることを思えば、この帰結は偶然ではない。死せるサンデーサイレンスは、オークスの出馬表に産駒6頭(1頭は出走取消)を、ダービーに5頭を並べる。ペーパーオーナーゲーム(POG)には根強いファンがいるが、こんな状況で本当に面白いのか、と考えてしまう。輸入競走馬が減り続け、大物種牡馬の導入話も聞かれなくなった今、選択の幅は非常に狭い。もちろん、生活をかけたゲームではないから、確率が低いのを承知で、"セオリー外"の馬を選んでも構わないのだが…。

 高馬が予定調和のように勝ち進む競馬を、今後もファンは馬券で支え続けるだろうか。今年のJRAの馬券の売り上げは前年比6%台の減少で、年間では3兆円を割り込むペースだ。売り上げの落ち込みと、活躍馬のタイプとの間に相関関係があるかどうかは、実は明らかでない。だが、似たタイプの馬がビッグタイトルを占める現状では、スターが生まれにくく、世間の関心を引くのは難しい。

 こう書くと、「第二のハイセイコー・オグリキャップ待望論」と取られそうだが、その可能性はゼロに近いと筆者は考えている。ハイセイコーはデビュー前、馬っぷりの良さが日高で評判になった。大井デビューも、当時の大井が中央に対抗しうる存在だったことを抜きに考えられない。オグリキャップの母も、今思えば偉大な繁殖牝馬だった。今では、こうした走る要素を持つ馬をすくい取る網の目が細かくなった一方、"本流"の馬をサポートする態勢も非常に整った。地方競馬の衰退も考え合わせると、異色のスターたり得るはずの素材を"脱色"する道具立てはそろったと言える。

 中期的に見て、日本の競馬は欧州型マネーゲームの色合いが濃くなって行くのではないか。退屈かも知れないが、競馬の世界に働く力学に沿っただけで、是非を論じる話ではない。それに、世界規模でオープンに行われれば、結構スペクタクル(見て楽しい)なものだ。だが、日本は国内完結型で、プレイヤーは限られている。それに、ファン以外でゲームを支えてくれる新たな財布を、まだ発見していない。ファンが「予定調和は見飽きた」と思った瞬間、日本の競馬産業が続けてきた自転車操業は、終わりを告げるのである。



 
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