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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (4/29)JBC発売問題――中央・地方協調時代に幕?
 昨年10月、地方競馬の祭典として第1回が行われたジャパン・ブリーディングファームズカップ(JBC)の場外発売問題を巡り、JRAと地方競馬全国協会(NAR)、さらには地方競馬主催者間で亀裂が表面化。司令塔不在という日本競馬のアキレス腱(けん)を露呈した事態は、JBCの将来にも暗い影を落としている。

 JBCは、北米競馬の祭典であるブリーダーズカップにならい、生産界主導で地方競馬を舞台とした大レースを企画。日本産競走馬の販路の6―7割を占める地方競馬の活性化に役立てようとする狙い。実際の運営は生産者により構成されるJBC協会(北海道静内町)とNAR、地方競馬主催7団体が加わる実行委員会の手で行われており、第1回の昨年は10月31日に大井競馬場で開催された。

 昨年は水曜日のナイター開催だったが、北米にならった持ち回り開催方式が採用され、今年は岩手・盛岡競馬場で11月4日(振替休日)で予定されている。各地方競馬場は当日、原則として自場を休催とし、JBCの全国発売を行うものとされ、昨年は北海道・道営と兵庫を除く全競馬場が休催。クラシック(ダート2000メートル)、スプリント(ダート1200メートル)の2競走で約21億円、1日で40億円弱の売り上げを記録した。だが、今年は祝日開催となる半面、本場の入場者が少ない盛岡開催。今なお、地方競馬は売り上げの多くを本場の入場者に頼る構造が残るため、売り上げ減少が懸念されていた。

 問題の発端は昨年秋。JRAがNARに非公式に、ウインズでのJBC発売を打診したことで始まった。もともと、既に発表済みのJRAの開催日程では、11月4日は競馬は行われないことになっていた。だが、競馬開催のない日にウインズを営業するのは、地元調整が困難で望み薄。そこで、11月2日(土曜)分の福島開催を移設し、福島を“全国発売”する体裁を取りながら、同時にJBC2競走を発売する案を提示した。と言っても、中央と地方は別々のコンピューターシステムで馬券を発売しているため、今回はウインズと物理的に近い地方競馬場とをオンラインで接続。20数億円と見られる費用は、JRAの特別振興資金(剰余金から競馬や畜産関係事業の補助金を支出。補助率は原則1/2)を充てるシナリオだった。

 昨年夏、農水省が設置した「地方競馬のあり方に係る研究会」では、地方側の「ダートグレード競走をJRAの電話投票で発売したい」との考えに対し、JRAが過大な費用負担を理由に拒否する一幕があった。「電話はダメだが現金投票なら」というJRAのオファーは妙案に見えたが、ここに12月28日の有馬記念開催という別な要素が絡んだことで、事態は思わぬ方向に進み始めた。

 中央競馬の開催日程には1991年の農水省畜産局長(当時)通達という縛りがある。「祝日は年2日以内とし、12月28日から1月4日までは開催しない」というものだ。この通達は実質的には、JRAと地方の住み分け協定であり、背後には農水省競馬監督課長と自治省(現総務省)地方債課長の間の覚書までが存在している。この線に従った場合、来年の中央の日程は12月21日で終了。年明けまで15日も開くことになる。だが、昨年11月のJRA運営審議会では、一部の委員が有馬記念日程の繰り下げを提起。競馬監督課の森多可志課長も「検討したい」と答えた経緯があった。JRAには、(1)有馬記念の日程を遅らせることは、売り上げ増につながる(2)年末年始の間隔を狭めることで、年明けの除外ラッシュが緩和される――という二つの意図があり、3月に「JBC場外発売の見返りに、有馬記念の12月28日開催を」とJBC実行委員会に正式に提起した。

 地方側はハチの巣をつついた騒ぎになった。年末にドル箱の東京大賞典を抱える大井が猛反発したのに対し、JBCの売り上げを確保したい岩手は推進派。JBC実行委員会を舞台に双方が綱引きを展開した末、4月の実行委員会でJRA提案を拒否を決めた。

 各当事者のコメントは以下の通りである。

 JRA「ギリギリの提案と考えていたが、受け入れられず残念。JBC発売のためには、どのみち通達の見直しが必要なはず。年末の日程問題が進展する担保がなければ発売には踏み切れず、分離処理は困難だった」(土川健之理事、畑山光伸総合企画部長)

 NAR「年末の日程問題はほとんどの主催者に影響があり、7主催者しか加わっていない実行委員会では議論できない。有馬記念問題を持ち出すのは、各地方競馬場間の結束にクサビを打つに等しい行為であり、JRAの対応は遺憾だ」(岸広昭常務理事)

 JBC協会「生産者としては、提案が実現しないのは残念。JBC成功のため、双方に歩み寄って欲しかった」(古川博会長)

