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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (4/14)ベットエクスチェンジの衝撃――競馬産業は生き残れるか?
 長く馬券を買い続けている人なら、狙った馬のオッズが思った以上に低くて、失望を感じた経験が一度ならずあるだろう(その馬が勝敗に絡まないことには意味がないが)。パリミュチュエル方式を採り、場に投じられた額から配当が算定される日本の公営競技にあっては、的中馬券が何倍つくかは、基本的にあなた任せである。

 ところが、昨年から英国で従来の賭け事の常識を覆すようなビジネスモデルが出現。主に英語圏の競馬界を揺さぶっている。新方式はBet Exchangeと呼ばれる。個人対個人の賭けを、インターネット上でブックメーカーが仲介するのだ。賭け事が一律に刑法で禁止され、公営競技が「適用除外」とされる日本では想像もつかない話だが、英国にはそもそも刑法が存在しない。憲法もしかりで、さすがは慣習法の国である。2000年に同国内務省が公表した文書でも、「英国の刑罰法は、個人同士の私的なギャンブルには干渉しなかった」と書かれている。とすれば、ブックメーカーが個人間の賭けを仲介しても、もちろん合法的ということになる。

 Bet Exchangeを最初に手掛けたのはBetfair(ベットフェア)社。サッカープレミアリーグで、稲本潤一選手が所属するフラムのユニホームにロゴを載せている。この方式の斬新さは、普通の人が馬券の"売り手"にもなれることだ。例えば、桜花賞でアドマイヤグルーヴが「勝てない」と確信した人は、高いオッズをネット上に提示する。「勝てる」と思った人で、パリミュチュエル(ここではJRA)の配当が低いと感じた人が、「買い」のオファーを出すと取引が成立。ベットフェア社は購入額の5%の手数料を取る。ネットオークションの手法を賭けに持ち込んだと考えればわかりやすい。ギャンブル天国の英国でも、賭け手は従来、各ブックメーカーのオッズを比較するだけだったから革命的だ。

 このビジネスモデルのインパクトがいかに強かったかは、既存ブックメーカーの反応に現れている。新興業者・ベットフェアの新商法を、当初は模様眺めだったのだが、最近では1日当たりの取引高が5000万ポンド(約90億円)という予想外の人気ぶり。大手のコーラル(Coral)社も、ベットエクスチェンジへの参入を決めた。英語に自信がある向きは、詳しく知りたいのであれば、英国の競馬専門紙レーシングポストのウェブサイトにアクセスしてみればよい。(ただし、実際に顧客になるのは刑法に触れる。念のため…)。

 この問題がクローズアップされたのは、3月1―6日にニュージーランド・オークランドで行われたアジア競馬連盟(ARF)の総会でのことだ。ベットフェア社は昨年、香港のレースについても実験的にオファーを出したところ、かなりの売り上げを記録した。隣のマカオに拠点を置く賭事サイトに売り上げを浸食され、神経質になっている香港ジョッキークラブ(HKJC)が最も敏感に反応した。やはり英語圏で、ブックメーカーに抵抗感のないオセアニアも事情は似ている。地方分権の強い豪州では、一部の州がこうしたサイトの営業を認め、収益から一定の還元を求める方向を検討するなど、州ごとの対応に温度差がある。総会ではHKJCの代表者が、こうしたビジネスモデルを「競馬産業へのパラサイト」と断じた。だが、総会にはベットフェア社の関係者も出席し、「我々がやらなくても、誰かが同じことをする。規制は非現実的で、競馬産業はこうした業態との共存関係を模索すべき」と主張したという。

 ベットエクスチェンジが競馬産業を揺さぶる理由は、世界中の誰であろうと、どこの国の競馬にも"ただ乗り"を可能にするからである。一国の枠内で行われ、収益の一定部分を競馬産業に還元するルールが確立されれば、むしろ新たな顧客開拓の可能性を開くものとも言える。ネットを媒介にした国境を越える取引は、今まで競馬産業に入ってきた資金の流れを変えることになる。英国では大手ブックメーカーが租税回避地に拠点を置き、ネット上で顧客を集める「オフショア」営業への対応に苦慮していた経緯がある。結局、国が賭事税を廃止し、ブックメーカーに一定の便宜を図る一方、ブックメーカー各社はオフショアでの営業を行わず、競馬界に対しては出馬表などの情報についての知的所有権の対価を支払うという共存の方向が打ち出されたばかり。将来的に、信頼できる決済手段が確立され、個人間の賭けが広がれば、要は世界中の誰もが簡単にブックメーカーになれるわけで、オフショアの営業を規制した意味は薄れる。英国以外の競馬産業にすれば迷惑極まりない話ではある。

 また、この領域に馬主や調教師などの当事者が関与すると、競馬の公正への影響が懸念される。「負けたら損」という状況こそ、最も確実な公正の担保であり、高い登録料がそれを裏付ける。安い登録料を規制でカバーしようと無理に無理を重ねているのが、日本の「公正競馬」である。自分から馬券を売ることで、登録料をリスクヘッジしてしまえば、「わざと負ける」誘惑への心理的障壁は確実に低くなる。関係者の関与への規制は今後、問題化するだろう。

 この問題は、「高コスト」という競馬が抱える困難性を映し出している。発祥の地、英国では長い間、競馬と賭事は別次元のものとされ、競馬は貴族階級、賭事は一般庶民の領域だった。だが、貴族階級の没落で、競馬を続けるコストの負担が難しくなった。こうした流れの中、施行と馬券発売を同じ主体が手掛ける、日本の異形のスタイルに世界の関心が集まった。賭事の収益が確実に競馬界を潤す構造は、馬主やきゅう舎関係者、生産界にとってメリットが大きい。英国の競馬界とブックメーカーが選択した共存策も、賭事の収益を部分的であれ、競馬界に流すパイプを構築するものだ。だが、世界中のどこでも誰でもが、競馬に「ただ乗り」できる状況が生まれれば、資金のパイプは細り、競馬の永続性は危うくなる。

 日本の競馬界に安定的に資金が流入しているのは、控除率が25%に設定されていることを抜きには考えられない。この水準が、顧客の選択の自由を犠牲にする形で設定されていることは、言うまでもない。同じ公営競技でも、競馬と競輪、競艇のコスト構造を比較したら、1頭の馬にかかわる人間の多い競馬はひとたまりもない。控除率横並び体制の恩恵を最も受けたのは競馬界である。その日本でも、カジノ解禁論が徐々に広がりを見せている。カジノ、特にスロット系のゲームの控除率は、10%にも満たない。パチンコ業界では既にこの部分での厳しい競争が展開されている。馬券の売り上げ減少もさることながら、競馬界がいつまで、「見えないゲタ」を履いていられるかは、潜在的なリスクと言えるのではないか。

 個人対個人の賭けが、日本の賭事産業に即座に影響を与える事態は考えにくい。遵法(じゅんぽう)意識が過剰に(?)高く、官僚の利権のための法制度でさえ容認してしまう日本人の意識。テクニカルな連勝馬券を支持するファンの選好。だが、日本だけがいつまでもネットギャンブル不毛の地であり続ける保証もまたない。



 
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<参考>女性騎手、偏見との戦い・「地方」では延べ43人
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