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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (8/5)騎手、ダブルライセンスの行方――公正な競争の実現を
 昨年秋、安藤勝己騎手(42、笠松)がJRAの騎手免許試験を受験、不合格になった一件は、中央と地方という日本の二元的な競馬の現状に一石を投じた。この問題をめぐって7月には、JRAと地方競馬全国協会(NAR)双方が相次いで動きを見せた。JRAは来年度の免許試験要項を改定し、地方所属騎手が受験する場合、筆記試験を一部軽減することを決めた。一方、NARは地方所属騎手の“流失”が予想される事態を受け、急きょ農水省に対し「ダブルライセンス」容認のため、競馬法施行規則改正を求めている。

 JRAの要項改定は、安藤勝の不合格に対するファンの強い反発を受けたものだ。もともと安藤勝が受験を決意したのは、昨年9月に阪神で落馬事故に遭い、入院していた時期。かねてから“移籍”を勧める中央のきゅう舎関係者は多かったが、自身は必ずしも周到な準備をしていたわけではない。JRA側も事情は同じで、試験要項はすでに発表済み。受験の時点で中央での勝利数は146というトップ騎手を試験で落とせば、世論の反発は避けられないが、タイミング的に特例措置を取る余裕はなかった。案の定、不合格の結果に「2度と乗せないのでしょうね」という辛らつな声が上がった。

 JRAの要項改定作業は、今年の早い段階から進められた。中央で実績のある騎手に対しては、筆記試験を軽減するというコンセプトは単純だが、線引きをどこに設定するかが問題だった。通算勝利とした場合、安藤勝以外の騎手が特典を受ける可能性は限りなく狭まる。そこで、JRA所属騎手の上位1/4に相当する「年間20勝」を直近5年の間に2回クリアすることが条件とされた。この場合、筆記試験は競馬関係法規や公正確保に関する科目のみとなる。

 現時点でこの基準をクリアしているのは安藤勝のみ。他に、小牧太(34、兵庫)が昨年、20勝に到達している。新要項が当面は続くと仮定した場合、安藤勝以外に何人がクリアする可能性があるか。今年7月までの日程を終えて、2ケタの勝ち星を上げた地方騎手は安藤勝のほか、岩田康誠(28、兵庫=12勝)、石崎隆之(46、船橋=11勝)、吉田稔(33、愛知=11勝)の3人。これに小牧を加えた辺りが、潜在的な有資格者と言える。ただ、JRAは9月から古馬500万条件の特別指定交流競走(特指)を編成しなくなる。中央で1000万条件に格付けされる認定馬は非常に少なく、地方騎手の中央参戦の機会は大幅に減りそうだ。質の高い出走馬を確保する観点から言えば、特指に出走する地方馬に問題が多かったことも事実で、一概には批判できない。ただ、「安藤勝に続く存在が次々と現れては困る」というJRAの本音が感じ取れる措置ではある。

 いずれにせよ、新要項で安藤勝がJRAの免許を手にする可能性が高まったのは確かだ。そこで問題となるのが、地方側の免許の扱いである。関係者によると、NARは6月ごろから農水省に、ダブルライセンス容認のための制度整備を求め、同省も前向きな姿勢を見せている。現在の競馬法施行規則(農水省令)は、一方の免許を持つ者が他方のために調教や騎乗を行うことを、「免許取り消しの理由となりうる」としている。JRA側の競馬施行規程にも同じ趣旨の条項がある。順序からいえば、先にあった施行規程と整合する省令を、1991年の競馬法改正の際に置いたのが正解。ただ、双方の交流拡大で、時代にそぐわなくなったことは間違いない。同省は規定改正には「ファンの声が必要」との立場で、NARと安藤勝の所属する岐阜県競馬組合はファン向けのアンケートを行う予定だ。

 一連の経緯にJRAは露骨な不快感を示す。昨年、同省が設置した「地方競馬のあり方に係る研究会」で、登録・免許機関の一元化に激しく抵抗して先送りに持ち込んだばかり。「NARはなし崩し的な一元化を狙っている」と不信感むき出しの反応を見せる。NAR側は「そんなつもりはない」と否定するが、来年の有馬記念の12月28日開催問題を巡る相互不信は、ここでも顔をのぞかせる。

 筆者は基本的にダブルライセンスを容認する立場である。2つの免許を持つことが容認されれば、実力のある地方騎手が中央を受験することへの心理的障壁が低くなるからだ。安藤勝の受験は、年齢的に騎手生活の後半を迎えていることが決断の大きな要因だった。若手・中堅の騎手にとって、一方を捨てる判断は難しいからだ。

 というより、「免許」についての考え方を根本的に改める時期に来ているのだ。二重免許に際して問題となるのは、事故の際の補償やラフプレーがあった場合の制裁期間の設定、さらには不祥事が起こった場合にどちらが処分するか――などという。だが、現時点での二重免許はあくまでも、ごく限定された有資格者が、自らその立場を選択した場合に生じる事象である。選択した者にとって、最も厳しい形でルールを設定すれば良い。騎手は個人事業主である。

 詰まるところ、二重免許の問題も、中央と地方という二元的な日本の競馬システムの矛盾にほかならない。地方の苦境が深刻化する一方で、JRAの経営環境も厳しくなり、どちらも関心事は自らの生き残りである。それ自体は別に非難には当たらないが、問題は日本の場合、馬も人も主催者に囲い込まれていることだ。7月には島根・益田の廃止が決定。大分・中津、新潟に続く廃止で、また失業者が出る。このようなドラスティックな形であれ、開催規模の縮小という形であれ、日本の競馬人に与えられるポストは、今後も減り続けるだろう。だが、人の淘汰が、実力本位ではなく、どの競馬場に属していたかという基準で行われれば、日本の競馬はさらに劣化することになる。今や競馬ファンの誰も、JRAや大井に所属していることが、決して騎手や調教師の実力の証明とはならないことを熟知している。小さな競馬場にも、腕の立つ人はいる。安藤勝の活躍の最大の意義は、その事実を満天下に示したことである。

 海外では騎手であれ、調教師であれ、免許が生活を保証してはくれない。日本人騎手が海外で騎乗する場合も、ネックになるのは就労ビザの発給である。免許が降りても、馬主や調教師が乗せてくれなければ意味はなく、そのことが人の公正な競争を担保している。中央、地方という二元システムと内きゅう制度は、競馬人が公平、公正に技術を競い合う上での桎梏(しっこく)となっている。強い主催者であればあるほど、人の意識がサラリーマン化していく危険性は高い。主催者が馬も人も私物と考え、“越境”を恐れる限り、スポーツマンとしての意識が広く共有されることはないのだ。



 
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