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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (1/14)年度代表馬決まる――壁を超えることへの評価
 昨年度のJRA年度代表馬に7日、3歳で天皇賞・秋と有馬記念を制したシンボリクリスエス(牡4歳、美浦・藤沢和雄きゅう舎)が選出された。全国の経験3年以上の競馬担当記者281人の投票で満票に近い277票(98.6%)を獲得。波乱のない選考だった。

 シンボリクリスエスは昨年1年間の成績が10戦5勝。過去10年間の年度代表馬で、選定された年に10回以上走ったのも、5回以上負けたのも、1995年のマヤノトップガン(13戦5勝)しかいない。シンボリクリスエスは本格化前の1―2月に、1勝クラスで(2)(3)(3)と取りこぼしを続けた。2勝目を上げた後は、ダービー(2着)とジャパンC(3着)で負けただけ。日本調教馬で先着を許したのは、同年齢のタニノギムレット1頭。古馬には先を越されなかった。

 過去10年で3歳の年度代表馬といえば、ビワハヤヒデ、ナリタブライアン、マヤノトップガン、ジャングルポケットがいる。ただ、少なくとも90年代前半までとここ数年では、相当に意味合いが異なる。92年のミホノブルボンは古馬と一度も対戦しなかった。ビワハヤヒデも同年の有馬記念は2着。それでも選定されたのは、現在と比べて3歳クラシック路線の重みが格段に大きかったためだろう。主要競馬国では、3歳の王者を決めるレースが、競走体系の中心に据わっている。特に欧州では、凱旋門賞に顕著なように、3歳馬の負担重量面は古馬よりかなり楽だ。毎年、世代王者を選定するプロセスの繰り返しが競馬で、選考基準もその考えに見合っていた。

 だが、97年を境に様相は変わってきた。同年の代表馬エアグルーヴは、牝馬ながら天皇賞・秋→ジャパンC→有馬記念という牡馬の王道路線を歩み、結果は「(1)(2)(3)」。勝ち星は1つだったが、ジャパンCは日本馬最先着。厳しい日程にも大きく崩れなかった。同年は皐月賞、ダービーの二冠を制したサニーブライアンが“落選”。故障で復帰できなかったとはいえ、時代の変わり目となった。

 時期的にも、競馬の国際化が進展。日本馬が徐々に外国競馬の扉をたたくことが多くなり、「壁」を越えることに価値が置かれる傾向が強まっていた。競馬の世界で壁と言えば、年齢、性別のほか、国の内外という物理的な障壁もある。さらに、JRAと地方競馬という日本固有の壁まである。だが、ひとたびJRAが国際化に踏み出すと、いや応なしに国内の壁の存在もクローズアップされる。95年には、地方馬がJRAのG1に出走する道が現状に近い形で確立された。こうした競馬界全体の空気が選考基準をも動かした。

 翌98年には、タイキシャトルが仏G1、ジャック・ル・マロワ賞を制覇。すんなり選出された。今から思えば、「1600メートルのG13勝→年度代表馬」という図式は決して自明とは言い難い。海外G1といっても、実際の価値には相当なばらつきがあることは、まだ日本で十分に認識されていなかった。と言って、タイキシャトルの業績をおとしめる意図は全くない。昨年、欧州に渡った馬はエアトゥーレとマンハッタンカフェしかいないのだ。異なる環境下で力を出し切ることは今でも難しく、それを克服した馬の精神力と周囲の管理能力が評価されたとも言える。この年もセイウンスカイが皐月賞、菊花賞の二冠を制していたが、当時はまだクラシックが外国産馬に部分開放されていなかった。エルコンドルパサー、グラスワンダーの両巨頭が不在のクラシックの評価が低いのは、ある意味で当然だった。「壁を越える」ことを重視し始めた競馬界の新たな潮流と、生産者保護を大義名分としたルールの矛盾が一気に表面化した。

 翌99年の選考は、ある意味で年度代表馬が最も注目を集めた。外国産の両巨頭とスペシャルウィークの三つどもえの“争い”は物議を醸し、選考ルールの変更という副産物をも残した。国内不出走、記者投票でも2位のエルコンドルパサーが、選考委員会で逆転授賞という異例の結末である。春秋の天皇賞とジャパンCを制したスペシャルウィーク、春秋のグランプリ連勝のグラスワンダーという、文句なしの有資格馬を、「凱旋門賞2着」が抑えたという選択に対し、まだ歴史的な評価が固まっているとは言い難い。ただ、海外のG1の中のG1を勝つためには、国内をかなり犠牲にせざるを得ないのは、今後も同じだろう。こうした例をどう評価するかは、筆者を含めたメディアにとって、一つの課題として残されている。

 ともあれ、2000年以降は海外と国内という「異種格闘技」を同じ土俵で比較するような悩ましい選考の例はない。エルコンドルパサーの活躍で生まれた奇妙な達成感や、海外遠征に対するJRAの報奨金縮小もあって、競馬界の海外熱は一時より冷めた。今回も、票が割れたのはむしろ各部門賞。4歳以上牝馬、父内国産、短距離、の3部門のトップが過半数割れ。4歳以上牡馬、ダートの受賞馬もわずかに上回るにとどまった。JRAだけで全21のG1が置かれ、地方での統一G1も9競走。各競走の軽重を決めるのは難しい。

 今後は芝とダートにまたがって活躍する馬もさらに多くなるだろう。2001年に年度代表馬を逸したアグネスデジタルのようなケースに対する評価も、今後は見直していく必要がある。少し古い話になるが、93年のヤマニンゼファーは1600メートルと2000メートルのG1を勝ちながら、選出されなかった。世界的にも2000メートル戦の価値は高まる傾向にあり、今後はマイラーの参入も増える。距離面の「壁」を超えた馬に対しても、相応の評価が必要になる。1200メートルと3200メートルの重賞を勝ったタケシバオーに対する評価は今も高いが、当時と比べて競走馬の層は厚く、200―400メートルの壁を超えるのも難しいからだ。

 今回選出された各部門賞の10頭では、シンボリクリスエスとファインモーションの両明け4歳馬が、今年の競馬も引っ張ることになりそうだ。状態を維持している限り、自らのカテゴリーで勝つのはそう難しいことではないだろう。年明け早々にジャングルポケットの引退により、98年産の「ビッグ4」はすべて現役を去った。加えて、同世代の内国産馬はまだ力不足に映る。牝馬のファインモーションでも、国内の2000―2400メートル路線なら、牡馬相手でも主役を張れる。シンボリクリスエスはなおさらである。もう上はいないも同然だから、関係者は現状に安住せず、より高い壁に挑んで欲しい。



 
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