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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (10/15)ダブル免許問題とJRA
 「通常の野球とかそういうスポーツと、競馬は異なる性格があるのではないかと思っている。やはり刑法の特例という世界で、競馬法で許された範囲内で行われている競技。変な問題が公正という面で起これば、国民の厳しい批判を浴びるのではないかと思う」

 こんなコメントをいきなり目にした時、競馬ファンはどう考えるだろうか。これは、騎手のダブル免許問題に関し、7日のJRA理事長定例会見で田家邦明理事(免許担当)が発言した内容である。質問したのは筆者で、趣旨は「競馬もスポーツであり、優れた技量の持ち主に使い勝手の良い制度をつくることは、アスリートに敬意を払う意味からも必要ではないか」ということだった。施行者自らが「刑法の特例」を振り回すとは…。JRAはどうやら、競馬をごく普通のスポーツとして世間に認知させる気はないようである。

 ダブル免許問題については、安藤勝己騎手が昨秋、JRAの騎手免許試験を受験して以来、当コラムでも何度となく触れてきた。JRAの競馬施行規程には「地方競馬のために調教、騎乗すること」が、JRA側の免許の免許を取り消される事由になり得ると定め、競馬法施行令にも同趣旨の規定がある。仮に、地方所属騎手がJRAの試験に合格した場合、地方側の免許の扱いをどうするかが問題となっている。しかも、JRAは7月に騎手免許試験の要項を改定し、中央で年間20勝を直近5年の間に2回以上クリアした騎手に対し、試験項目を大幅に削減する措置を取った。今回の試験には5人の地方所属騎手が受験するとの見通しもある。「20勝×2回」をクリアしているのは安藤勝騎手1人。あと4人は高いハードルを覚悟で筆記試験に取り組むことになる。何人が合格するかは予測困難だが、ダブル免許問題の早期決着を迫られていることは確かだ。

 しかし、JRAの姿勢は強硬だ。仮に合格者が出た場合、JRAは施行規程をタテに、(1)免許を自主返納させる(2)免許は返納させないが、交流競走当日以外は騎乗しないよう“指導”する――の二つの対応を考えているようだ。「陰湿」の一語だが、「業務専念と帰属が重要」(田家理事)という理屈で押し切ろうとしている。騎手を(おそらくは調教師や助手、きゅう務員も)、自らの従属物と見なす考えが露骨に現れている。問題なのは、JRAの中でも他部局に増して、担当の免許登録部の姿勢が硬直的なことである。

 筆者はこの問題について、会見の1週前に同部の見解を聞いたこのだが、大西章公部長はいきなり「中央競馬と地方競馬は目的が違う」と切り出した。確かに、収益の行き先は一方が国で、一方が地方自治体という差異はある。だが、免許を受ける側にとって、この違いは全く無意味で、差別扱いの根拠とするのは全く非論理的だ。決して口には出さないが、「地方騎手には一切乗って欲しくない」が同部の本音であり、その根底には「地方競馬は八百長の横行する世界」という偏見がある。だが、競馬の国際化は、彼らの世界観の根底を揺さぶった。海外の馬や騎手の参入を認める以上、国内で競馬に取り組む地方の人馬の参入を拒むことは、論理的に難しくなった。地方騎手が中央で活躍する現状は、競馬の「内なる国際化」の当然の帰結だが、「囲い込んだ騎手だけで競馬をやるのが、公正確保の常道」と考える彼らにとっては、容認し難い現実だろう。

 一握りの騎手にダブル免許を交付することと、JRAが地方競馬を丸ごと抱え込むことの間には大変な差がある。JRAは「騎手制度全般に影響する」としているが、実態とかけ離れた前提での議論はミスリーディングである。「地方側の公正確保策が不十分」と考えるなら、地方騎手を1人も乗せなければ良い。中央での騎乗回数が数百回に及ぶ騎手が、ダブル免許を持った途端、「公正確保上、問題が生じる」と主張するのは、天にツバするに等しい行為だ。

 免許登録部がかくも拘泥する「帰属と業務専念」は、JRAの騎手をスポイルしている。毎日のようにレースに乗っていることが、地方騎手の活躍の最大の理由であることに、当のJRAの騎手も気づき始めた。上位騎手の中には、地方の免許を取得し、騎乗機会を増やそうと考える人も現れている。武豊やかつての岡部幸雄のように、ことさら海外に出なくてもチャンスは開かれている。だが、田家理事はこうも発言している。「地方競馬の施行者にも、問題点について認識を共有していただけると思う」。地方にはJRA以上のひどい囲い込み政策を採る主催者もあり、賞金が高い主催者ほどその傾向は顕著だ。理事発言を翻訳すれば「お互い囲い込んでいる同士、アウンの呼吸で行きましょう」ということに他ならない。

 免許担当部局のもう一つの本音は、囲い込みと表裏一体の保護策である。筆者は究極的には、現在の免許制度は無化されるべきと考えている。ダブル免許はその第一歩だ。どこで訓練を受けようと、一定のレベルに達した者は競争の場に立たせる。その上で、技量の高い者が生き残る。騎手も調教師もそうした競争社会に変容させていく必要がある。だが、少なくとも免許登録部にそんな気はなさそうだ。「騎手の安定確保」のため、中央と地方の壁を維持し、勝てない騎手を保護しようと言うのだ。いくら監督官庁が農水省でも、こんなところで農業保護策を模倣する必要はないと思うが…。

 JRAが金科玉条とする閉じた環の入り口が競馬学校である。現場の努力うんぬんとは別に、JRAは騎手1人当たり約1億5000万円も投じているのだ。こんな手法を取りつつ、“騎手の安定確保”のために、保護策を捨てられないというのでは、何をか言わんやである。巨額の経費はすべて馬券の売り上げであり、人気が落ちれば騎手の育成もできない。地方側の危機的状況はそれを物語る。しかし、馬乗りを育てるという競馬の最も根本的な営為が、馬券の売り上げなしに成り立たないとは、何と転倒した図式だろうか。

 あえて極論するが、馬券が売れなければ騎手も育てられないような競馬は、そもそも持続可能性を欠いており、消滅しても仕方ないとさえ思う。もう一つ指摘すれば、騎手育成に関し、調教師会や騎手会の存在感が全く見えないのはどうしたことか。JRAはあくまでも施行者であり、次世代に技術を伝えていくのは本来、ホースマンの責任だろう。先に「転倒した図式」と書いたが、日本の競馬の最も転倒した部分はここにある。施行者が主でホースマンが従。施行者は支配者然と振る舞う。従属的な立場に慣れきったホースマンの側は、施行者に依存するばかりで、競馬の持続可能性を全く意識の外に置いて、短期的な利益の追求に終始しているのが現状だ。

 問題のカギを握る農水省は「中央の免許試験受験者の動向を見極めて対応を決めたい」としている。来月にも発足する有識者懇談会の動向とも絡み、行方は不透明だが、問題の本質が変わるわけではない。刑法を頂点とする度を超した規制の下で作られた、施行者とホースマンの転倒した関係を正さない限り、日本の競馬に未来はない。ダブル免許容認は、そのささやかな一歩に過ぎないのである。



 
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