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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (4/15)馬主登録という迷宮・調教師の馬所有の是非
 13日の中山グランドジャンプで優勝したセントスティーヴン(豪)、7着のティーベンジャン(仏)の両馬は、馬主と調教師が同じだった。正確に言えば、セントスティーヴンは共有馬で、代表がジョン・ウィーラー調教師。ティーベンジャンのジェラール・ルペイザン調教師は昨年、7頭いる自分の持ち馬だけを出走させて43戦4勝。「人の持ち馬は気遣いが多いから」と、預託は受けていないという。国際レースではこんな例は珍しくない。それどころか、世界のトップホースが事実上、調教師の持ち馬だった例もある。1997年のブリーダーズCクラシックを圧勝したスキップアウェイ(現種牡馬)の所有者は、ソニー・ハイン調教師の夫人だった。

 調教師が馬の権利の全部、または一部を所有できることは世界の競馬界では常識に類する。だが、「日本の非常識」というべきか、国内の競馬では調教師の自馬所有は認められていない。北海道で行われるばんえい競馬で2月、このローカルルールを巡って何とも愚かしい事件が起きた。北海道ばんえい競馬調騎会の会長も務めていた林正男調教師が、暴力団を使って名義貸しを告発した馬生産者を脅迫し、暴力行為法違反(脅迫)で逮捕・起訴されたのである。

 林調教師は自ら現役馬4頭を所有していたが、自馬所有が認められていないため、知人2人の名義を借り、賞金を獲得していた。ところが、北見市内の馬生産者がこの事実を地方競馬全国協会(NAR)に告発したため、暴力団関係者2人を使って生産者を脅したのが起訴事実である。ばんえい競馬では、80年まで自馬所有が禁止されていなかった。もともと、農村の祭りの余興として盛んに行われてきたばんえい競馬は、自分の馬を走らせるのがむしろ通常で、平地競馬のように他人が所有する馬の預託を受けるスタイルの方が例外的だっただろう。だが、公式の競馬として馬券を発売するため、無理に平地競馬のルールを適用してしまった嫌いがある。

 それにしても、競馬界で名義貸しほど奇妙なルールはない。今回の場合、借りた方が現役調教師で、発覚すると免許を失う恐れがあったため脅迫に走った。だが、過去にJRAで発覚した名義貸し案件のほとんどでは、借り手が競馬界のコントロールの及ばない立場にあった。従って、発覚すると貸した馬主が免許を失い、当該馬を管理していた調教師が何らかの処分を受けるという処理をされた。借りた側には何の手出しもできなかったのである。

 発覚の端緒は例外なく、金銭トラブルだった。もともと、名義を貸す側と借りる側には共通の利害がある場合の方が多い。JRAには馬主登録の「1年抹消」というルールがあり、1年以上馬名登録をした馬がいないと、自動的に資格を失う。バブル崩壊後の長期不況で、本業不振のため馬を持てなくなる人は跡を絶たないが、資格を失わないために名義を貸す場合が想定される。一方、借りる方はもっと切実だ。資格を失うような馬主が多くなれば、特に生産者は売れ残りの馬が増えることになる。自分で馬主登録を持っていれば「自家用車」として走らせることも可能だが、そうでなければ…。自分で名義を借りて走らせたり、名義のない人に売ってしまう場合もあり得る。貸し手も借り手も、発覚しては困る点では同じ。こうなると、両者間に何か問題が生じない限り、表面化はしない。

 安田記念、マイルCS優勝馬のトロットサンダーの馬主の名義貸しが発覚し、同馬が引退に追い込まれた96年、JRAは預託契約書類への実印押なつなどの規制強化策を打ち出した。だが、JRAに強制調査権がなく、一方の当事者がJRAのコントロール下にない以上、発覚は当事者間のトラブル待ちという実態には大差ない。

 それにしても、根本的な疑問だが、名義貸しはそれほど悪いことなのだろうか? 競馬法や競馬施行規程に違反すると言えば聞こえは悪いが、競走馬が一種の財産である以上、様々な所有形態を取る方がむしろ当然である。名義貸しの危険性が問題化したのは、69年の中山大障害の前に、出走馬の飼い葉桶(おけ)に、抹茶が混入された事件がきっかけで、この時は名義貸しの背後に暴力団関係者が存在していた。だが、競馬の公正に実体的な悪影響が及ぶのは、あくまでも暴力組織が絡む場合である。極端な言い方をすれば、レースでおかしな問題が起こらない限り、誰の馬でも(調教師であっても)構わないのだ。暴力団を使った脅迫は許されないが、その動機が、不合理極まりないローカルルール違反の発覚を防ぐことだったとなると、現行ルールが本末転倒の結果を招いたとも言える。

 調教師の自馬所有制限も、競馬の本質論から離れた面がある。調教師の最初の仕事は、馬房を埋めることであり、忙しい顧客に代わって、馬を選ぶ際にむしろ主導的な役割を果たす場合は多い。ここで調教師が馬の共有者に加わることは、購入のリスクと責任を分担する意味で、経済行為としてはむしろ是認されてしかるべきだ。現在のJRAのような売り手市場のきゅう舎事情の下では、調教師は何のリスクも負わずに馬を馬主にあっせんできるが、それと比べても、自らリスクを取って馬を選ぶ方がはるかに誠実ではないか。

 「公正競馬」と聞いて、人は何をイメージするだろうか。「八百長が起こらない」というのが常識的な答えだろう。だが、日本の主催者は「公正」というあいまいな概念に、過剰な意味を付与してしまい、結果的に競馬ビジネスの自由な展開を封じている。名義貸しは、馬主免許が必要以上に希少であるために起こる。いかに審査を厳しくしても、免許発給後に経済的に破たんしたり、暴力団関係者との交友が生じれば、審査自体が無意味になる。「公正確保」を目的とした規制には、主催者側の自己満足に過ぎない例も目立つ。

 昨年末現在で、JRAの馬主登録数は個人2151、法人347、組合5。ピーク時の91年は、個人2695、法人375で、減少率は2割近くになる。現在のような規制を続けていれば、競馬産業全体の冷え込みに拍車をかけるだろう。今も外国調教馬だけは、調教師所有さえ認めるダブルスタンダードを維持している。国内だけでしか通用しない「公正」のじゅ文を唱え続けても、競馬にとって有益とは思えない。むしろ、公正の限界をファンに率直に語るべきである。



 
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