 特別区競馬組合・松崎利光事業推進部長(「個人の見解」と断った上で)「中央と地方の住み分けに甘える気はないが、今回のJRAの対応は身勝手だ。ファンは有馬記念の28日開催を支持するかも知れないが、我々の側は大幅な減収が予想され、受け入れ難い」

 岩手県競馬組合・藤原正紀前事務局長「この程度のことで反目し合うのは寂しい話だ。JRAと岩手の間には最低限の信頼関係はあるが、他の主催者やNARとの間にはそれもない。年末の日程問題の出し方は、交渉技術としては拙速だったのではないか」

 今回、浮上した論点は、(1)中央・地方の従来型の住み分けの妥当性(2)利害対立が生じた場合に誰が調停するか――の2つである。

 前述の局長通達が出された91年、地方競馬の売り上げは1兆円に迫った。JRAもブームの頂点で、協調の必要性への認識は乏しかった。だが、同年を境に地方側の売り上げは急降下。95年に、JRAが一連の交流拡大策を打ち出す。“協調”と言っても、同年始まったダートグレード競走で、JRAが賞金を50%拠出し、出走馬の質もJRA頼りであったように、実態は一方的支援だった。だが、97年の4兆円達成を境に、JRAの業績も反落。支援策見直しの機運が高まっている。JBCもまた、内実は従来のダートグレード競走と同じ。今後もJRAの業績が落ちれば、さらなる支援縮小の可能性すらある。JRAの姿勢に不満なら、NARや大井が支援も返上する覚悟はあるのか? 平素、JRAとの対抗意識をあらわにする大井も、ダートグレード5競走の賞金の助成を受けている。

 現在のような住み分けは、大規模小売店舗法を思わせる。大店法は中小小売業者を保護する趣旨だったが、競馬界の住み分け論は利権の配分以上の意味はない。住み分けをしても多くの地方競馬は倒れ、JRAでさえ赤字転落の危機が迫る今、考えるべきは、競馬産業をせめて縮小させないために何が必要かである。格の高いレースを広範囲に売る策以外に、いかなる振興策があるのだろうか。

 地方側は世論に訴えることを問題視するが、ファンの意見は購買行動に直結する。この問題でファンを納得させる論理を示せない側は、ビジネスでも負けるだろう。旧態依然たる霞ケ関の規制が命綱では先は見えている。覚書の当事者である総務省が、今も地方側の利益にコミットしているかどうかも極めて疑わしい。JRA側の問題を挙げれば、年末の日程問題の出し方である。JBC実行委の手に余る話であり、この問題だけはNARに持ち込むべきだった。

 こうした対立を誰が調停するか。今回に限ってはJBC協会がその任に当たるべきだった。もともと同協会は、余りに経営実態が異なり、一くくりにできない競馬主催者の間に「同じ馬を供給している」という一点で架橋をかけ得る立場だった。実際、一昨年までの同協会は当事者間の対立の緩衝剤となっていた。また、JRAがJBCにぶつけるようにJCダートを新設したことで、中央への反発から皮肉にも大井と岩手の結束が固まった時期はあった。だが、現在のJBC協会は主にJRAへ馬を送る大手生産者の発言力が強まり、今回も中央寄りの立場を鮮明化。緩衝剤の機能を失った。

 JBCの企画に当初から携わった同協会前事務局長の石原儀人氏は「JBCは“明後日の糧”を目的にしていて、目先の利益を度外視した分、主催者の負担は大きかった」と話す。ステイタスを保つ意味で、コースの周回距離にも原則1200メートル以上というルールを設けた。「やりたい主催者はコースを改善して下さい」というメッセージだった。だが、今日の地方競馬には、明後日のことを考える余裕はない。今回も、首都圏のウインズで発売されると、地方競馬場の場間場外の売り上げを食われることが、反対論の背後にある。地方の場間場外の手数料は売り上げの13%と高率で、場外発売した側はリスクなしに収益を上げられる。全体のパイを大きくしたい主催競馬場と、場外発売する競馬場の利害が対立してしまったのだ。

 来年以降、有馬記念が28日に開催できるのは、2008、2014年である。2008年に競馬場は日本にいくつ残っているだろうか。その年までに、競馬場と名のつく場所なら日本ダービーも有馬記念もJBCも東京大賞典も、全部買えるようでなければ、日本の競馬など生き残りは不可能ではないか。そのような大局的な立場で、今回のような対立を調停する時の氏神は、悲しいかな日本の競馬界には存在しない。JBCも収益の道が狭まれば、大井、岩手以外の競馬場はもはや主催を希望しないだろう。JBCの先行きが怪しいだけではない。司令塔不在の日本の競馬全体に暗雲が漂っているのである。



 
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