NIKKEIデイリースポーツ サラブnet HorseRacing Info サラブnet
ホーム 重賞レース情報 重賞レース結果 最新競馬ニュース 競馬読み物 予想大会
■ 競馬読み物
  ■専門記者の競馬コラム
  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (1/28)高まるきゅう舎制度への風圧――預託料自由化の波紋
 岩盤のように強固に見えた中央競馬のきゅう舎制度に、風穴が開こうとしている。馬主が毎月、きゅう舎に支払う預託料の算定方法にカルテルの疑義があるとした公正取引委員会の指摘を日本調教師会は受け入れ、馬主団体との間で締結していた協約を撤廃。4月から預託料は馬主と調教師の個別交渉で決定することとなった。“疑似社会主義”と揶揄(やゆ)される現行制度の核心部分がいとも簡単に崩れ、“きゅう舎ビッグバン”の幕が開いたと言える。

 従来の預託料算定方式は「実費付け替え」と呼ばれ、簡単に言えばかかった経費はすべて馬主に請求を回すやり方だった。この方式の下では、調教師側に経費を節約するインセンティヴが全くなく、預託料は果てしなく高騰しかねない。調教師の新規参入が容易で、価格競争のメカニズムが働いていれば別だが、美浦・栗東両トレセンの設置以来、トレセンの器に合わせた事実上の調教師定員制が採られている。競馬産業が成長軌道に乗ってからは、常に入きゅう希望の方が多い売り手市場が続き、調教師が何の経営努力をしなくても、預託馬が絶えないというぬるま湯のような環境にあった。

 馬主側(日本馬主協会連合会)が、自己防衛として採ったのが、日本調教師会と団体間協約を結ぶ手法だった。JRAを巻き込んで「預託料問題に関する懇談会」を設置し、きゅう舎の人員態勢から果てはきゅう舎清掃用のホウキの価格まで決めるという、資本主義社会では信じ難いようなことがつい最近まで行われてきた。少し古い資料だが、1997年4月の価格によると、燕(えん)麦は毎月170キロ消費する設定で、価格は1キロ当たり100円。ホウキは、担当馬が2頭いるきゅう務員が3カ月で1本つぶす設定で、価格は1350円。バケツは標準的なきゅう舎(20馬房)が、3カ月で4個消費する設定で単価は1050円。消耗品の償却期間まで設定したのは、不心得な調教師に過剰請求をさせない歯止めの意味もあったと見られる。

 この態勢の核心部分は人事で、各きゅう舎とも2頭を1人のきゅう務員が担当し、調教スタッフは6―7頭につき1人という枠が決まっていて、20馬房のきゅう舎では、きゅう務員が10人、調教助手または契約騎手が3人となる。中にはもっと人を増やして、濃密なケアを行いたいきゅう舎もあるだろう。人件費の分、預託料は高額になるが、競馬で勝ってカバーする道もある。だが、こうした個々のきゅう舎の創意工夫を封じ込んでいたのが従来の態勢だった。

 ただ、競走成績の良い栗東では、すでにこの態勢に風穴が開いていて、その象徴が持ち乗りの調教助手の導入だった。従業員全員が騎乗調教のできるきゅう舎であれば、調教専門助手の数は少なくて済み、当然、預託料も低く抑えられる。美浦では持ち乗りの助手は今なお導入されていない。預託料が安くて成績も良いとなれば、高資質馬が栗東に集まり、西高東低となるのは必然の流れだった。

 どこのきゅう舎にいても勤務の枠組みは基本的に同じという態勢の下で、きゅう務員の人事に関しても司令型経済のような運用が行われていた。新たにきゅう務員となった人の配属先は、調教師会ときゅう務員労組で構成する「人事委員会」が決めていた。きゅう舎によって、担当馬が2頭であったり3頭であったり、バラバラな状況では、きゅう務員側に選択権を行使させないのはほとんど人権問題である。実際には、どのきゅう舎に配属されるかで、得られる進上金(賞金の5%)は大きく異なるが、基本給部分は共通ルールで支給しているという理屈で、潜在的な不満を抑えていたのだ。

 預託料の自由化は、従来のきゅう舎を取り巻く各種のルールを完全否定したに等しい。今後は定額での請負契約をするきゅう舎が出るだろう。不成績のきゅう舎には、預託料引き下げの圧力がのしかかる。預託料の75%は人件費で占められており、一般社会で今や広く行われている賃金引き下げも現実味を帯びてくる。何より、調教師会ときゅう務員労組が団体交渉で人件費を決定することの当否が問題になって来よう。きゅう舎はそれ自体、一つの企業であり、まるで業績が異なるのに、給与体系が同じである方が奇異である。

