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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (3/3)安藤勝騎手、中央へ――統制経済は維持された
 岐阜・笠松を中心に、地方競馬で通算3299勝をあげた安藤勝己騎手(42)は、3月1日をもって「栗東・フリー」のJRA所属騎手となった。JRAの免許取得に先立ち、安藤騎手は地方免許の返上届を地方競馬全国協会(NAR)に郵送し、配達証明をJRAに提出した。中央、地方双方の騎手免許を同時に保有できるか――。一昨年秋、安藤騎手がJRAの騎手免許試験を初めて受験して以来、論議が続いてきた問題に、自ら封印した形である。だが、安藤騎手のような例は今後も続くと見られ、問題が終わったわけではない。今回の問題が何を意味するか、改めて検証する必要がある。

 双方の免許を持つことは、現行規定では認められていない。競馬法施行規則やJRAの競馬施行規程(41条6)は、一方の免許を持つ者が、他方の競馬に関与した場合、「免許取り消し事由になる」としている。現在行われている人馬の交流競走の際は、その都度、特例免許を発行する形を取っている。だが、国内外、中央と地方の交流がここまで深まった今、この枠組みの妥当性が問われている。言い換えれば、「免許とは何か」の再定義が求められている。

 ただ、ダブル免許を支持する側と、否定的だったJRAとの間の議論は、終始、すれ違っていた。その理由は、1990年代初頭から急速に進んだ国内外、中央と地方の交流の意味を巡って、認識にずれがあったことだ。JRAにとって、対外開放は“外圧”によるものだった。開放に踏み切ったのは、日本の競馬の国際的地位が低いことに対し、JRA内部のいら立ちが募っていた事情もある。国際化した以上、国内の地方競馬に門戸を閉ざし続けるのは体裁が悪い。95年の交流拡大に、消極的な動機があったことは見逃せない。

 今日でも、JRAが志向しているのは、統制経済=社会主義的競馬である。きゅう舎人の処遇を見れば明らかだ。原則として全調教師に20馬房が貸与され、騎手やきゅう務員の進上金比率も横並び。下に厚い賞金体系で勝てない者を保護する。潤沢な馬券の売り上げが可能にした、パラダイスのような社会主義体制である。この体制を維持するには、参入者を厳しく規制する必要がある。だから、採用は欠員補充のような形でしか行われない。競馬学校はつい最近まで、入学者全員のデビューを前提に合格者を出していた。調教師試験に至っては、今年度、美浦が合格者ゼロという異常事態だ。この体制は、免許を「社員証」と位置づけ、兼業を厳禁することを求める。外部からは「同じ日本の競馬」に見えても、地方競馬を「競馬もどき」と見なさないことには、自己完結しない体制である。

 基本線が統制経済の維持なら、部分的に行われる交流の位置付けは、かつて中国が導入した「経済特区」か。特区には外国からも、国内の“JRAムラ”の外からも、参入者が相次ぎ、次々に成功を収めた。ついに1人が、「特区の外(本土?)でも商売をさせて下さい」と願い出た。政府の答えは「本土で商売がしたければ、国籍を変えろ」。今回の一件は、こんな比喩(ひゆ)が可能である。

 この体制の弱点は非効率性。たまたま採用した者のスキルが低くても、入れ替え可能性が極端に低い。競走馬の動きと比較すればわかりやすいが、各競馬場の所属馬の平均価格は、賞金水準にほぼ対応している。賞金の低い競馬場から強い馬が現れれば、JRAや各地の統一グレード競走に出走したり、移籍することで、能力にふさわしい場を与えられる。JRAで勝てなかった馬は、逆の方向に動く。競争原理とは、入れ替え可能性と言い換えても良いだろう。

 だが、人はどうか。顕著なのは調教師で、全く入れ替え可能性がない。騎手にしても、騎乗機会にも恵まれない騎手が、地方に活路を探った例は寡聞にして知らない。JRAにぶら下がっていれば、再就職に圧倒的に有利だからだ。厳しい競争原理で馬を遇しつつ、人はぬるま湯にどっぷり。筆者が中央競馬に感じてきたうさん臭さの本質はここにある。情けないことに、地方の大手主催者も同様の問題を抱えている。例えば兵庫。廃止された中津の有馬澄男騎手、高知から移籍した北野真弘騎手は、再デビューの前の1年間、きゅう務員に従事しなければならない。こうした不合理なローカルルールをNARは放置し、JRAにダブル免許反対の口実を与えた。

