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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (12/9)早田牧場の破たん――生産界の危うさを露呈
 今年の日本競馬界最大のニュースは、種牡馬サンデーサイレンスの死亡(8月19日、馬齢16歳)であろう。それから約3カ月後の11月25日、資生園早田牧場(農事組合法人、早田多喜子理事長)と関連2社が、総額約58億円の負債を抱え、札幌地裁から破産宣告を受けた。日本の競馬に血統革命を起こし、社台グループの繁栄を揺るぎないものにした伝説的種牡馬の死と、北海道・日高を代表する牧場が破たんが相次いだことには、因縁を感じずにはいられない。

 今から思えば、1990年代前半は日本の生産界にとって、重大なターニングポイントだった。現在「三大種牡馬」と呼ばれるトニービン、ブライアンズタイム、サンデーサイレンスの初年度産駒は92、93、94年と順繰りにデビューした。一方、92年には外国産馬の出走制限緩和8カ年計画が始動し、輸入競走馬の数は92―97年で85頭から453頭に急増。5.3倍に膨らんだ。この時期は「外国産馬の圧力に抗するため、バブル期に蓄積した資本力をフル回転させ、海外から優秀な種牡馬を導入し、一定の成果を上げた」と総括できる。

 早田牧場が生産界で最も注目を集めたのも、まさにこの時期だった。93年の牡馬3冠で活躍したビワハヤヒデ、翌94年の4冠馬ナリタブライアンの異父兄弟が大活躍し、94年にはマーベラスクラウンのジャパンC制覇を含め、生産馬が年間7つのG1で優勝。獲得賞金も20億円に迫ったこの年は、文字通り絶頂期だった。早田牧場を率いた早田光一郎氏が導入に中心的な役割を果たしたブライアンズタイムも、トニービンを超える声望を集めた。ところが、ブライアンズタイムは今日まで一度も、種牡馬ランキングで1位に立っていない。サンデーサイレンスに頭を抑えられたのだ。早田牧場の命運もまた、ブライアンズタイムの地位に重ねて見ることもできる。

 この時期の構造変化は、国際化や種牡馬導入ラッシュにとどまらない。離乳期から競走デビューまでの育成・調教の重要性に光が当たり、生産界も対応を迫られた。92年には北海道・浦河町にJRAが整備した軽種馬育成調教センター(BTC)の最初の施設が運用開始。「日本のニューマーケット」と銘打った巨大施設は、2000メートルの芝坂路や屋内坂路馬場などの多彩なコースを持ち、周辺には多くの育成業者が進出。最近まで「BTCバブル」と呼ばれる状況を現出した。民間業者も施設整備に力を入れた。早田牧場はこの面でも先駆者で、静内の調教場にいち早く自動タイム計測装置を導入したが、BTCの整備進展に伴い、競合を避けて育成部門を福島(天栄ホースパーク)に移した。だが、種牡馬や繁殖牝馬の導入も、調教施設の整備も巨大な投資で、一牧場には荷が勝ち過ぎていた。

 92―97年の構造変化の後に来たのが、馬産不況である。97年にはJRAの売り上げがピークの4兆円に達し、翌年から始まった長期低落傾向は今も続く。一方、地方競馬の危機は進行しており、「売り上げ減→賞金削減→馬主の撤退」というデフレスパイラルが始まっていた。一般経済情勢も悪化しており、97年秋の山一証券、北海道拓殖銀行が相次いで経営破たんした。日本の馬主は中小企業経営者が多く、景気変動の影響を受けやすい。JRAでも92年以降、馬主登録数が減少に転じ、個人馬主は過去10年間で2割減。中央、地方双方での馬主減は需要減退に直結し、生産地の体力を奪った。

 早田牧場の破たんも、馬産不況で投資に見合う売り上げを確保できなかったのが原因。種牡馬事業でも、ナリタブライアンが2世代151頭の産駒を出しただけで98年に早世。ビワハヤヒデも見るべき成果を上げられず、サンデーサイレンスの威力を前面に押し出した社台グループに引き離された。ナリタブライアンが死亡する2カ月半前に、日本競走馬協会は第1回の「セレクトセール」を開催。サンデー産駒6頭を含む7頭が1億円以上の値が付き、ここには後のマンハッタンカフェ、ダイヤモンドビコーもいた。この市場こそ、社台グループが国内生産界の完全制圧した画期と言える。