 さらには、馬が賞金を獲得した際の進上金に関しても、自由化の波は及ぶだろう。現在は、預託契約書のひな型に、賞金のうち調教師に10%、きゅう務員(持ち乗り助手)に5%の進上金支払いの項目がある。だが、この比率の根拠はあいまいで、いつ定式化されたのかをJRAでさえ把握していない。進上金はもともと、勝った時に馬主が祝儀を出していたのがルール化した。今日では成功報酬の色彩が濃く、預託料と同様、全きゅう舎が同比率というのはナンセンスだ。武豊やペリエと、デビュー間もない新人騎手の進上金が、一律5%というのがおかしいのと、全く同じ理屈である。預託料は抑え、その分進上金の比率を高めに設定する(あるいは逆)といった、多様な預託契約のあり方が今後は模索されるだろう。

 折しも、現在未開業の調教師のうち、美浦1人、栗東4人の計5人が、2006年まで馬房が割り当てられず、開業できないことが明らかになった。筆者はかねてから、免許と営業権がリンクした現在の制度の問題点を再三、指摘してきたが、JRA自らが現在のシステムを維持し切れなくなって来たのである。急場しのぎとしては、抽せん馬やトレーニングセールで取引された馬に対する特殊馬房を廃止・縮小する手もある。だが、これも決められた器の中での話で、抜本的な解決にはならない。いっそ、希望する調教師には、トレセン外での営業を認めれば良い。その替わりに、馬場を自由に使わせたり、レースの直前はトレセンの出張馬房に入きゅうさせるなど、フォローの方法はある。定員制にピリオドを打つことこそ、きゅう舎ビッグバンの最終段階であり、強い馬づくりの早道である。

 地方競馬に関してはすでに、農水省生産局長の私的研究会が昨年末にまとめた中間報告書の中で、外きゅう制度の導入を認める方向を打ち出している。物理的に内きゅう以外から競馬に参加できる道が開かれるとなれば、人的にも、いま免許を持つ者に資格を限定することは不当である。地方競馬では95年から、JRAの競走への参加の切符となる認定競走が行われており、ここを通過すれば、中央でも地方でも馬房を貸し付けられていない“調教師”が、JRAの競走にも参戦可能となる。免許と営業権をリンクさせ、免許の数を絞ることで調教師を保護する社会主義体制の終幕は近づいた。



 
■コラム一覧
■北海道牧場紀行
■初心者入門

  ■コラム一覧
   (3/3)安藤勝騎手、中央へ――統制経済は維持された
(2/10)摩訶(まか)不思議な免許取り消し劇
(1/27)固定化した東西格差――不良資産と化した"美浦"
(1/14)年度代表馬決まる――壁を超えることへの評価
<2002年>

(12/24)2002年の終わりに―「会議は踊り、危機は深まる?」
(12/9)早田牧場の破たん――生産界の危うさを露呈
(11/25)官と民のはざまで――問われるJRAの自浄能力
(11/11)祝祭から遠く離れて――日常に埋没するニッポン競馬
(10/28)ポスト三大種牡馬の模索
(10/15)ダブル免許問題とJRA
(9/30)第二期高橋理事長体制の課題
(9/9)有馬記念日程問題が決着――JBCの行方は不透明
(8/26)ポストサンデーの日本競馬――名種牡馬の死は何をもたらすのか?
(8/19)失われた?競馬の発信力――市場の開放性高め、スターを生む環境を
(8/5)騎手、ダブルライセンスの行方――公正な競争の実現を
(7/22)活況の背後に迫る危機?――セレクトセールから
(7/8)高齢化するオープン馬――進まぬ世代交代
(6/24)供給過剰とダウンサイジング・「冬の時代」の公営競技のあり方
(6/11)番組の再検討――宝塚記念をどうするか?
(5/27)新種馬券導入とファンの変容・浸透するか馬単と3連複
(5/13)2002年ダービープレヴュー・90年代の変容を映す
(4/29)JBC発売問題――中央・地方協調時代に幕?
(4/15)馬主登録という迷宮・調教師の馬所有の是非
(4/1)内国産種牡馬の新たな波・活力見せる在来血統
(3/18)“低資質馬整理”ルールと除外問題の行方
(2/25)ダート競馬の成長・変容するニッポン競馬
(2/12)総務省勧告とウインズの行方
(1/28)高まるきゅう舎制度への風圧――預託料自由化の波紋
(1/17)伸び悩む若手騎手――背後に競馬界の構造変化
<2001年>