 地方競馬の相次ぐ廃止、JRAの売り上げ低下は、日本のきゅう舎人に与えられた席が、年々減り行くことを意味する。この状況下で、人の入れ替え可能性が乏しい現在の体制を維持すると何が起こるか。人の淘汰(とうた)は競馬場単位で行われ、能力が低くても大規模主催者に「所属」していた者が生き残る。騎手や調教師の値打ちと、所属する競馬場の経営規模の間に相関関係はない。地方騎手の活躍を見れば明らかだが、競馬場単位で人を淘汰するようなことを続ければ、日本の競馬はいずれ人材倒産の危機を迎える。

 国境さえ越えて馬と騎手や調教師が競い合うスポーツか。行政のヘソクリ稼ぎの道具か。競馬そのものの捕らえ方一つで、今回の問題に対する回答は180度違ってくる。JRAはあけすけに「帰属と業務専念が重要」(田家邦明理事)とし、後者の立場であることを隠そうとしていない。だが、ダブル免許容認を求めたNARにしても、一度は競馬法施行規則の改定に動いた農水省にしても、長く後者の立場に立っていたことは明らかだ。NARが容認を求めた最大の理由は、スター騎手の流失による経営悪化の懸念である。

 JRAで騎手免許を自主返納した人は過去3人いて、いずれも不祥事絡みだった。何の落ち度もない人が免許を返上するというのは尋常な話ではない。JRAは「強制はしていない」としているが、配達証明まで提出されているのを見れば、自発的と考えるのは不自然だ。大騎手に対する一片の敬意すら見えないJRAの対応は、傲慢不遜(ごうまんふそん)の一語だが、安藤騎手が応じた裏には、NARに対する「何を今さら」の思いがあったかも知れない。安藤騎手の問題意識の出発点は「自分は全国免許を持っているはず。なぜ大井で自由に乗れないのか」ということだった。NARはこの疑問に応えることなく、各主催者の反スポーツ的な勝手放題を許してきた。ダブル免許の頓挫は、怠慢のツケと言っても過言でない。

 農水省も今回の一件では醜態をさらした。稲田光・競馬監督課長は2月26日、「JRAとNARがよく話し合うべき」と述べた。問題は制度の解釈、変更であり、一義的な責任が同省にあるのは言うまでもない。一昨年の「地方競馬のあり方に係る研究会」の中間報告は棚ざらし。現在進行中の「有識者懇談会」設置の際は、武部勤前農相の独走を許し、今回の省令改正も頓挫。近年の競馬行政は連戦連敗だ。JRAの抵抗は、将来の免許一本化に道を開き、免許部門に手を突っ込まれることへの懸念であり、組織防衛意識丸出しだが、「農水省がこの状態なら」とほくそ笑んでいるに違いない。

 だが、ほくそ笑むJRAも、統制経済がもたらす非効率の前には立ちすくむ。自前の若手騎手は育たず、きゅう舎への競争原理導入は遅々として進まない。NAR、農水省も含め、今回の問題をこんな形でしか処理できなかった日本の競馬管理者たちは、等しく敗者だ。関係者の囲い込みを前提にした「官製ヘソクリ稼ぎ競馬」(いずれ稼げなくなる?)から脱却する好機を逸した意味において。

 蛇足ながら、敗者の列の最後尾には筆者もいる。一昨年から、様々な機会でダブル免許容認を唱えてきたからである。既得権でがんじがらめの日本の競馬界に、自己改革を期待するのは、5戦連続タイムオーバーで最下位の馬の単勝を買うに等しい行為だった。一瞬とは言え、問題が前進すると考えた身の不明を恥じるほかない。



 
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<参考>女性騎手、偏見との戦い・「地方」では延べ43人
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