 日高の旗頭に擬せられた早田牧場は、社台に対抗するために取り続けたリスクに耐え切れず、急速に破たんへ突き進んだ。今後は、関係の深い牧場の連鎖倒産、巨額の貸し付けを抱える金融機関の経営悪化など、日高という地域の崩壊につながる危機が深化し、産地救済を訴える声も大きくなるに違いない。だが、生産を立て直すために、誰が何をすべきだったのかは、再検証する必要がある。

 今回の事態が示した生産界の構造問題とは、何から何まで生産牧場が抱え込む手法の危うさである。生産牧場の抱えるリスクは、挙げればキリがない。出産の際の事故、育成段階の故障…。まともに育っても、確実に半分は生まれてくる牝馬の価格は、同じ血統の牡馬の半分以下である。大半の生産者はこれと言った資産もなく、種牡馬や繁殖牝馬を自力で導入すれば、借金漬けになるのは目に見えている。リスク回避には、多くの人の資本参加を仰ぐしかない。

 しかし、競馬への参入促進策は、一義的にはむしろ、施行者の問題である。JRAの馬主登録審査基準はこの7月、10年ぶりに緩和された。新基準は2年連続で年収1800万円(従来は2000万円)、資産9000万円(同1億4000万円)だが、遅きに失したし、問われるのは資産要件自体の必要性である。資産要件は、きゅう舎に支払われる預託料の滞納防止が目的だが、人の懐具合は1日でも変わる。登録者全員の資産状況を定期的にフォローしなければ意味はない。競走馬の価格や預託料を知っていれば、支払い能力のない人は普通、参入しては来ない。逆に現行ルールの下では、安定した収入のある人でも、資産がないために簡単には参入できない。勢い、景気変動の影響を受けやすい中小企業のオーナーが数多く馬主席に集まる結果を招き、ひいては競馬産業のぜい弱さの一因ともなっている。

 もちろん、きゅう舎制度の影響も大きい。透明性が低く、高コストの上、内部で競争原理が働いていない現状が、多くの潜在的な参入希望者を遠ざけてはいないか。かつては、不祥事のたびに「内きゅう制度の徹底」を通知してきた農水省が、昨年の「地方競馬にあり方に係る研究会」中間報告で、外きゅう制容認を打ち出した。競馬産業がここまでガタガタになった段階で、ようやく「公正競馬」の呪縛(じゅばく)から半歩抜け出したが、これまた遅すぎた。

 制度問題の解決にカネはかからない。発想の転換だけで足りる。だが、従来の生産対策は制度問題を素通りして、バラマキ的な手法に終始した。JRAが種牡馬を買い、市場で1歳馬を買う。繁殖牝馬の更新や育成施設整備への助成まである。だが、すべて原資は馬券の売り上げ。減り続ければ、“補助金行政”は早晩終わる。

 海外では調教師の持ち馬が平気で競馬に出てくる。今年は日本の国際競走で勝ち馬も出た。「公正競馬」の建前からすれば論外なのだが、多くの調教師が馬取引に関与している点では、日本も海外も同じ。地方所属馬の7割は、調教師が所有関係に絡んでいるという説さえある。取引にかかわる者がリスクを負担するのは、ビジネスの観点からすれば当然のことで、規制する方がおかしい。規制の根底には、競馬サークルの構成員を「放っておけば何をするかわからない(不正に走りかねない)存在」と捕らえる見方がある。だが、施行者も監督官庁も、管理競馬の限界を直視しようとはしない。

 現段階で広範な規制改革に着手したとしても、手遅れの可能性は高い。と言って、従来型の対策は、すでに物理的な基盤が断たれつつある。すでに競馬界の外側、より明示的に言えば政治の側から、地方競馬や生産界の救済をJRAに押しつける圧力が強まろうとしている。だが、「公正競馬」の呪文(じゅもん)にがんじがらめに縛られ、競馬サークル構成員の自立を促して来なかったことこそ、戦後日本競馬の最大の失敗である。その総括なしには、ファンの出したカネをドブに捨て、失敗の上塗りを繰り返すことになる。



 
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