(12/31)競馬この1年(下)あえぐ地方競馬――経費削減いばらの道
(12/30)競馬この1年(中)若手伸び悩み――「結果第一」かからぬ声
(12/29)競馬この1年(上)海外躍進の陰で――カネかけぬ育成法探る
(12/28)地方競馬は生き残れるか?――模索すべき中央と地方の新たな関係
(12/17)“居場所”がない競馬・見送られた独立行政法人化
(12/3)世界の技量に最強馬が沈黙――固定的な騎手選びに一石
(11/19)芝・ダートの“クロスオーバー”進む
(11/5)“凡戦”菊花賞と長距離戦の行方
(10/22)田原調教師逮捕――管理競馬の限界が見えた
(10/9)待ったなしの賞金削減・主催者の裁量権行使で改革実現へ
(9/25)競走馬の耳に発信機、田原調教師の処分・管理競馬のゆがみ映す
(9/10)JRAのリストラと生産界・自立の道は遠く
(8/27)危機深まる地方競馬・自治体の責任を問う
(8/13)“ミスター競馬”の遺したもの
(7/29)横浜新税、国地方係争処理委員会の責任回避
(7/16)セレクトセールの3年・影落とす日本競馬の先行き
(7/2)宝塚記念などが国際格付けへ
(6/18)再論―馬主団体のあり方を問う
(6/4)“三冠セット論”を卒業しよう
(5/21)農水省とJRAの不可解な関係・口蹄疫問題で表面化、国際化の妨げに
(5/9)きゅう舎制度改革の行方
(4/19)東西格差ときゅう舎制度改革
(4/2)横浜新税問題、第2ラウンドへ
(3/19)サッカーくじ発売と日本のギャンブル
(3/13)危険な“血の飽和”・サンデー産駒増殖で深刻な活力低下の恐れ
(3/7)馬券と税・英は控除金廃止へ、日本では引き上げの懸念も
(3/7)際立つ欧州騎手の活躍・短期免許で日本競馬が“草刈り場”に
(2/26)「組合馬主制度」は機能するか?
(2/19)「狭き門」調教師試験・進まぬ新陳代謝、求められる“荒療治”
(2/12)芝から砂へ―日本のダート競馬の可能性
(2/8)ダート戦、マイナー扱いは時代遅れ
(2/8)日本で少ない競走馬のトレード・調教師確保がハードル
(1/31)新種馬券をめぐって―“制限”の根拠を問う
(1/22)「1歳の差」――タイムリーな満年齢表記
(1/16)問われる馬主団体のあり方・運営ゆがめるJRAの“過剰サービス”
(1/16)競馬界の「西高東低」――従業員の仕事に質の差?
(1/1)ファン不在、財政のための競馬――問題はギャンブルをめぐる不条理
<2000年>

(12/18)課税の根拠は矛盾だらけ――JRA“狙い撃ち”の「横浜新税」
(12/4)最強馬の2001年は? テイエムオペラオーの今後
(11/20)JRA“総見直し”の限界
(10/30)オペラオーと和田騎手、難コースを強気の攻略・1番人気連敗「12」で止める
(10/23)クローン名馬は夢のまた夢
<参考>国際ルール「自然交配だけ」・希少だから高額取引される種牡馬
(10/10)横浜市長の“ローブロー”・横浜場外の課税問題
(9/25)「予備登録枠」拡大は、きゅう舎間競争の促進につながるか
(9/10)名伯楽逝く・地方から中央に挑戦
(9/4)大量種付け時代の到来、人気種牡馬の経済的価値急騰・強い馬の引退などの弊害も
(5/15)世紀末に神様が与えてくれた2頭の傑物
(8/21)関東のメーン開催、低調な夏・各競馬場で高額条件馬の綱引き、北海道に資源の集約を
(8/10)女性騎手、懸命の手綱・中央競馬にわずか5人
<参考>女性騎手、偏見との戦い・「地方」では延べ43人
(8/7)出走馬選定ルールが一部変更・日常的な「除外」、「機会均等」ルールの見直しを
(7/24)実感される層の薄さ・見直すべき騎手育成のあり方
(7/11)4月誕生の馬に3億2000万・北海道の競走馬せり市
(7/10)ジョセフ・リーさん・ドバイの名馬を手がけた調教手腕を「育成牧場」で
(6/26)故障に泣いた「未完の大器」グラスワンダー
(6/12)香港発の黒船・安田記念から
(5/29)最強の騎手と調教師が連携・世界を見据える藤沢=武豊タッグ
   


著作権は日本経済新聞社またはその情報提供者、およびデイリースポーツ社に帰属します。
Copyright 2003 Nihon Keizai Shimbun, Inc., all rights reserved.
Copyright 2003 Daily Sports, Inc., all rights reserved.