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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (7/22)活況の背後に迫る危機?――セレクトセールから
 7月8、9の両日、北海道苫小牧市で開かれた日本競走馬協会の「第5回セレクトセール」は予想を上回る活況で幕を閉じた。ダンスパートナー、ダンスインザダークの全弟である「ダンシングキイの2002」が、同セール史上最高、というより、当歳馬世界最高価格の3億3500万円で購買された。合計落札価格は54億3960万円、平均価格は2925万円。上場馬277頭中186頭が落札され、売却率は67.1%。平均価格は前年比133万円増、売却率も0.9ポイント増と、いずれも前年を上回った。1億円の大台も前年の3頭から7頭に増えた。政府・日銀が景気底入れを宣言したとは言え、個人消費は相変わらず弱含みな中で、正直、ここまで売れるとは予想できなかった。

 今年5回目の同セールだが、1年おきに強弱を繰り返している印象がある。初年度は当歳の数が183頭と少なかったとは言え、1億円ラッシュ(7頭)と破格の平均価格3469万円で度肝を抜いた。2年目は平均価格が2922万円で、やや落ち着いたと思わせたが、一昨年は「フランクアーギュメントの2000」の3億2000万円を筆頭に、1億円の大台が実に11頭、平均価格も初年度を上回る3506万円を記録した。だが、昨年は打って変わって落ち着いた市場。最高価格馬「ロッタレースの2001」(1億9000万円)を最後まで競り合ったのが、国内の常連バイヤーではなく、アラブ首長国連邦・ドバイのシェイク・モハメド殿下の代理人と、アイルランドの「クールモア」という海外の二大勢力だったことが象徴的と言える。

 だが、今年は国内の常連バイヤーの“巻き返し”の年となった。ダンシングキイの2002は「トーセン」の島川隆哉氏。マンハッタンカフェやイーグルカフェが大成功している西川清氏は、1億円馬3頭を落札し、ダンシングキイの2002も最後まで競り合った。また、価格第2位の「ファンジカの2002」は、「アサクサ」の冠号の田原源一郎氏が、モハメド殿下の代理人に競り勝って2億500万円。ほか2頭の1億円馬も、金子真人氏、近藤利一氏の手に落ちた。2000年以降、この市場のキープレイヤーの一角を占めていたモハメド殿下の代理人「ジョン・ファーガソン・ブラッドストック」は今回、5000万円と7000万円という比較的におとなしい価格のサンデーサイレンス産駒2頭を購入。一方で、日本の牧場に預託していた所有馬9頭を売りに出し、全馬が取引成立となった。おそらく、今回の最大の狙いは「ファンジカの2002」だったのだろう。だが、2億円の大台を突破した直後に降りるあたり、海外勢らしいドライさだ。

 それにしても、いかにサンデーサイレンス産駒で近親が活躍していると言っても、3億円という価格が引き合うのか。一昨年の「フランクアーギュメントの2000」は今年、調教中に蹄(てい)骨を骨折。今なお患部を痛がっていて、競走デビューの見通しは立っていないという。仮に未出走のまま種牡馬にしても、経済的価値はレースで活躍した馬よりはるかに落ちるはず。ダンシングキイの2002にしても、ダンスパートナーより10歳、ダンスインザダークより9歳も年下である。繁殖牝馬が良い産駒を出す年齢は15歳前後までと言われるが、ダンシングキイは19歳。この辺のリスクを考えると、クレイジーな価格という気もする。2―3年後、どうなるか…。

 強すぎる(?)市場は、詰まるところ日本の競馬の先行きに対する危機感が、余り深まっていないことの現れかも知れない。今月開かれた米国のセリ市場の動向を見ると、キーンランドジュライセールは低調だったものの、中位層の価格の馬が多く、指標になりやすいファシグティプトンのセールは堅調だった。相次ぐ企業不祥事で株価が急落している米国経済の動向は、まだ反映されていない。だが、米国経済がおかしくなれば、輸出頼みの日本の景気は大きなダメージを受ける。「底入れ」は政府の発表だけで、馬券の売り上げは、なお底入れには程遠い状況にある。もちろん、JRAが削減に着手したのは、低資質馬への影響が大きい手当などで、この辺を当てにするようでは巨額の投資の回収はおぼつかないのだが…。

 セレクトセールは予想以上の成功だったが、売る側の主役である社台グループは、相次ぐ災難に襲われている。産駒が短距離戦で安定した成績を残していたエンドスウィープに続き、16日にはエルコンドルパサーが死亡した。セールでは、エンドスウィープ産駒は上場16頭中、実に14頭が売却され、平均価格も2060万円。エルコンドルパサー産駒はまだ競走デビューしていないが、今年も18頭中11頭が売れて、平均価格は2490万円。どちらも市場の評価は高かった。エンドスウィープの場合、5月中旬に馬房から出る際に横転して、背骨に重度の骨折を負っていた。産駒の売れ行きにも、こうした事情が影響していた可能性はある。だが、エルコンドルパサーは13日に腸ねん転を発症してから、わずか3日でこの世を去った。

 同グループを襲った災難はそれだけではなく、サンデーサイレンスは右前脚のフレグモーネで5月初旬から種付けを中止。しかも、18日に3度目の手術を行ったが、回復は思わしくないという。今年から種牡馬入りしたクロフネも種付けの際に下腹部を蹴(け)られて、血腫のため種付けを中止している。サンデー産駒7頭に高値がいついたのは、来年の産駒数の減少を見越したものという解釈もできる。いずれにせよ、日本の血統資源を一手に集めた同グループの困難は、日本の競馬全体にも影響を与えずにはおかない。

 日本の生産界は、バブルの恩恵で買い集めた血統資源という“貯金”を取り崩しているのが現状だ。海外にもノーザンダンサーやミスタープロスペクターといった大種牡馬は不在で、次代のエースを探し求めている段階にある。北海道・日高地区はすでに大型のシンジケートで種牡馬を導入する体力はなく、この先大きな買い物ができる存在は、社台グループ以外に見当たらない。社台一極集中が競馬そのものの興味をそぐという面は確かにあるが、一方で社台がつまずいても、有力な対抗勢力は見当たらず、むしろ生産界全体のポテンシャルが低下することが危惧(きぐ)される。

 それにしても、一昨年ごろからモハメド殿下の購入の動きが本格化し、昨年の一連の国際レースで、トゥザヴィクトリー、ステイゴールドが活躍。サンデー産駒の国際化はまだ緒についたばかりである。国際化が遅れた原因は、実は馬代金も賞金も高いという日本競馬の“インフレルール”だった。そう考えると、今回の市場の予想外の強さは、素直に喜べない。ともあれ、サンデー自身にとって、種牡馬としてやり残したことは多く、早期の回復が待たれる。



 
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