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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (3/17)"農政の一環"であることの悲劇
 前回、当コラムで触れたダブル免許を巡る問題の余波はまだ続いている。地方競馬全国協会(NAR)は、安藤勝己騎手の提出した免許返上届を今も受理していない。安藤騎手の地方側の免許は宙に浮いた形だが、3月21日の統一G3「黒船賞」(高知)に、同騎手がニホンピロサートで参戦すると発表され、ここでどちらの免許が行使されるかという新たな問題まで浮上した。NAR側は免許がまだ有効であるとして、JRA所属騎手に発給している交流免許を発給しない構えを見せた。ニホンピロサートが鼻出血で出走回避したため、問題は収束したが、この種のもめ事を嫌って、関係者が騎乗の機会を積極的に探らなくなるようでは本末転倒。この問題は最終的に、農水省が明確な態度表明をする以外に、解決の道はない。

 この一事にも現れる農水省の混迷ぶりは、日本の競馬の足を引っ張っている。進行中の大臣の私的懇談会「我が国の競馬のあり方に係る有識者懇談会」(座長、根来泰周・元公正取引委員長)は、昨秋の発足から4度の審議を終えたが、低調な議論が続いている。農水省が何をしたいのかが見えないまま、時間ばかりが空費されているのが実態である。一昨年行われた「地方競馬のあり方に係る研究会」と比較すると、今回の懇談会の特徴がよく見える。

 まず、今回の方が欠席者が多い。第2回、第3回は委員8人中3人が欠席した(第4回は1人)。どの委員も多忙なため、予測された事態だったが、これでは必要最低限の認識の共有さえおぼつかない。4月初旬に全委員出席の非公式の「勉強会」が行われる予定だが、ここで誰がどんな説明をするのか。今後の審議の方向を左右しかねないだけに、疑いの目を向けざるを得ない。もう一つは審議時間で、今回は平均2時間。一昨年の研究会は3時間を超えるケースもあった。長ければ良いというものでもないが、今回は審議時間の半分が資料説明に費やされ、実質的な討議の枠は極めて短い。

 短時間で欠席者も多くては、活発な議論も望み薄。今回のもう一つの特徴は根来座長の発言が目立つことだ。第3回(1月23日)には早々と(?)、「NARをJRAに吸収していって」(後略)と発言。免許や騎手養成の一本化を意図した発言として一部スポーツ紙にも取り上げられた。地方競馬の研究会で座長を務めた渡辺五郎・元JRA理事長が、最終回まで発言らしい発言をほとんどしなかったのとは対照的だ。今回、競馬界から出ている委員は、谷川弘一郎・浦河町長1人で、座長発言は極めて重みがある。今後も座長発言を見ていれば、農水省の意図はある程度読み取れるだろう。

 懇談会のもう一つの"ハイライト"は、第4回(2月26日)だった。ここではJRA、NARと東京特別区(大井)、北海道・道営の両主催団体代表に対するヒアリングが行われたが、ここでJRA(石村洋常務理事)とNAR(岸広昭常務理事)が派手なさや当てを演じた。石村常務理事はダブル免許否定論をぶった勢いでNARの財政問題にも触れ、「NARが財政破たんすれば、また個々の主催者が免許を出すようになる」と発言。岸常務はダブル免許問題に関する反論はあえて避けながら、財政破たんに関する発言に対しては「言葉が過ぎるのではないか」と不快感をあらわにした。

 実は地方競馬のあり方に係る研究会でも、第2回会合で全く同様のヒアリングが行われた。筆者は委員として出席していたのだが、話された中身は同じでも、双方の不信感だけが確実に深まった。JRAと地方の各主催者が個別に免許を出すようになれば、1962年以前の状況に逆戻りである。JRAの対応は組織防衛意識丸出し、それも過剰防衛という印象だが、感情むき出しで対立する当事者に、「よく話し合え」としか言えない農水省。「自分たちに抵抗されれば何もできない」と、今やJRAにすっかり見下されている。

 もともと、今回の懇談会は、特殊法人の役員給与削減問題に対するJRAの抵抗が発端だった。逆上した武部勤前農相がJRA「改革」を口にするようになり、およそ競馬界と縁遠かった人々が集められた。視点を変えれば、国の特殊法人改革という競馬の現状とは無関係な問題への対応策として打ち出された。公営競技団体の組織形態を議論するのであれば、他競技を抱える省庁や法務省も絡み、内閣単位の話になる。農水省の枠内に収まる問題ではない。

 人選に刑事司法の専門家(根来氏)や民営化企業のトップ(鈴木正誠・NTTコミュニケーションズ社長)を加えても、議論の射程と枠組みがズレていては、余り意味はない。大臣の思いつきに端を発した成算の乏しい手法に、あえて農水省が乗ったのは、一昨年の地方競馬の研究会報告さえ、いまだに立法化できていなかったという事情がある。だが、このままでは失態に失態を上塗りする結果になりかねない。一連の経緯を見ると、日本の競馬が農水省所管、すなわち農政の一環であることの不幸を感じずにはいられない。

 戦前の競馬は「軍馬育成」という国家戦略を持ち出して正当化されていた。戦後日本の武装解除で、この4文字が使えなくなり、競馬の大義名分は「畜産振興」へとシフトした。日本中央競馬会法では、第一国庫納付金の約75%を「畜産振興」の財源に充当するとされている。だが、2001年度は総計1兆円を超えていた畜産関係予算(2002年度は約9650億円、生産局以外も含む)の中で、競走馬生産への支出は皆無に等しい。馬産と畜産は似て非なるものとされながら、競馬が畜産本体を支える、非対称的な関係が続いてきた。

 競馬と農業・畜産の結びつきは自明なのか? 反発を覚える人もいようが、競走馬も乗用馬も「生きたおもちゃ」。牛や豚よりペットに近く、農水省が所管する根拠は薄弱に映る(「元競走馬の多くが食肉になる現実があり、食の安全という視点がなお必要」との指摘もあるが)。動物一般に間口を広げれば、厚生労働省や環境省も絡んでいる。だが、現状では典型的な規制・保護型官庁で、供給者志向の強い農水省が、レジャー産業である競馬を抱え込み、見返りもなしに利益・利権を吸い上げている。現在、国庫納付金を生産界と地方競馬対策に充てるプランが浮上している。実現すれば、競馬と農政の距離は縮まることになる。だが、今以上に供給側の一体性が強まることが、競馬ファンにプラスかどうかは実は疑わしい。

 産業としての再生を目指す上では、賭事規制全般を緩和する策の方に、まだしも可能性を感じる。規制緩和が進めば、カジノに代表される他のレジャーとの競争は厳しくなる。高コストの競馬が生き残るのは至難の業かも知れないが、例えば米国の競馬場のように、自らの施設内にカジノを抱え込む手もある。だが、こうした形で生き残るような競馬は、もはや農政の枠組みを逸脱した存在だろう。もちろん、構造改革特区のカジノ構想さえ却下される現状では、こんな話は夢物語。とりあえず日本の競馬には、農政と道連れで緩慢に衰退していく以外の選択肢は用意されていないのである。



 
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<参考>女性騎手、偏見との戦い・「地方」では延べ43人
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