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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (8/19)失われた?競馬の発信力――市場の開放性高め、スターを生む環境を
 夏はもともと競馬のハイシーズンではない。サラブレッドは暑さに弱く、世界的に見ても、この時期の主要な開催は避暑地で行われる。夏場に競馬のニュースが乏しくなるのは、ある程度やむを得ないことと言える。日本の競馬ファンにとって、今夏の最大のニュースは、「馬単、3連複の全国発売」となるのだろう(地方競馬、特に南関東のファンには、「今さら」なのかも知れないが)。

 一方で、馬や騎手にまつわるニュースは、ネガティブなものばかり。世界がかたずをのんで見守っているのは、蹄葉(ていよう)炎で危険な状態にある種牡馬サンデーサイレンスの体調だろう。日本馬では数少ないワールドクラスの競走馬だったエルコンドルパサーも、7月に早世してしまった。サンデーサイレンスの健康状態が海外で注目されるのは、世界を支配する種牡馬が不在という状況のためという。サンデーサイレンスは実は、ノーザンダンサー、ミスタープロスペクターのように、各国に血脈を広げる次の支配者に擬せられていた。だが、産駒が海外に買われるようになったのは、せいぜいここ2―3年。年齢(17歳)を考慮すれば、今後数年でどこまで“国際化”するかが勝負。その矢先に災難が襲ったのである。

 現役馬を見ても、スター不在は世界共通らしい。欧州は強い馬が出ると、そそくさと牧場に帰してしまう(例外もあるが)。米国は三冠路線での酷使が響いて、息長く活躍する馬が出にくい。その意味では、日本でスターが現れても良さそうなものだが、こちらはストーリー性がスターの条件と化している。1990年代半ばから続くサンデー産駒一色の状況では、「強い馬」が即スターに直結しない傾向にある。それでも、今思えば現在の4歳世代は期待馬がそろっていた。負ける場面がイメージしにくかったアグネスタキオン、オグリキャップの21世紀バージョンかと思わせたクロフネ。両馬がそろって3歳で現役期間を終えたのは、返す返すも痛い。ジャングルポケットやマンハッタンカフェのように、常識的な力の世代なら十分に主役を張れるようなライバルも多いから、余計に惜しまれる。

 ただ、今挙げた名前は、いずれも社台グループが生産、育成を手がけた馬たちで、いわばエリートである。従来は、こうしたエリートに対抗する勢力を地方競馬が供給してきたのだが、今や地方競馬は存立さえ危ぶまれる段階。90年代半ばに、中央と地方の交流が進み、地方発のスターが出やすい環境が整ったと思ったら、皮肉なことに、地方がスターを輩出するポテンシャルを失いつつある。

 騎手界もまた、誰が次代のスターとなるか、なかなか見えてこない。年齢的にも脂の乗り切った武豊(33)を超えるような存在が、簡単に現れるはずもないが、デビューの年から50前後勝つような騎手が飛び出して来ない(武豊は初年度69勝)。時間をかけてトップに昇り詰めることにも価値はあるが、早くから才能を見せつける方が、世の中に与えるインパクトが強くなることは間違いない。武豊のデビューから今年で15年。彼が「20年に1人」としても、あと5年で次が出てこなければならない計算で、残り時間は少ない。

 スター不在という状況に、特効薬がないまま、競馬界はニュースを発信する力を失いつつある。今年のダービーの週に、各スポーツ紙の一面を飾ったのは、ほとんどサッカーの話題だった。日韓共催のワールドカップ(W杯)直前という特殊事情があったにせよ、90年代前半とは様変わりである。重要なのは、W杯終了後も、サッカーの発信力が落ちていないことだ。欧州に移籍を果たした選手の動向が今も関心を集める一方、国内のリーグ戦も相変わらず盛況が続いている。J2の新潟―C大阪戦が観衆4万2000人を集めたのは記憶に新しい。今年、新潟で行われるスプリンターズSが、どれだけの入場者を集めるか。いやが上でも比較されてしまいそうだ。

 現在のサッカーの発信力は、他のスポーツをかなり上回っているように見える。W杯開催の効果で、海外のスター選手の動向が大きなニュースとして扱われても今では違和感がない。国の壁を超えた選手の動きがつくるダイナミズムは、国内完結型で行われてきたプロ野球や相撲にとっても脅威だろう。野球の国際化は急速に進んでいるが、実態は強い求心力を持つ米大リーグが、国外の選手を吸い寄せている図式。プロ選手を巻き込んだ世界規模のコンペティションは、まだ立ち上がっていない。選手の流失という負の側面をどうカバーするかという、受け身の対応を強いられている。

 今日、スポーツの主役である選手に付加価値をつける有力な手段が「国際化」であることは議論の余地がない。この観点で競馬を見ると、もともと国際性を色濃く帯びている点は強みだろう。世界のどこであっても、サラブレッドは三大始祖という共通の基盤を持っている。競馬が行われている国・地域の数も多い。しかも、生産を目的に種牡馬、繁殖牝馬は世界をまたにかけている。問題があるとすれば、現役の競走馬を国外に移動して走らせるリスクが大きいことか。ただ、その壁を乗り越える努力は日夜重ねられている。

 日本でも、一時ほどの注目度はないが、11日には国内でG2を勝っているだけのエアトゥーレが仏G1、モーリス・ド・ゲスト賞で2着と健闘した。マンハッタンカフェは9月に渡仏し、10月の凱旋門賞を目指す。一昨年、同じサンデー産駒のエアシャカールが渡英し、「キングジョージ」5着となったが、当時より期待度が高い。マンハッタンカフェの遠征は、サンデーの体調の問題を抜きには語れないが、結果次第で競馬界に新たな活力を吹き込むだろう。

 こうした個別の努力とは別に、競馬機構も時代に即応して見直す必要があるのは言うまでもない。馬であれ、かかわる人間であれ、競争の場はより広く開かれ、よりフェアでなければならない。サッカーの持つダイナミズムも、市場の開放性こそが源泉である。どこに所属していても、日本、そして世界のトップを目指す道が開かれていることが重要である。スターを人為的につくることは不可能でも、生まれやすい環境をつくることは可能なはずである。



 
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